可愛い本仮妻編②

*格好いい幼馴染と始まり

 恋人という関係はどういったものなのだろうか。


 楽しいのだろうか。嬉しいものなのだろうか。


 否、そういったものは体験しない上に私は誰も好きにならない。好きになろうとも思わない。


 ただ世界は面白みが無くて、一定のリズムで時を刻むだけの残酷なものだ。


 無限に生きていられるのならまだしも、やがては朽ち、何もかもが無くなるというのに、どうしてそんなにも頑張れるのだろうか、楽しそうに生きられるのだろうか。


 私には一切、その理由が分からなかった。



 **** ****



「おはよう、由季さん」


「おはようございます」



 幼稚園の頃から何かと構ってくる男の子が家に来てから、私はランドセルを持って家を出ていた。


 何の面白みも無い私と登校していて楽しいのだろうか。


 キラキラした目で私を見ても何も無いというのに。


 不思議な男の子。


 少なからずの興味をその男の子に抱いていた。



 **** ****



「おはよう、由季さん」


「おはようございます、悠くん」



 遂には6年間、私に構い続けて中学生になった。その時期になると否が応でも体は著しい成長をする。


 私は女性らしく、男の子は男性らしく。


『夫婦コンビ』と言われることもあったが、別に否定はしなかった。受けることのない愛の告白や明確な恋愛感情を向けられることが少なくなるのだから。


 でも男の子は『夫婦コンビ』と言われる度に謝ってきた。まるでご主人の機嫌を損ねていないか確認するように。


 だから、思わず笑ってしまった。その笑っている私を見た男の子も益々、キラキラした目で見てくる。


 本当に不思議で面白い男の子。


 この男の子の前でなら退屈な世界でも少しは楽しめるのかもしれない。


 そうして、私は少なからずの希望を抱いてしまった。



 **** ****



 楽しめる、そう思っていたのにもう何もかもが嫌になった。


 可愛いから何だと言うのか。綺麗だから何だと言うのか。気にしていた男を取られただの、貴女がいるから、あんたのせいで……。


 何もしてきていない人に言われたくなかった。ただ単に容姿が良いだけで言い寄って来られるのも目障りだった。


 反抗しようにも多数を相手に一人ができることなんて少なかった。


 本当に気持ち悪い。


 こんなことになるのなら人に興味を持たなければよかった。希望なんて持たなければよかった……。


 そうして私は自室に閉じ籠った。



 **** ****



 絶望した。


 そう思っていたはずなのにあの男の子は絶望なんてさせてくれなかった。


 不登校になり、退学した私に付き合うようにその男の子も退学となった。


 どうしてそこまでして私に構うのだろうか。幼少の頃からずっと構ってくるから、他の男の子のような下卑た目的は考えられない。


 分からない……。


 だけど、その男の子のことを考えると不思議と凍え切っていたはずの心が少しだけ暖かくなった。



 **** ****



 諦めてくれない。


 何度も酷いことを言っても、何度も男の子は私の元に訪れてくる。


 こんなにズカズカと私の心に踏み込んで来るのはこの男の子だけだ。両親も話し掛けてくることはあったが、当たり障りのないことを言うだけだった。



「どうしてよ……」


「どうしてかな……。気になって仕方ないんだ。幼かった頃から何事にも興味を持たなかった由季さんに」



 興味を持たない……確かにそうだ。


 いずれは無くなってしまうのに何故、興味を持たなければいけないのだろうか。それこそこの男の子だっていずれは……。


 そう思った瞬間に心がズキズキと傷んだ。


 辛くて、痛くて、凄く苦しくなった。



「なんで……」



 過去に読んだことのある小説で見たことのある描写が私を襲っていた。


 恋愛なんて私なんかには似合わないと理屈では分かっているのに本心が拒絶する。この気持ちに蓋をしたら後悔すると。


 それを認めても後悔すると分かっているのに。



「悠くん……」



 その男の子の名前を呼ばずにはいられなかった。

 好きにならないと思っていても好きにならずにはいられなかった……。




 **** ****




 好きになってしまった。


 それを自覚してからの私は行動に移していた。


 こんな面倒臭い私に付き合ってくれるのだから、対等な関係を築く為に家庭的なことはマスターし、夜のお供に招かれてもいいように性知識も必要な分は学んだ。



「悠くん……」



 その名前を呼ぶだけで心が満たされて体が凄く熱くなる。どうやら必要以上に好きになってしまったらしい。



「ゆうくん……」



それだけに関わらず、色々と考えていることが馬鹿らしくなり、思考放棄を起こしそうになる。だけど、それでも良いのではないだろうか……。


 後に残っている課題はあの男の子の前に顔を出すこと。


 もし断られてしまったら、もう二度と立ち直ることなどできないだろう。


 恋人になりたいなんて高望みのことは願わない。ただ、あの男の子の隣でもう一度、笑ってみたくなった。

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