EX14 可愛い母娘と5000日後②


 最初に由美の授業参観を見に来たが、やはりというか、ぼーっとしていた。


 他の生徒たちは親が来ていることにそわそわして後ろを向いたり、隣の人とひっそりと喋っているのが目に入る。


 だが、それに対して全く興味を示さない由美の姿は由季を思い出す。だが、由季と違う点としては頭の中で色々と考え事をしていることだろう。その証拠として足を回している。


 由美の癖だ。


 それにしても由美には退屈な授業だろう。今の由季のバカっぽさを悠季が継承しているなら、昔の由季の頭の良さを由美は継承している。


 つまり、今の由季には何も残っていないということだ。それならば、衰えることを知らない精力にも理解が及ぶ。


 ……普段ならこんな考え事をしていたら、悟られていたのだろうが、当の本人は廊下に立たせてきたので問題ない。


 恥も外聞も関係無く、引っ付いて来た罰ゲームである。いつの日かどなたかに言われた新鮮な反応が得られないというのも納得な話である。


 それはさておき、あの様子だと悪い虫が近付いて来たとしても反応しないだろう。友人の一人か二人はいてほしいと思うんだがな……。


 勿論、男子……野郎は認めないが。


 よし、ここはアレを使うべきだな。


 そこで家を出る時に玄関で見つけたアレを取り出す。そのアレという物は点数の悪い算数の答案用紙だ。具体的な点数を言ってしまうと悠季の沽券に関わるので省かせてもらう。


 話は逸れるが、人生はバカの方が楽しく生きていけると思っている。


 変に頭が良すぎると余計なことまで考えてしまうものだからだ。そういう人に限って周囲の人と自分は違うと感じ取る。理解されないと自身の内側だけで考えてしまう。


 そんな安定していない心情の時に黒い感情を向けられてしまったが為に由季の精神は一度壊れてしまった。


 だが、こうも思う。


 バカ過ぎるのも良くないと。


 一昔前までは気にはしなかったが、直線的過ぎる考えと行動はあまりにも危うい。その代表的な例として悠季のファザコン具合が該当する。由季の誘惑は計算された誘い方である為、バカとは少し違う。どちらかと言えば、頭の使い方がバカなだけである。


 それに比べて悠季のバカは本物であった。


 なので、その一端である答案用紙を紙飛行機にして由美の元まで飛ばそう。失敗したら悠季の汚点がバレてしまうので注意するとしよう。




 **** ****




 後ろから紙飛行機が飛んできた。


 誰かのイタズラだと思ったので、授業が終わったら捨てようと考えていた由美は動きを止めた。


 見えていた範囲で姉である悠季の名前と壊滅的な点数が見えたからだ。


 ……アホだとは思っていたけど、ここまで大物だとは思いもしなかった。


 そこで由美は思い至る。


 なぜこの答案用紙が後ろから飛んできたのかを。


 授業が始まって以降、初めて後ろを向いたが、この答案用紙を投げてきた人物はもう見当たらなかった。


 その代わりといってはなんだが、答案用紙に追記されていた文があった。


『この可哀想な答案用紙を満点に』


 あまりに酷い内容に笑ってしまいそうになったが、何とか耐えることに成功した。




 **** ****




 由美に後始末を押し付け……飛ばした後、廊下に出れば放置していた由季が隅っこの方で乾涸びたナニカになっていた。


 こんな廊下の隅っこに保護者が座り込んでいるのを生徒が見たら何事かと思うし、教員に関しては体調不良かと疑われてしまう。現に、別の保護者の方からは奇異の目で見られている。


 仕方が無いので人通りが少ない場所に連れて行き、水分補給キスすることにした。


 そうすれば、水を得た魚のように活気が良くなり、おかわりディープキスをせがんできたので、渡してあげることにした。



「……んっ、あなた……」


「こらっ」



 俺をその気にさせようと股の間を摩ってきたので、引き離した。家の中なら受け入れたと思うが、ここは学舎である小学校だ。



「人通りの少ない場所に連れ込んだんだから、やることは一つでしょ」


「保健体育は中学からだぞ」


「むぅ……」



 よく分からない理由で納得した由季だが、大人しく引き下がることはなく、控えめに引っ付いてきた。強く引っ付いたことで廊下に放置されたのがよほど応えたようだ。



「これぐらいはいいでしょ」


「それならいいけど」



 腕をぎゅーぎゅーと谷間で挟まれるのは慣れ過ぎてときめかないが、軽く触れる程度のものだと初々しさがあってときめく。


 しかし、由季の趣向は真逆でひたすらにべったり。如何に隙間を無くすかを考えているタイプだ。昔の俺もそのタイプだった為、一日中、引っ付いているのも苦じゃなかったし、一日中えっちするのも受け入れてくれるのが嬉しくて幸せだった。


 だが、年を重ねていく毎に有り難みを感じなくなるのではと気になってしまい、控えるようになっていった。


 何でもかんでも当たり前になってしまっては、いつでもできるからと拒否するようになってしまうからだ。


 ……既に拒否しているが。


 とにかく、今の軽く引っ付いて来る由季を見ていると、付き合いたての頃を思い出すので新鮮である。


 あの頃は名前を言い合うだけで幸福感に包まれ、たった一回のハグでどうにかなりそうになっていた。


 それが今では普通のことだ。インフレにも程がある。



「慣れって虚しいな」


「注意深くて遠慮しちゃうタイプの関係だったら、今頃は魔法使いと聖女の関係かな」


「その話まだ引っ張るのか」


「恥ずかしくないの? 魔法使いという汚名を着せられて」


「なら、由季は行き遅れだな」


「な……あと5年あるもん。5年の間でゆうを落としてダブル卒業するんだもん」


「俺を落とすのか……」


「他人の視線を克服できたとしても、男女の関係になるのはゆうだけなの。だから、ゆうも私だけにしてね」


「はいはい」



 相変わらずの一途な言動を愛おしく思い、少しだけ強くなった引っ付きも心地良く感じた。




 **** ****




 授業参観当日、ついにこの日がやってきた。


 今までも授業参観はあったが、バカ……良くない部分が露見していたので来て欲しくなかったのである。


 しかし、成長したことで今では一味違う。ここで良いところを見せて好印象を植え付けるのだ。最近、由美ばっかり甘やかすのが悔しいから。



「悠季……気合い入りすぎじゃない?」


「これぐらいしないと良いところが目立たないから」


「そうなんだ」



 由美と違い、コミュニケーション能力は高い為、友人は多い方である。それに加えて、母の優れた容姿を受け継いでいるので、男子から好意を向けられるのも少なくない。


 だが、当の本人はファザコンでブラコンでもあるので、気付いていない上に気にもしていない。



「本当にその作文読むの?」



 先程から悠季を心配してくるのは部下1号の雪奈ゆきなだ。悠季は勉強でお世話になっているので部下にしているのだ。その見返りとして給食で出る苦手な牛乳を飲んであげている。



「何か変?」


「変って言うか、作文の題名が《愛情》ってシンプルなものはいいんだけど、始まりが《父の愛情が少ない。産まれながらにしてそう感じている》って……」



 指摘している間に授業が始まるチャイムが鳴る。でも、今から何かを言ったとしてもどうにもならないと思った雪奈は心配しながらも自席に戻っていく。


 対照的に悠季はそれほど心配しておらず、逆に自信に満ちている。その作文が父である悠を怒るのを通り越して、呆れさせるものだと気付かずに。




 **** ****




「遅れちゃったね」


「誰のせいですかね」



 引っ付くのに飽き足らず、誰も見ていない瞬間を見計らってキスしてくるものだから、一々止まらなければならなかった。


 その為、悠季の授業参観に遅れてしまった。後で仕返しをしようかと思ったが、ほとんどのことは喜ばれてしまうので困ったものである。放置しようにも干涸びるので、対抗策が無かった。ここは悠季に託すしかない。癒し担当の由美の代わりとして。


 そう意気込み、教室の引き戸を少し開けた時、聞こえてきた。



「『父が優しく接してくれない。私を放置して妹に構うか、母と二人きりの世界を創るだけだ。私の味方は弟しかいない。だが、弟は中立の立場である為、真の味方とは言えなかった』」



 悠季よ……なぜ、家の内情を作文にしているんだ。



「『……ある日、母にお願いをした。父との時間を作って欲しいと。しかし、母は却下した。パパは私のだからと』」



 身に覚えしかなかった。由季の全てを貰う代わりに俺の全てをあげるようなことを何度か言ったからだ。



「『父も父で、そのことに反論はしなかった。きっと、母に逆らえない隠し事をしているのだ』」



 あったとしても隠し通せない。由季の嗅覚を侮ってはいけない。俺のことになると犬以上の嗅覚を持つ。知見だ。



「『それとなく母に聞いてみたら、それは許せないと嘆いた』」



 これも身に覚えがある。この後は隠してるものを出せと言われて、搾り取られた記憶がある。由季にきっかけを与えたのは悠季だったか……。



「『翌日になると父は私ではなく、妹に付きっきりだった。楽しそうにしていて悔しかった』」



 口論での争いなら由美に勝てる者はいないからだ。何だかんだ言って、由季に丸め込まれて破れてきた俺に対して、由美は完封するほどだ。


 一切の追随を許さない言動は昔の由季に似ている。俺と一緒にいて毒を抜かれた由季では敵わない訳である。



「『なので、母を味方に引き入れ、協力することにした』」



 二人掛かりで襲い掛かってきたのはこれか……。


 隣で聞いてるだろう由季は、知らんぷりしている。都合の悪いことはシャットアウトし、逆の場合は誇張する良い性格をしている。



「気分悪くなってきたから帰るか」


「私も帰る。夜食の準備があるからね」



 直球にあなたを食べます宣言をしてくる由季に俺は何も言えなくなった。

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