第65話 可愛い仮妻と結婚式⑬
「でも、普通に喧嘩しても私には勝てないから腕相撲で勝負よ」
「……助かった」
流石に由季との結婚が掛かっていたとしても喧嘩となっては絶対に勝てない。と言っても腕相撲でも怪し過ぎるが……。人間と獣の腕力を比べてみて、どちらが力強いかなんて誰もが分かることだ。
「勝負の場は……あそこが良いわね」
母さんが選んだ場所は神父が立っていそうな聖卓の前である。そして誓いの言葉を宣誓したり、誓いのキスをする場所だ。
「勝負は一回だとつまらないから三本勝負よ」
「分かった」
その場で向かい合い聖卓に肘を乗せて手を握り合う。
まさか、由季と夫婦になる為の条件が、この三本勝負の腕相撲に掛かっているとは人生何があるか分からない。
「合図は交互で良い?」
「うん」
「それじゃ私から。よーい、ドン」
そうして一回戦目が始まるが、母さんは力を入れずに負けを譲ってくれた。それが二回戦目も同様だから驚愕である。
「勝ちを譲ってくれるのか?」
「ハンデよ、ハンデ。次からは一勝もさせないわ。それじゃ、よーい、ドン」
その言葉が聞こえると同時に速攻で沈めようと力を入れたが、すんでのところで動かなくなってしまった。
「……」
「ほら、あとほんの少しよ? 私の手を叩き付けられれば、由季ちゃんと夫婦になることが認められるわよ?」
「くっ……」
だが、無情にも追い返されてそのまま一点を奪い返されてしまった。
「……よーい、ドン」
今度は小さな声で合図を言って、始まったことを悟らせないようにしたが、読まれていたようでカウンターを食らってしまった。
これで点数は2-2で後には引けなくなってしまった。
「次が最後よ。ふふっ……」
母さんはもう勝利を確信しているようで、父さんとのやり取りを思い浮かべているのか楽しそうに笑っている。
「よーい、ドン!」
最後の勝負でも油断せずに聖卓に押し付ようとしてくるが、何とか堪える。
「まだ耐えるのね」
「負けられないからな」
だが、ジリジリと押されて遂には負けるのかと思った瞬間、それは聞こえてきた。
「ゆう!」
反射的に振り返ってみれば、俺の中にあった枷が吹き飛んだ。純白の衣装に身を包んだ天使の由季があまりにも神々しく目に映ったからだ。
そして、こうも思った。
欲しいと。
天使である由季が欲しい。今すぐに抱きしめて自分の天使であるという
「由季は俺の堕天使だぁ!」
「嘘っ……。ま、負け……」
気が付けば俺は自身の限界を超えた力を引き出して、母さんの手を聖卓に押し付けていた。
勝負に勝ったのだ。
それが分かると同時に俺は由季の元へと駆け付けて行こうとしたのだが、少し遅かった。
「ゆう……」
後ろからぎゅっと由季に抱きしめられたからだ。随分と立派になり過ぎた柔らかい物が存在を主張してくる。そして、俺の正面に回り込むとベールを自分で上げて、俺の唇を塞いできた。
誓いの言葉を交わすまでもなく、由季の想いが伝わってくる。俺はそれに応えるように由季の背中に手を回して、そのキスに応じた。
**** ****
本当に幸せそうにキスしている。
あんなに乏しかったというか、つまらなそうに生きてきた娘が、今では心の底から嬉しそうにしている。
所構わずキスをするバカップルになってしまったが、当の本人たちが幸せなら止めはしない。
行動がエスカレートして悠君が由季ちゃんの胸を揉んで、気持ち良さそうに小さく喘ぎ声を出していても気にはしない。
気には……。
「透君!」
「な、んんっ……!」
気にしちゃうに決まっている。
私は隣で一緒に見ていた透君の手を取り、自身の胸へと手繰り寄せて揉ませる。
「んぁ……」
大好きな人に胸を揉まれるのは至福だ。できることなら透君が自ら私を求めてくれる方が嬉しいのだが、恥ずかしがり屋で素直に襲ってくれない。
だが、今日は違った。
あのバカップルに触発されて透君が私を求めてきた。
「由佳……」
「それで良いの……んっ……」
今日の夜は久しぶりに燃え上がりそうだ。
**** ****
悠ちゃんとの勝負に負けて、由季ちゃんとイチャつき始めるのを見ていれば、その遠くで由佳たちもイチャつき始めた。
「負けちゃったわね……」
一昔前を思い出せば、悠ちゃんは私の後ろを歩いてくる小さな子供だった。
喧嘩ばかりだった私が初めて、命を育んだ大切な子。壊すのは簡単だが、作るのは難しい。
不味い料理は食べさせたくなかったので、必死に料理の勉強をしたのを今でも覚えている。
ママと初めて呼ばれた日は感動し過ぎて、ほとんどを泣いて過ごした。母さんと初めて呼ばれた日は子供の成長の早さに驚いた。
そして、気が付けば巣立っていた。
寂しくないと言えば嘘になるが、私は悠ちゃんから大切な言葉を貰った。
『母さんが母さんで良かった』
救われた気分になった。私みたいな人でも母になっても良かったのだと。
「これで完全に巣立ちね……」
一度、そう思ってしまえば涙が溢れて来た。
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