第80話 可愛い本仮妻と結婚指輪


 結婚指輪を見つめて微動だにしなくなっていた由季だが、次の瞬間には机に突っ伏して気絶した。



「刺激が強かったか? って、熱っ」



 頬に触れてみたら熱を出しているのに気が付いた。



「このままにしておくのも不味いな」



 由季がこの状態では帰ることができない。泊まる気はなかったが仕方ない。


 お姫様抱っこで由季を持ち上げて自室へと連れていく。ベッドに下ろすと辛そうな表情から一変して蕩けた。



「二人で暮らすようになってから頼り切りになってたな」



 家事ができるからといっても今まで一人でこなしていたわけではない。知識として知っているだけのものもあったはず。



「頑張りさせ過ぎたな……。由季の性格からして容易に想像できたのに」



 迷惑を掛けまいと一人で抱え込んでいたのかもしれない。そのことに気付けなかった状況に昔のトラウマが蘇る。


 元々、表現するのが得意ではなくて、大丈夫なフリをしていることに気付かずに、いつの間にか壊れてしまっていた由季の姿が目に浮かぶ。



「由季……」



 由季は自分のことを話すタイプではないのでこちらが気付くしかない。



「もっと由季のことが知りたい……」


「なら教えてあげる」


「っ……⁉︎」



 ゆっくりとした動きだったが、水が落ちるのと同じ自然とした流れで俺と由季の唇が重なった。胸の奥がジーンとして温かい気持ちになる。



「昔の私は確かに色々と弱かったけど、今は大丈夫。だから、いつまでも弱いと勝手に決めつけないで」


「……強くなったな」


「違う、ゆうが側にいるから弱さを克服できてるの。強いわけじゃない。それに強いのはゆうだけで問題ないよね」


「そうだな」



 俺が護ればいい。

 由季と離れ離れになる必要はもうどこにもないのだから。



「教えたご褒美にゆうが欲しいな。あ、これは冗……「いいよ」ふぁっ⁉︎」

 

「だけど、熱が下がってからだ」


「熱なんてないよ?」


「いや、確かに……あれ?」



 由季の頬に再び触れてみれば先程までの熱さが感じられない。疑問に思っていれば恥ずかしそうに由季は答えた。



「あの時はゆうが結婚指輪なんて見せるから……」


「その、この前に仮とは言え結婚式開いたから、指輪は欲しいかなって……」


「そうなんだ……。それでどこに付けてくれるの?」



 左手の薬指に指輪を付けているところを見たいと思ったが気が変わった。俺は由季の左手ではなく、右手を握ると持ってきていた指輪を薬指に付けた。



「左手じゃないんだ」


「さっきまではその考えだったけど、やっぱり付けるなら本番の時かなって。それに右手の薬指でもそれなりの意味はある」


「恋人がいるってアピールして欲しいんだね」


「そっちの面にも詳しいんだな」


「そっちの面にもって、ただのえっちだと思われるのは癪なんだけど!」


「誰がそんなこと言ったんだ?」


「うぐっ……えい!」



 話し合いでは勝てないと察したのか俺をベッドの中に引き摺り込んだ。えっちなら勝てると思っているのだろうか、不的な笑みを浮かべている。



「ゆうがいけないんだからね」



 確かに俺がいけなかった。漲る例のアレが今頃になって効果を発揮しているのだから。なので、こちらから誘わずにはいられなかった。今の俺の頭の中は由季と愛し合いたいという欲求しか残っていないのだから。



「由季……」



 俺は由季の腰を抱き寄せると唇を重ねる。先程の慈しむキスとは違い、情欲に任せて貪るようなキスを交わす。そのキスに驚きながらも由季は応えてくれる。



「んちゅっ……はぁはぁ」



 その甘美な甘さに酔いしれそうになるが、下半身に溜まった熱が辛い。


 名残惜しいように唇を離すと由季は恍惚とした表情で俺を見つめてくる。しかしながら、その瞳の奥からは物足りないと訴えているようにも見える。



「……はい」



 俺の気持ちを察したのか、由季はスカートのポケットからコンドームを幾らか取り出して押し付けると、理性を手放して俺の体に擦り寄ってくる。



「どんな時でも準備してるんだな……」



 いや、違う。


 ただ単に由季も俺と同じ気持ちだっただけのこと。でも、そのおかげで俺は抑えていた情欲を滾らせて由季と愛し合うことができた。




 **** ****




 幸せな夜の一時を過ごし、日が登り始めた頃、俺は目を覚ました。隣に視線を向けてみれば流石の由季も疲れたのか熟睡していた。


 昨晩は止まらなかった。何度も何度も由季を求めても抑えが効かず、行為が終わったのは渡されたコンドームを使い終えるまでだった。


 その一因になったのはお互いの右手の薬指に付けられている指輪だろうか。休憩していた時に俺の分の指輪を由季が同じ右手の薬指に付けてくれたのだ。


 おかげで新婚の気分になって色々と抑えが効かなくなってしまった。



「幸せだな……」



 俺は由季を抱きしめると、まだ朝早い時間のこともあり、再び意識を底に沈めた。

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