第81話 可愛い仮本妻とデレデレ
結婚指輪(仮)を送った数日後、スマホを覗き込んでいる由季の表情がニマニマと崩れていた。
どうやら自分の好みに合った漫画に遭遇したようだ。漫画だと判断したきっかけは最近の由季のブームで、ツンデレが登場する漫画を読んで以来はまったからだ。
「はぁ……
歩由菜ちゃんと聞いて、俺はそのヒロインが出てくる漫画の話を思い起こした。
話の流れとしては田舎暮らしの高校一年生である歩由菜の地元に都会へ転校したはずの主人公、
しかし、修斗が都会に転校した際に歩由菜は何も聞かされてなかったので、所詮はただの幼馴染だったのだと判断して恋心を封じ込める。
そんな歩由菜の事情を知らない修斗は昔と変わらず幼馴染である歩由菜と関わりを持ちたいが為、都会で学んだ処世術を武器に歩由菜の封じ込んでいた恋心を刺激する、というのが大まかな話の流れだ。
因みに由季が読みそうだと判断して読破済みである。だが、この作品は何かいつもと違った終わり方だったような……。
「歩由菜ちゃん、我慢できないよね……」
我慢と聞いて、俺は考えるのを一度止め、由季がどの場面まで読み進めたか把握する。
絆されに絆されて恋心を隠すことができなくなった歩由菜が修斗の唇を奪うのだ。そして、真っ赤な顔で告白する。
『修斗くんが悪いんだからね。私に優しくするから、私を大事に扱うから、我慢できなくなっちゃった……』
そう口にした歩由菜に再び唇を奪われて、関わりを持ちたいという気持ちの正体が恋心だと自覚した修斗は歩由菜の告白を受け入れた。
『歩由菜……。そうか、これが恋心なんだな。しっくりきたよ。都会にいた時、恋人を作りたいと思わなかった気持ちの正体が』
『恋心……?』
『はっきりと言えば歩由菜が好きだ。ずっと一緒にいたい』
『修斗くんが私のこと好き……。うぅっ、うぇっ』
『おい、どうした』
『両想いになれて嬉しいの……。修斗くん大好き。好きでいること諦めなくて良かった。私もずっと一緒にいるからね』
それから晴れて付き合い始めた二人は周囲に茶化されながらも想いを貫いて結婚。漫画の最後には子供たちにも恵まれており、愛を語り合ってキスしている場面で終わる。
「はわぁ〜……」
どうやら読破したようで由季が余韻を楽しんでいる。似たような作品をいくつか読んできていることもあり、見慣れた光景になりつつあった。
しかし、今回は少し違うようでチラチラと俺の方を見て頬を染めた。
「どうした?」
「今読んでた漫画なんだけど歩由菜ちゃん、ヒロインの初恋が実ってね、子宝に恵まれてたの」
「へぇ……」
結婚後に子供ができるのはおかしなことじゃないので失念していた。いつものパターンだったら恋仲になったら完結、あるとしてもその後のちょっとした出来事くらいだった。
「本当に幸せだって分かるほどの描写だったの。実際に体験してないと描けないと思うほどだよ」
「……」
「好きな人とその人との間にできた子供と一緒に暮らせたら、どんな幸せが待ってるんだろう……」
幸せが確定していそうな由季の言動に俺はつい想像してしまった。
慈愛のこもった目で身籠ったお腹を見つめる姿。
辛い思いをしながらも赤子を産んで、優しく胸に抱く姿。
子育てに疲れて親子揃って熟睡する姿。
それらの姿が脳裏に浮かび上がってきてしまい、つい口にしてしまう。
「由季なら立派な母親になれるよ」
「ふふっ、その子の父親がゆうだからだよ」
「……今すぐ『子供!』ってねだられるかと思った」
由季は考えを巡らせて、一度頷いてからその問いに答える。
「色んな漫画読んできたからだと思うけど少し考えが変わったの。私たちってただでさえ幼馴染の期間が長かったんだから、恋人の関係でいる時間が欲しいなって」
「そうか」
「だから、ちゃんとした恋をしてみたい」
「んんっ?」
「ほら、初めてのキスが事故でそのまま関係を進めちゃった感があるから」
それは否定できなかった。事故とはいえキスをしたことからお互いの気持ちを伝える機会が巡ってきて恋人同士になった。あの出来事がなかったら今頃も幼馴染のままだっただろうか。
「なら、どんな恋をしたいんだ?」
「毎日のように愛を語り合って、お互いを尊重し合う関係」
「いつもと変わんなくない?」
「違うよ、気分は初々しいカップルなの。夫婦みたいに慣れた関係じゃなくて」
確かに夫婦になった途端、態度が変わってしまう人たちがいるというのは聞いたことがある。言うなれば慣れてしまうから、特別感を味わうことができなくなって我慢したり離婚する。
「由季は将来的に慣れるつもりなのか?」
「うん。夫婦になるまでには慣れてゆうを尻に敷くの」
「そうか……ぶふっ」
「むぅ〜 見えるぞ、10年後には私に尻に敷かれてる姿が」
「10年後は子供たちの世話をしてるんじゃないか」
「何言ってるの。子供産んだとしても、私は態度を改める気はないからね。私の一番はゆうなんだから」
「っ……」
どこまでいっても俺を第一に考えてくれる由季が愛おしくて、俺は反射的に唇を奪っていた。
「……衝動キスは事故キスか?」
「抑えられない恋心のキスです」
そう口にした由季にお返しとばかりに濃厚なキスが送られてきた。
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