Only Sense Online ―オンリーセンス・オンライン― 22

序章 装備強化とインフレ(1)


 その日、OSOにログインした俺たちは、マギさんのお店である【オープン・セサミ】に集まっていた。

 店舗の奥に集まったのは、俺を含めてマギさん、クロード、リーリーのいつもの生産職の面々だ。

 カラクリ魔導人形のルフがお茶をれ、クロードが持ち込んだお菓子が並ぶお茶会では、互いの生産の成果を発表している。

 だが、この日は少しだけ様子が異なっていた。

「そろそろ、時間だな」

「来月のイベントの事前告知かぁ……もうそんなになるのねぇ」

 クロードがメニューで時間を確かめ、マギさんもしみじみとつぶやく。

 現在は、11月──OSO1周年の夏イベントから時がち、もう12月の冬イベントも間近である。

「ユンっち、今年の冬イベントも楽しみだね!」

「ああ、今度はなにをやるんだろうな」

 OSO運営から告知される情報が公開されるのを今か今かと待っていると、インフォメーションに、【12月の冬イベントのお知らせ】が追加される。

「おっ、情報が公開されたみたい! 次のイベントは、夏イベントであったクエストチップイベントを復刻するのかぁ」

 来月12月上旬から始まる冬イベントでは、二つのイベントが同時並行でおこなわれる。

 その一つが、クエストチップイベントの復刻開催らしい。

 クエストを達成することで副報酬として、金銀銅の三種類のクエストチップが手に入り、それを集めてレアアイテムと交換するイベントだ。

「ふむ。内容は、前回のクエストチップの持ち越し可能とバランス調整か」

 クロードも情報を確認し、顎に手を当てながら呟く。

 1周年イベントの時も告知されていたが、クエストチップの持ち越しが可能なことが書かれている。

 新規アイテムの追加はないが、交換可能なアイテムリストの交換レートの調整やクエストで得られるクエストチップの枚数調整などが入ることが明記されていた。

「バランス調整かぁ……あっ! このアイテム、前は銀チップ50枚だったのに75枚に上がってる!?」

 マギさんは、目を付けていたアイテムの交換レートが変更され、前回の時に無理して交換しておけば、と落胆している。

「マギっち、ドンマイ! それにクエストチップが調整されるってことは、前回効率が良かったクエストも報酬が絞られるかもねぇ」

「逆に、不人気だったクエストの報酬を増やされたりするかもな」

 リーリーはマギさんをなだめながら、復刻されるイベントがどのように変わるのか楽しそうに想像して、クロードも調整で起こりそうなことを口にする。

 そんな三者三様な反応に苦笑を浮かべつつ、開催予定のクエストチップイベントの項目を眺めながら呟く。

「またイベントが復刻してくれるのはうれしいけど、前回と比べて目新しさはないんだよなぁ」

 クエストチップイベントは、去年の冬イベ、1周年の夏イベと過去に2回開催されて、その度にブラッシュアップが繰り返されてきた。

 その度にアイテムを交換してきた俺に対して、クロードが別の視点を投げ掛けてくれる。

「OSOの運営目線で考えるならこのイベントは、新規プレイヤーや前回から引き続き楽しみたいプレイヤー向けのイベントだからな」

 クロードが言うには、チップの持ち越しが可能なことからクエストチップイベントは、今後も定期的な開催が予定されているイベントなのだろう。

 そのために、後発プレイヤーでも追いつけるように毎回は変化を付けないのだろう。

 もし大きな変化があるとすれば、OSOが2周年などのタイミングで交換リストに新たなアイテムを追加したりするのを予想している。

「身も蓋もないことを言えば、運営だって開発リソースは限られている。イベントを使い回して盛り上がるなら、それに越したことはないからな」

「ホント、身も蓋もないなぁ……」

「クロっち、メタいメタい」

 俺はクロードにジト目を向け、リーリーもツッコミを入れる。

 マギさんは、そんな俺たちのやり取りにクスクスと笑っている。

「まぁ、前回で欲しいアイテムを手に入れたから、今回のクエストチップイベントは片手間でいいかなぁ……他には、五悪魔のダンジョンが恒常化かぁ。なつかしい」

 次に目を通したのは、去年の冬イベントの緊急クエストとしてサプライズ実装された五悪魔のダンジョンについてだ。

 五悪魔のダンジョンは、去年の冬イベント終了1週間前に悪魔たちがサンタクロースから奪った大事な物で作った、コンセプトの異なる五つのダンジョンが登場したのだ。

 そのダンジョンが今度の冬イベと同時に、迷宮街にあるスターゲートからの転移先として恒常実装されるようだ。

「ホント、懐かしいわねぇ。あの時は、戦力的に弱かったから私たちは挑まなかったのよね」

「ユンっちだけがミュウっちたちと一緒に、道のダンジョンを爆走してたんだっけ?」

 もう一年近く前のことで懐かしいわねー、などとマギさんとリーリーが言うので、俺は少し恥ずかしくなった。

「なんか、恒常化されるに合わせて難易度も調整されるみたい。前の浮遊島の時と同じだね!」

「期間限定のイベントやクエスト、ダンジョンを実装して、それを時間を置いて、恒常化しているわよねぇ」

 キャンプイベントの舞台となった浮遊島や妖精クエストは、元々が期間限定のイベントやクエストだった。

 それらは、時間を置いて少しずつ恒常化されてきた。

 それを思うと、そろそろ何らかの期間限定のエリアやクエストが来てもいいかもと思い、その予想は的中する。

「えっと、最後は──様々な冬のアップデートに加えて、期間限定のエリアを実装予定。その情報の詳細は、イベント当日に改めて告知かぁ」

 復刻イベントとイベントダンジョンの恒常化だけではなく、新規のコンテンツも冬イベントに用意してくれているようだ。

 新規アップデートや期間限定エリアの告知があるだけで詳細は書かれていないが、それはイベント当日のお楽しみだろう。

「さて、来月のイベントの告知も確認したところで、三人はイベントに向けての準備は進んでいるか?」

 告知内容を確認し終えたところで、クロードが俺たちに尋ねてくる。

「私は、装備の準備は終わっているわよ。って言っても、装備の細かな改良はあっても装備の上限は変わってないんだよねぇ」

「中々、アダマンタイトクラスより上の素材は見つからないからねぇ」

 現在のOSOの最高レベルの装備はアダマンタイトクラスの素材か、それより一段武器の基礎ステータスは下がるが属性を持つミスリル合金系が主流である。

 生産時に使用する素材の組み合わせや、追加効果の組み合わせなどにより、細かな強さを突き詰めることはできるが、使うメイン素材である程度の上限は決まってしまう。

「あっ、でも砂漠エリアで見つかったいしを使えば、斬撃系と刺突系武器の攻撃力が少し上がったわ」

「へぇ、俺の弓矢の矢尻も砥石で研げば、攻撃力が上がるのかな?」

「その点はバッチリ検証済みよ! 消費アイテム系の武器でもステータスは向上するわ」

 イベントに向けての強化の話の中で、さらりと重要なことを口にするマギさん。

 俺の弓矢や投げナイフなども砥石で少しだけ攻撃力は上がるが、研ぐ手間を考えるとあまり効率は良くないそうだ。

 ただ、総金属製のいんせいこうの矢を何本か研いで、性能を底上げしようかと思っている。

「それで、ユンくんの方は、強化は進んでるの?」

「うーん、俺は強化らしい強化はまだしてないかなぁ。あっ、でも、ガンフー師匠との一騎打ちで装備容量を一つ増やしたんですよ」

「おー、ユンっちすごい! 僕もまだの難しいソロクエストをクリアしたんだ!」

 おめでとう! とリーリーからぐに祝福されて、少し照れくさくて笑う。

 その中で、マギさんと同じようにアイテムを使ったことを思い出す。

「そうだ。ガンフー師匠との一騎打ちの前に、【完全せい薬】と【神秘の黒鉱油】から精製した攻撃アイテムができたんだった」

 俺は、お茶会のテーブルの上に【完全蘇生薬】と【神秘の黒鉱油】を加工したアイテムを取り出していく。

【神秘の黒鉱油】の派生アイテムには、中間素材の【太陽神の落涙】と【破壊神のぶき】。

 加工時の残留物として残った【暗黒神の歴青油】。

 そして、攻撃用アイテムの【ニトロポーション】とそれを弓矢と合成したりゅうだんと数が多い。

「ユンくん、【完全蘇生薬】の完成おめでとう! 早速【アトリエール】で売り出していたわよね」

「はい。ただ適正価格が分からないから、50万Gから少しずつ値下げしながら探っているところです」

「私のところでも委託販売するだろうし、来るお客さんからアンケート取って適正価格を調べようか?」

 マギさんが目を輝かせながら【完全蘇生薬】を手に取り、適正価格について相談する。

 他にも、【完全蘇生薬】に関連する話として、妖精ノン・プレイヤー・キャラクターの案内で復興したようせいきょうに訪れることができたことを話す。

 蘇生薬の制限解除素材となる【妖精のりんぷん】は、妖精NPCたちが自然と落とす他にも、ようせいきょうのショップでも購入できたことを説明する。

「へぇ、そうだったのね。今度、うちの火妖精の子と一緒に行こうかしら?」

 マギさんにそんな話をする一方、クロードは、【ニトロポーション】とその精製途中で生まれた【太陽神の落涙】と【破壊神の息吹】を見比べて効果について聞いてくる。

「新しい攻撃アイテムもできたのか。後で威力を確かめさせてもらっていいか? それと、この途中で生成された中間素材には、どのような効果や違いがあるんだ?」

「この【ニトロポーション】は、アイテムのステータス上は威力が高いけど、アイテムのダメージ制限に引っかかりやすいんだ。あと他二つのアイテムは……うーん、燃え方の違いかな? ごめん、上手うまく説明できない」

「まぁ、実際に使ってみて確かめるとしよう」

 クロードは、手に取ったニトロポーションの瓶の中の液体を揺らしながら思案する。

 ポーション瓶が割れない限りは、爆発しないと分かっているが、クロードの仕草にはヒヤッとさせられる。

「ユンっち? こっちのドロドロしたやつも攻撃アイテム?」

「ああ、そっちの【暗黒神の歴青油】は、耐水性のある接着剤や木材の塗料に使えそうなアイテムなんだ。ただ、可燃性素材が基だから、逆に火属性の攻撃には弱くなるかも」

 そんな俺に今度は、リーリーからも質問が飛んできて分かる範囲で答える。

「サンプルに少しもらってもいい? 後でデータ渡すから」

「ありがとう。俺も効果を調べたいけど、中々そこまで手が回らないから助かるよ」

 そうしてマギさんたちとも蘇生薬やニトロポーションなどの生産の成果で盛り上がる中、マギさんが聞いてくる。

「ねぇ、ユンくん。後で【完全蘇生薬】とニトロポーションを売ってくれる? 1本50万Gの値段でいいから」

「俺は、【完全蘇生薬】とニトロポーションを含む中間素材も20本ずつ買わせてもらおう」

「あっ、ユンっち、僕も僕も!」

 マギさんを皮切りに、クロードとリーリーも【完全蘇生薬】の注文をしてくる。

「いいけど、高くない? それにニトロポーションも値段決まってないし」

【完全蘇生薬】は50万Gと高いし、ニトロポーションも自分用に使っていただけなので、まだ値段は決まっていないのだ。

 俺がおずおずと聞き返すと、マギさんたちはニヤリと楽しそうな笑みを浮かべている。

「それくらいは、大した痛手にならないほど稼いでいるから大丈夫よ!」

 マギさんがそう言うと、クロードもリーリーもその通りだとうなずく。

「それじゃあ──渡していきますね」

 ガンフー師匠との一騎打ちで大量に作った中からマギさんたちに売り、値段の決まっていないニトロポーションも含めて三人から5000万Gほど受け取ることになるのだった。

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