第83話 可愛い仮本妻と実家
「ただいま」
由季の実家に着くなり帰宅したことを告げれば、玄関の鍵を開けていた由季がぽかんと口を開けた。
だが、右手の指輪を見せつけるように腕を上げれば、意図を察した由季が嬉しそうな表情を浮かべ、先に家の中へと入っていく。
そしてしばらくしてからドアが開き、
「おかえりなさいませ、旦那様」
主従関係であるかのような接し方で由季が頭を下げた。
「そっち方面か……。うん、ただいま帰った」
「食事、入浴、ゲーム、私のうちどちらになさいますか」
「挨拶しに来ただけな」
「そんな選択肢はありません。選択肢のないものを選んだ為、強制的にタイムアウトになります。よって、私が選ばせて頂きます」
由季のことだから『私』を選択してキスの一つや二つしてくるのだろうか。そんなのご褒美でしかないが。
「私が選ぶのは限界ギリギリ? 触っちゃダメよゲームです」
「そのツッコミどころ満載なゲーム名はなんだ」
「ゲームルールは勝負する両者が互いに見つめ合い、最初に相手に触った方が負けとなります。反則行為は特にありません」
にらめっこの派生ゲームみたいな感じだろうか。このルールなら俺にも勝ち目はある。
「では、勝負開始です」
開戦の合図と共に俺と由季は互いに見つめ合う。そうしていれば改めて思った。幼さの面影は残っているもののかなりの美形であることに。
ゲームの最中じゃなかったらまじまじと見ていることもない。見つめ合ったらキスするか、ぎゅっと抱きしめ合っているからだ。
その証拠に始まったばかりなのに痺れを切らした由季がキスしたいのか舌舐めずりしている。対して俺も妖艶に誘ってくる由季の策にハマりそうだ。
「……キスしましょ? 唇と唇を触れ合わせるだけの簡単なお仕事です」
「……」
「唇が重なったら舌も触れ合わせましょ? お互いの遺伝子を交換するのです」
「くっ……」
いつもしていることなのに言葉にされたら無性にしたくなる。由季もそれが分かっているのか勝ち誇っている顔付きだ。だが、それも長くは続かなかった。
「後に段階を踏んで、生殖器を……」
そこから先はしどろもどろになっていく。そうなってしまうのも分かる。愛し合っている時は演技などできないのだから。
「……」
「……」
その場面を思い出してしまった俺と由季は我慢できずに玄関で二人きりの時間を共にしようと……。
「いやいや、そこでイチャつかないで入ってきなさい」
玄関での本格的なイチャつきが始まる前に由佳さんが止めに来たので未遂に終わった。
**** ****
「さっきの様子を見る限り、随分と仲が親密になったようね」
「うん。家事できることもそうだし、合体してる日々も凄く幸せ」
「ふふっ、流石私の子ね」
「お母さんもでしょ」
「そうね。またあの人の子が宿ったのだもの」
由佳さんは膨らみ始めているお腹を優しく撫でる。由季も気になったのか、由佳さんのお腹に頬を当てた。
「あったかい……」
「悠君も触る?」
「……由季が身籠った時を想像して、他の男に触られたくないと思ったので止めときます」
「律儀ね」
「私もゆう以外に触られたくない」
「本当、相性ピッタリ」
**** ****
それから、由季は由佳さんと惚気話をしていたが、母親の温もりを感じていた様で膨らんだお腹に寄り掛かるようにして眠りに落ちていた。
「ふふっ、こうしてあげるのはいつ以来なのか……。ありがとう、悠君」
突然感謝されて何のことかと思ったが、いつものふざけた感じではなかったので口を噤んだ。
「……幼い頃から由季は表情の変化が乏しい子だった。他の子と違って、どこか物憂げで何をしていてもつまらなそうだった」
「覚えてます」
「そのことが原因だったのか、私は命を育むことが怖くなったの。私の産んだ子は不幸にしかならないんじゃないかって。それで私たちは由季に弟妹を作ることができなかった」
得心がいった。
俺の両親は特殊に極振りした夫婦だから、俺に弟妹がいないのは納得できるが、由季の両親は違う。至って、普通の家庭だ。
夫婦仲は良好なので、一人目が育ってきたから二人目と考えるのは不思議なことではない。
「あの結婚式で幸せを感じているこの子を見てから考えが変わったの。私の子でも幸せになることができるんだって。それに……言われたわ。『私に遠慮して、イチャつかないのはダメ』ってね」
「ぶっ……」
実の親になんてことを言っているんだと思ったが、由季は賢いから薄々と勘付いていたのかもしれない。
「この子を救ってくれてありがとう」
「救われたのはお互い様です」
興味が尽きないだけの女の子の筈だったのに、いつの間にか欠かせない存在になっていた。そんな女の子を傷付けられて許せない気持ちになると同時に愛おしいという気持ちも芽生えた。
「絶対に逃がしてあげない……」
「そう……。由季も大分拗らせてるけど、悠君も中々ね……」
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