一章 自発イベントと魔法のインク(2)

    ●


 モノリス割りの会場から出た俺たちは、パンフレットを見ながら次の場所を探していく。

「ねぇ、ユンっちとマギっち。次はどこにスタンプを貰いに行く?」

「一番近いところは武器道場って場所だけど、別に行く必要はないかなぁ……」

 パンフレットに乗る『武器道場』とは、どこかのギルドホームが場所を提供し、様々な武器をそろえた場所である。

 あらゆる武器で攻撃判定を発生させる【器用貧乏の腕輪】を貸し出して、好きな武器を扱わせる他、アクティブスキル系の追加効果を持った武器も揃えて様々な武器や魔法センスを疑似体験できる場を用意しているようだ。

 センス選びに迷ったり、新たなセンス取得の切っ掛けの場として作ったようだが、センス構成が固まっている俺たちには必要なかったりする。

「それなら、貸し衣装屋に寄るか? そこでもスタンプを貰えるみたいだぞ」

「貸し衣装屋?」

 俺がクロードに聞き返すと、パンフレットを読みながら説明してくれる。

「武器道場と同じく、用意された様々な装備を無料で試着でき、スクリーンショットを撮れる場所だ」

「じゃあ、却下で」「私もパスね」「クロっち、また今度にしよう」

何故なぜだ!? 色んな服を着れるんだぞ!」

 俺、マギさん、リーリーが口を揃えて見送りの言葉が出る中、クロードがえる。

「絶対に、俺にわいい衣装を着せようとするだろ」

「それに何着も着せ替えさせられるのは、疲れそうだしね」

 俺があきれたような目を向け、マギさんも困ったようなためいきを吐き出す。

「普段の時でもできることだから、諦めようね」

 最後には、リーリーに説得されてクロードが渋々納得する。

「うーん。他にスタンプを貰えて、俺たちが楽しめる場所かぁ……」

「クイズゲーム、アスレチックステージ、縁日コーナーに、使役MOBとのふれあい広場もあるのね」

 俺が目を皿のようにしてパンフレットを眺めると、マギさんも同じようにパンフレットに載っているスタンプを貰える場所を口にする。

 クイズゲームは、第一の町を中心としたOSOに関連するクイズ50問の中からランダムに3問出題されてそれに答えるゲーム。

 アスレチックステージは、木工師たちが作り上げた10個のアスレチックのクリアを目指す場所。

 縁日コーナーとは、OSOの技術で再現した射的やダーツ、釣り堀ゲームなどで遊ぶ場だ。

 射的は銃系武器のレシピから作られた空気銃で木片を打ち出して的に当て、釣り堀ゲームは【釣り】センスが無くても釣りができるアイテム【初心者の竿ざお】を揃えている。

 使役MOBとのふれあい広場は文字通り、調教師のパートナーである使役MOBたちと触れ合える場所となっている。

「どこに行くか迷うなぁ……」

 そんな様々な催し物の情報を眺めていると、ふと気になる物を見つける。

「この、タトゥーシール講座って、なんだ?」

 俺が注目したのは、とある生産ギルドが開いているタトゥーシールの作成講座だった。

「確か、1周年アプデでレシピと作成に必要なアイテムが追加されたんだったな」

「へぇ、そうだったんだ。知らなかった」

 タトゥーシールとは、装備重量が1の最軽量アクセサリーに分類されている。

 特徴としては、ステータス補正はないが、様々な追加効果を持っている。

 主にクエスト報酬などでユニーク装備として手に入るが、どうやら1周年アプデで自作できるようになったらしい。

 ただ──

「OSOの生産トップに居る身だけど、中々タトゥーシールの研究にまでは手が出せていないのよねぇ」

 装備重量1のアクセサリーには、様々な物がある。

 金属を使った指輪やMOBがドロップする爪や牙などを使った首飾り。

 そうしたアクセサリーは、ステータス補正が高かったり、素材に対応する追加効果などが付く。

 対するタトゥーシールは、ステータス補正がなく、弱めの追加効果のみである。

 そのため現状では、装備容量の余りを埋めるための間に合わせの装備か、ファッションアイテム的な側面が強く、プレイヤー間での研究も進んでいないのだ。

「だけど、まだ研究されてない生産アイテムってことだよね! それなら、ちょっと興味があるなぁ」

 対してリーリーは、タトゥーシールに関してポジティブに考えているようだ。

「ねぇ、ユンっちはどう思う?」

「俺か? 俺も、性能よりも新しいアイテムの作り方に興味があるから行きたいかなぁ」

 リーリーに話を振られた俺は、迷うことなくそう言い切る。

 俺としては、自分が作れるアイテムが増えるのは単純にうれしいのだ。

「私も作れないことないから、い機会だし色々と試してみようかしら」

「俺も服装のデザインにタトゥーシールを組み込めるように、作り方を覚えるか」

 マギさんとクロードもタトゥーシール作りに前向きになり、俺たちの意見が一致する。

「それじゃあ、早速教えてもらえるところに行こう!」

「タトゥーシールの作成に必要な【魔法のインク】は持ち込みらしい。今回は、俺の手持ちから出そう」

 リーリーが元気よくタトゥーシール作りを教えてくれる場所を指差し、クロードがインベントリからアイテムを取り出し、俺たちに見せてくれる。

「【魔法のインク】……初めて見たかも」

 クロードが取り出したのは、真っ黒なインクで満たされた金字のろくぼうせいが描かれたインクつぼだった。

「これは、迷宮街のノーマルダンジョンに追加されたMOBからドロップするらしい」

 迷宮街のノーマルダンジョンは、独りでに動く剣やローブなどの何らかの道具がモチーフにされたMOBで統一されたダンジョンである。

 そこに新たに追加された本型MOBからドロップするらしい。

 そんなクロードの話を聞きながら、クロードから【魔法のインク】を幾つか分けてもらった俺たちは、開設している生産講座に向かう。

「あっ、ここみたいね。おじゃましまーす」

「おじゃましまーす」

 生産系ギルドのホームで開かれているらしく、建物の出入りが自由になっていた。

 そこに躊躇ためらいもなく入って行くマギさんとリーリーから遅れて、俺とクロードも入って行く。

 講座を開いているギルドホームの一室に入ると、長机と長椅子が二列に並べられており、部屋の奥にはタトゥーシールの作り方が描かれた黒板が立て掛けられていた。

 ただ、プレイヤーの出入りはまばらで、教える側のギルドメンバーの生産職たちも暇していたのか互いに雑談していた。

 どことなく学校の文化祭で、来る人の少ない展示教室を思い起こさせる。

 そんな場所に俺たちが入って来たために、気付くのが遅れながらも挨拶をくれるが──

「あっ、タトゥーシール講座にようこ……そーっ!? えっ!? マギさんにリーリーさん!? それにクロードさんにユンちゃんも!?」

「中々、斬新な挨拶だな」

「いや、普通に俺たちが来たことに驚いてるだけだから」

 トップ生産職のマギさんとクロード、リーリーの登場に驚くギルドメンバーにクロードが軽口をたたくので、思わずツッコミを入れてしまう。

 そんな俺のツッコミを受けてクロードが肩を竦める中、マギさんは、苦笑いを浮かべながら驚いている人に声を掛ける。

「私たち四人、タトゥーシールの作り方を教わりに来たけど、教えてもらえるかしら?」

「も、もちろんです! どうぞ、こちらに!」

「緊張しなくても大丈夫だよ〜」

 リーリーがリラックスさせるように言葉を掛けるが、相手は更に緊張してしまう。

 それでも空いた場所に案内してくれる生産職の青年は、深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻す。

「えっと……本当にトップ生産職の方々が、タトゥーシールなんかの作り方を知りに?」

「いい機会だし、新しいアイテムのレシピを覚えに来たのよ」

 若干、卑屈気味な生産職の青年に対して、マギさんはあっけらかんとした様子で言い切る。

 その様子にただぜんとする生産職の青年だが、俺やリーリー、クロードの態度や様子を見て、ただ茶化しに来たわけでもないと感じ取り、真剣な表情を作る。

「分かりました。それでは、タトゥーシールの作り方を教えますね」

 そう言って、俺たちの前で、タトゥーシール作りに必要な【魔法のインク】と他の道具を取り出して見せる。

「タトゥーシールは、この紙の上にインクを垂らして作ります」

 実演して見せるために筆に【魔法のインク】を付け、何度も書き慣れているのかれいな真円を一筆書きする。

 俺たちに見られながら作られるタトゥーシールであるが、描き終えて顔を上げて解説の続きをしてくれる。

「こんな風に魔法のインクで紋様を描いて、後は時間を置いて乾かすだけなんですよね」

 そう言って、生産アイテムとしてはあっさりとした内容に生産職の青年自身が自嘲気味に笑い、既に用意されていた完成品を俺たちの前で見せてくれる。


 満月の紋様【装飾品】(重量:1)

 追加効果:【MP上昇(極小)】


 剣の紋様【装飾品】(重量:1)

 追加効果:【物理攻撃上昇(極小)】


 火の紋様【装飾品】(重量:1)

 追加効果:【火属性向上(極小)】


 紋様のシール【装飾品】(重量:0)

 ただの紋様のシール。そこに何の意味も力もないが、装飾としての価値はあるだろう。


 真円はMPを上昇させる月をあらわし、三角形は物理攻撃を上昇させる剣を表わし、火を表わす紋様は直接的に火属性を上昇させている。

 マークの形状やイメージによって、得られる効果が変わるようだ。

「こんな風に紋様を描いて、何らかの追加効果が発生すれば成功。効果が付かなければ失敗なんです」

 そして最後に見せてくれたタトゥーシールは、紋様自体は複雑でカッコイイが、フレーバーテキストに書かれている通り、なんの効果も持たないファッションアイテムとなる。

「へぇ……例えば、紋様が崩れていたり、インクがかすれたりした場合はどうなるの?」

 タトゥーシールの説明の中で疑問があったのか、マギさんが質問する。

 普通の生産系アイテムだと、武器のステータスが下がったりするが、ステータスの補正のないタトゥーシールでは、どのように影響するか気になったようだ。

「その場合には、OSOのシステムが紋様を認識できないと、失敗扱いです。もし成功判定が出ても、装備の耐久度は下がりますね」

「あっ、なるほど……ユニーク装備じゃないのか」

 俺が今まで見つけてきたタトゥーシールは、全部が耐久度のないユニーク装備だった。

 だが、プレイヤーの手で作られたタトゥーシールには、耐久度が設定され、品質によって耐久度が変わるようだ。

「とりあえず、一度やってみて下さい。ここに紋様の見本とその効果が書いてあるから好きなタトゥーを描いて下さい」

 生産職の青年が俺たちに筆と紙を配り、四人で紋様の見本をのぞき込む。

「俺は、何を作ろう? とりあえず、作りやすそうなやつから試してみるかな」

「私はそうね。火属性のやつを作ってみようかしら」

 渡された見本には全部で20種類くらいの紋様があった。

 それを参考にそれぞれが教えてもらった通りに、タトゥーシール作りに励む。

「むっ、これは中々描くのが難しいな」

「筆を使うのって慣れないね」

 クロードとリーリーも同じように【魔法のインク】を紙に垂らして、最初の1個目を作っている。

 だが、筆で模様を描くのに慣れていないためか、線が震えてゆがんだり、インクが掠れて見本の紋様のようには描けない。

【タトゥーシール】は、生産系センスがあればレベル1からでも作れるほど難易度の低いアイテムらしい。

 それでも、綺麗な線を引くことは難しかった。

 タトゥーシールの作り方を教えてくれた生産職の青年は、よっぽど数をこなして作って上達したんだろうなと思い、素直に尊敬する。

「ふぅ、できたけど、意外と難しいなぁ……」

 完成した紋様を乾かして、初めてのタトゥーシールにためいきく。

 できた紋様は、見本と比べても歪んだ物となっている。

 アイテムのステータス上は見本と比べても違いはないが、やはりできるなら綺麗な紋様を描きたいと思うのは、凝り性のあかしなのかもしれない。

 そんな風に、俺やマギさん、リーリー、クロードが次々とタトゥーシールを完成させるのを、教えてくれた生産職の青年が見守っていた。

「はい、これで講座は一通り終わりです。この後はスタンプを貰って帰ってもいいし、この場で引き続きタトゥーシール作りを続けてもいいですよ」

 そう言ってくれる生産職の青年に対して俺たちは、まだ納得できる物が作れていないために、もう少しこの場でタトゥーシールを作り続けると伝える。

 そして、トップ生産職四人がそろうこの場所で、何も起こらないはずがなかったのだ。

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