第82話 可愛い仮本妻とラーメン

 その報告は昼食のスパゲッティを食べている時に唐突に告げられた。



「あ、お母さん妊娠したんだって」


「ということは由季は姉になるのか」


「そう。4ヶ月らしいから、多分旅行の時だと思うよ」



 なんてことないように報告してきた由季だが、俺は内心で冷や汗をかいていた。このことを口実に由季も求めてくるのではないかと。


 だが、俺の心情を察した由季はにんまりとした表情を浮かべる。



「安心して。私の場合は運が悪いことに安全日だったこともあるからできてないよ。ちゃんと生理も来てるし。それに前も言った通り、恋人でいる時間が欲しいの」


「そ、そうか」



 子供を求めてこなくて一安心ではあるが、由佳さんに会ったら考えが変わるかもしれない。潤んだ目で本気で子供を懇願されたらどうなってしまうのだろうか。


 何だかんだいっても最愛の人の願いはできるだけ叶えてやりたい。ただ、決意を早めるだけに過ぎない。



「それより、スパゲッティ美味しいでしょ」


「美味いよ」



 スパゲッティといっても和風スパゲッティだろうか、ベーコン、ほうれん草、えのきが入っており味付けは醤油味だ。



「いつもは和食かインスタントのイメージが強かったけど」


「うん。和食はほとんど作れると思うけど、洋食はまだね」


「ということはラーメンも?」


「あれは別ジャンル。ラーメンという括り」



 確かにラーメンといっても色んな味があるので、一つに纏めるのはどうかと思う。



「家系とか二郎系辺りは見たことはあるけど、食べたことないんだよな」


「?」


「知らないのか」



 ほとんどの時間を家の中で過ごしているので、街中にある特殊なラーメン屋はご存知でないらしい。恐らく由季の中では醤油、味噌、塩といった定番の味で止まっているのかも。



「あ、悠が中学生の時に持ってきた『ぶ⚪︎めん』美味しかった記憶あるよ。豚骨味だっけ」


「……ブタ」


「ぶひっ!」



 勢い良く椅子から降りて、俺の足元にやって来た由季はナデナデをご所望してくる。その顔は蕩けており、今か今かと期待している。


『ブタ』の一言で、ブタと呼ばれて可愛がられたことを思い出したようだ。しかし、この動きはブタとは呼べず、尻尾を振る犬のようだ。まぁ、ブタと呼んで犬みたいに可愛がったのは過去の俺なので、素直に応じるが。


 由季の頭の上に手を置き、綺麗に整えられている髪を乱すように撫でる。



「ん〜、んふふ〜」



 目を瞑り、表情を崩している犬と化した由季にしたいことは餌付けだろうか。


 隣の席に由季を座らせ、由季の分のスパゲッティの入った皿を手元に持ってきて、フォークで巻いて口元に持っていけば、ぱくりと頬張る。



「美味しいか」


「美味しい〜」


「そうか」



 それを皿が空になるまで続けたが、物足りないようで俺をじっと見つめてくる。だが、その状態は長く続かず、段々と由季の顔が近付いてきた。


 近くで見れば見るほど、可愛がりたい衝動に駆られたので、顎に手を添えて喉元を擽ぐる。



「ふふっ、ふひっ」


「ここがいいのか?」


「にゃ〜だぁ」


「今度は猫か」



 それから色んな動物に変化する由季を一頻り可愛がった後は、膝の上に乗せて後ろから抱き寄せる。



「それで、最初の話に戻るんだけど、最近顔を見てないから見せに来いって」


「あぁ……」



 由季と二人暮らしを始めてから一度たりとも、こちらから会いに行ったことがなかった。あるとしても母さんがだる絡みの要領で由佳さんを連れて会いに来ていた。


 だが、その母さんも父さんと旅に出るという奇行で未だに家に帰っていない。よって、こちらに来る機会がなかったのだ。



「どうせなら、会いに行くついでに夜にラーメン食べに行くか。昼と夜で麺になっちゃうけど」


「が、外食……。頑張る」



 珍しくやる気になっている由季の頑張りを応援すべく、俺は入り易そうな近場のラーメン屋を調べることにした。

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