*いなくなった二人

「それじゃ、またね、斉藤さん」


「あ、またね……」



 二人の男女がイチャラブしながら教室から出て行った。それを見届けていたのは、恋のキューピッドのあだ名を持つ斉藤 梨華りか、高校一年生である。


 彼女が恋のキューピッドと呼ばれるようになった所以は約半年前に起きた事件とも言うべき出来事がきっかけだ。


 それは彼女が作った『誰が誰を好き』的なノートの印刷をある一人の男子生徒だった人が学年問わずに校舎中にばら撒いたことが原因である。


 その情報を知ってしまった生徒たちは挙って行動に移した。両想いだと気付いた男女は告白し合いカップルになったり、気になっていた人が自身のことを好きだと知ってしまい、恥ずかしながらもお付き合いをして正式なカップルになったりと。


 おかげで彼女は望まない形でカップルたちの恋のキューピッドになった。


 最初のうちは感謝されて嬉しい気持ちにもなったが、後の方になってくると後悔の気持ちの方が強くなった。


 それも退学した二人の同級生のことを思えば尚更に。



「馬鹿なことしたなぁ……」



 小学、中学とあの二人が通っていた学校と同じところに通っていた。


 私から見た二人の関係は一方通行のものだった。話し掛けても素っ気無く返事をする彼女と、そんな対応をされてもめげずに話し掛ける彼。


 だからと言うのも可笑しな話だが、あんなにも他人に真剣になれる人がいるだろうかと私は嫉妬してしまっていた。


 そして、思ってしまった。彼女に向けられる想いが私に向けられないかと。彼女が想いに応えないなら、私が彼の想いに応えたい。


 そう思った時に初めて、私は彼が好きだと気付いた。それと同時に彼の想いに応えない彼女は私の敵だと。


 生憎、高校に進学してからの彼女の敵は多かった。それを良いことに私も彼女を傷付けてしまった。だが、その行動が彼の逆鱗に触れた。


 彼に殴られた男子の一人の中に柔道部のエースがいたが一発KOである。誰が彼を止められただろうか。


 この一件で教師陣も危うい立場となった。何でも彼の父は裏の組織を牛耳る者を牛耳る存在だとか。良い噂は聞かない。


 ただこれだけは言える。


 二度と彼の逆鱗には触れるなと。




 **** ****




 そう思っていた矢先に私の目の前では、退学してしまった彼女が帰り道にある神社で如何にも悪そうな人たちに絡まれていた。



「こんなところで何してんの?」


「……」


「無視は酷くない?」


「……」



 だが、彼女は無視を決め込んでいる。いや、小さく口を開けて何事かを呟いている。何って言っているのかは分からないが、そのことに集中しているようで絡まれていることに気付いていない。


 これも償いか……。



「あの、こんなところでナンパとか罰当たりだと思うのですが……」


「なんだ? お、可愛いじゃん。まさか、相手してくれんの?」


「違います。彼女が嫌がってるじゃないですか」


「……成就」



 成就……? 何が成就するのだろうか。いや、考えるのは後だ。まずはこの場をどう脱出するか考えないと。



「妊娠成就……。安産成就……」



 へ? 聞き間違いしたのかな。前の彼女を知っている私からすれば信じられない言葉を呟いていると分かる。


 だからきっとこの人は……。



「子宝成就……」



 うん、別人かな。




 **** ****




 日課の神社での参拝も終わったので、帰ろうと後ろに振り向いた。


 するとそこにはずらりと人がいるではないか。


 如何にもナンパをしていそうな人たち。そして、何事も無ければ今頃、私も通っていたであろう高校の制服を着た女子生徒。


 前の私なら立ちすくんでいたかもしれないが、悠と愛情を育んでいる私なら大丈夫。



「逃げるよ」


「え、ちょっと……」



 女子生徒の手を掴んでその場から逃走する。自分一人で逃げても良かったが、酷い目に遭われても目覚めが悪い。



「は、早い……」


「我慢して」



 そうしてしばらくの間、逃げていればナンパの人たちはもう見えなくなっていた。ちらほらと人の目があったので追い掛け辛かったのかもしれない。なら、ここで別れても問題はないだろう。



「じゃ、気を付けて」


「あ、待って。天海……さん?」


「……あ、え?」



 悠と一緒に暮らし始めてからは、九重と頭の中でみよじは変えていたので気付くのに遅れてしまった。因みに通販で送られてくる宛名に『九重 由季』と記載されてる物を初めて見た時はニヤニヤが止まらなかった。その場面を悠に見られて子供をあやすように撫でられたのは悔しい思い出だ。


 しかし、私のことを呼ぶ女子生徒の声は尋ねるような口調だ。まるで、本当に私が天海 由季その人なのかと。


 なら答えは簡単だ。



「天海ではないのですが……」


「そ、そうでしたか。ありがとうございました」


「いえ」



 学生だった頃の天海 由季はもういない。ここにいるのは悠の妻になる九重 由季なのだから。


 そうして、その女子生徒と別れた後、私は家に戻ったのだが……。



「九重……?」



 まさか、その女子生徒の暮らす家が二つ隣にある部屋だと誰が予想できただろうか……。

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