第76話 可愛い本仮妻と帰宅
チェックアウト騒動も収まり、帰る前に由佳さんの要望でお土産屋さんに寄ることになった……ところで小さな問題が発生した。
行きの車では俺の両親がいた為、それほどではなかったのだが、助手席に座っている由佳さんと運転している透さんが今にもイチャつきそうな雰囲気の為、凄く車から降りたい気分になっていた。
主に命の危険を感じて。
「すぴぃ〜……」
そんな中、俺の気持ちなど知らずに由季はサングラスを掛け、座席を倒してぐっすりと眠っていた。朝寝の膝枕でじっと(キス)していたから疲れていたのだろう。
だが、寝る前に握っていた由季の左手を離そうとすれば不安そうな顔をする為、離せずにいる。逆に握り返してみれば、由季も握り返してくれて嬉しそうな顔をする。
そのようなやり取りをしているところに小さな邪魔者が現れた。その邪魔者はぷ〜んと羽音を鳴らして由季の鼻元に近付いて行く。
「んん……」
見事に鼻頭に着地したその邪魔者──蚊は由季の血を頂こうと吸血しようとする。
だが、それを黙って見届ける俺ではない。
「させると思うか」
小さな羽を掴み、由季の鼻から離して窓の外へ逃してあげた。吸っていたらギルティだが、未遂だったので許した。
「えへへ……」
「何の夢見てるんだか……」
サングラスを掛けている為、表情は良く分からないが、口元がニヤけているのは分かる。
「……逃げられないんだから」
「そうか……誰か知らないが、頑張って逃げてくれ」
それにしても由季の寝顔を見ていると非常に眠たくなってくる。朝寝をした筈なのに体はまだ睡眠を欲しているようだ。
「寝るか」
「イルカめ……」
「……」
何の夢を見ているのか非常に気になって来る一言だが、目を閉じれば直ぐに眠りに就くことができそうだ。
何か忘れているようなことがあったと思うが、由季の寝顔を見ていたらどうでも良くなってしまった。
**** ****
「……くんくん」
「……ぺろぺろ」
もぞもぞと動く物体がいる。その物体はやけに首元を攻めてきて擽ったい。
「由季ちゃん、そろそろ着くから起こして上げて」
「分かった。……はむはむっ」
ゾクっとした感覚に俺の意識は浮上していく。目が覚めてから最初に見たものは由季の頭だった。次いで襲い来るのは生暖かい舌の感触。
「何してるんだ?」
「あ、起きた。はむっあむっ……」
「いや、止めないんか」
「止められない、止まらない」
「どこかのフレーズを流用するんじゃない」
「ふぅ……」
満足した顔をしているが俺の首元はベトベトでマーキングを付けられた気分だ。
「あ、そうだ。お土産屋さんは」
「とっくに買い終わって、もう直ぐ家に着くって」
「え、そんなに寝てたのか」
昨晩の疲れが溜まっていた証拠だろう。これは由季の思い通りに動いていたら体が持たなくなる。
「うん。私もついさっき起きたばかりだけど……」
その俺と由季の様子を見ていた由佳さんは呆れた声を出した。
「……羨ましいわ。そうは思わない? あなた?」
「おっほん……」
「……透君ともっと仲良くしたいな」
「なれるよ、由佳……あっ……」
「言質、頂いたわ」
今のやり取りを見て俺は戦慄した。もし、由季が初な反応をして誘ってきたら断り切れる自信がないからだ。そのまま流れに身を任せて体力の限界まで致してしまう可能性が高い。
そんな技術を由季が身に付けてしまうのは非常に厄介だ。小悪魔な由季でも厄介だと言うのにそこから成長するのは遠慮頂きたい。
だが、当の由季は首を傾げながら唸る。
「ん〜……ゆうとこれ以上、仲良くって言ってもこれ以上は無いよ?」
「そうだよな」
「無限に何かプラスしても無限なんだから、変わらないからね」
「その通りだ」
今のままで良い。無駄に知識を持ってしまったら、今でも危うい俺の優位が崩れる可能性があるからな。
しかし、それは助言する人がいなければの話だ。
「今はそれで良いかもしれないけれど、悠君と本物の夫婦になった時にその無限は無限と言えるのかしら?」
「っ⁉︎」
「十年近く一緒に過ごしているけれど、あと数十年も一緒に過ごすことになるのよ? 途中で愛する気持ちが無くなってしまうかもしれないわ」
「そんな……」
そこで由季は疑問に思った。どうして愛する気持ちが無くなってしまうのかと。数十年なんて好きな人といればあっという間だと言うのに。
それは今までの十年近くの時間が証明している。
悠と過ごす日々はあっという間に過ぎて行く。それは由季が悠に惚れていると気付いた時から感じているものだ。そして、両想いを経て恋人になり、二人で暮らす日々はもっと時間の経過が早くなった。
「物足りないよ……」
「え?」
「数十年と言わずに何千何万年といたいもん。もっとイチャイチャして、たくさんデートしたいもん」
「そう……。だそうよ、あなた?」
「……凄いね」
「凄いわね、あなた。ふふっ」
そうして、妙な二人の牽制を遠い目で流し見しつつ、窓の外を見れば見覚えのある景色が広がっていた。
旅行での出来事の濃さがある為、凄く久しぶりに帰省してきた感が凄い。
「帰ったら何しよっか」
「何かするよりも、とにかくお腹減ったな」
バイキングを逃してしまったから、余っていたおにぎりしか口にしていない。まぁ、自業自得なんだけど。
「お昼も食べてないからね……。そういえば、味噌汁も三日ほど経ってるから捨てないと。後は部屋に干してる洗濯物と……」
急に家事のことを考える由季を見ているとギャップを感じて面白い。
「何千何万年か……」
「不満なの?」
「由季のことだからずっとって言うと思ってたけどな」
「ずっといたら有り難みが無くなっちゃうでしょ? だから適度に離れて、やっぱりいないとダメだなって思わないとね」
「その離れてる時間はどの位?」
「……最大で2時間にして?」
「そんなに持たなかったな」
しかし、2時間も由季と離れ離れか。由季に持たないと言いつつも俺の方が持たないかもしれない。二人で暮らす前の自分と比べて信じられないほどの変化だ。
と、そんなことを考えていたら家の前に着いていた。
「由季ちゃん、程々によ」
「うん」
何が程々なのか理解したくない会話を聞いた後、俺と由季は荷物を持って車から降りた。
「はぁ……精神的に疲れた」
「今日もいっぱい癒してあげるね」
「程々にして下さい」
「やっ」
早速、由佳さんとの約束を不意にした由季はべったりと腕にくっ付いてくる。感触は凄まじいのだが、動きにくいという欠点がある。
「じゃ、帰ろっか」
「……まぁ、いいか」
嬉しそうな由季の顔を見ると何とも言えなくなるのは、今後の課題だな……。
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