第49話 可愛い仮妻と混浴③

 遠慮しなくても良いと言ったが、結局は安めの料理を由季は選んでいた。


 選んだのは『半熟卵のフワトロ餡掛けオムライス』である。長ったらしい名称の料理より、分かりやすく美味しそうな料理を選んだのはナイスチョイスだ。



「もっと高いのでも良かったのに」


「高いのなんて食べたら、どんな味だろうって気に掛けながら食べるから分からなくなっちゃう」


「それもあるな」


「それにゆうといることが私の贅沢だから……」


「そ、そうか……」



 人目が無ければハグしているところだった。いや、違うな。ハグしながらキスを交わして愛を語り合っていたところだ。


 しかし、ここ最近やけに俺を誘ってくるような言動が見受けられる。由季は俺に何を望んでいるんだ。


 そんな俺の心情を知ってか知らずか由季はじーっと俺を見つめてくる。時折、ニヤッとした笑みも浮かべている。



「どうしたんだ?」


「う〜んっとね、こうして外で彼氏と机を挟んだことが無かったから新鮮だなって」


「俺も彼女とレストランに来たことなんてなかったから新鮮だよ」


「ふふっ、彼女さんとは仲良いの?」



 なるほど……ここからは友人ポジション? で話す感じだな。



「あぁ、彼女とはどんな新婚カップルにも負けないラブラブカップルだ。近いうちに籍を入れて、子供もつくる予定だ」


「そ、そうなんだ。幸せ者だね、その彼女さんは。……えへへ」


「幸せ者は俺の方だよ。家事も完璧で優しくて、ほんの少しイタズラ好きな彼女は俺の最高の彼女……いや、お嫁さんだよ」


「えへへ、ここで彼女ではなく嫁さんと言って自慢しちゃいますか。もっと自慢しちゃいます?」


「そうだな……。側にいて欲しいと思った時はいつも俺の隣にいてくれて、勇気付けてくれる。遠い国へ引っ越すって言った時も自分のことを後回しにして、俺の為に一緒に行くって言ってくれた。本当は怖い筈なのにな……。でも、そんな彼女だからこそ俺が守ってあげたい。この先もずっと、彼女を愛し続けたい」


「……ほぇ」



 その俺の言葉を受けて由季はぼーっと虚空を見つめて、金魚のように口をパクパクさせていた。



 **** ****



『幸福』


 その二文字が由季の頭の中をグルグルと回転している。分かっていたとしてもこうして直接、言葉にして伝えられるのは心に響くものがあった。


 由季は自身の胸に手を添える。


 ドクン、ドクンと心臓が早鐘を打っている。そして膨らんでいくのは悠への想い。初めてキスした時に感じた愛しさとは比較にならない程の愛しさが爆発する。


 この生活を始めてから何度もハグをして、何度もキスを交わした。その全てが心を満たすものだった。


 ゆう……。


 ダブルベッドで広いのにも関わらず密着して寝たり、少しえっちな行為もした。自分の体で興奮してくれるのも嬉しかった。


 あなた……。


 だけど、まだ足りない……。


 もっとキスを交わしたい。イチャつくだけじゃなくて、心と身体を重ね合わせて一つになりたい……。


 愛してる……。


 私も愛してる……。この先もずっと何があってもあなただけを愛してます……。



 **** ****



 由季が虚空を見つめてから数分が経った後、ウェイターが料理を運んできた。



「失礼致します」



 優雅な所作でテーブルに料理を置くと一礼して去って行く。ファミリーレストランでは体験できそうにないものだな。それはともかく……。



「由季さ〜ん」


「……」



 何も返答を返さない。


 だが、しばらく経つとゆっくりとした動作でスプーンを持って、オムライスをすくう。


 それを自身の口元に持っていきパクリと食べた。



「ふふっ」


「美味しいのか?」


「あなたの方が美味しい」


「へ?」



 俺が呆けた時、その一瞬の隙を狙って由季の顔が迫ってきていた。そして、躊躇いもなく唇を触れ合わせる。だがそれで終わりではなく、少しだけ開けていた口を舌でこじ開けられ俺の舌に由季の舌が絡み付く。



「じゅる……んっ……」



 突然の出来事に呆然としている中、由季は構わず俺の唾液を吸い取っていく。



「美味しい……もっとちょうだい……私のもあげるからっ……」


「由季……んっ……」



 抵抗しようとするが由季の唾液が俺の喉を通過する。


 旨い……。


 どろりとした餡掛けの味が口の中いっぱいに広がり、卵の優しい甘みがそれを包み込む。そして、極め付けは女子特有の甘い香り。それも好きな相手となれば格別なものとなる。


 俺は瞬時にその味の虜となって由季の唾液を飲み込み始める。



「旨い……もっと……」


「ん……あなた……」



 飲み込んで、飲み干される。いつしかオムライスの味などとっくに消えて、純粋の由季の唾液を俺は飲み込んでいた。


 だが流石に息がキツくなってきて俺と由季は唇を離す。


 そして、幾分か息が整うと再びじっと見つめ合い、顔を近づける。まるで、どちらかの体力が尽きるまで吸い合うかのように。


 だが、ここは二人だけの場所ではなかった。


 ウェイターにウェイトレスと言った給仕が周囲にいる。周りのお客さんから俺たちの姿が見えないように陣取って。


 そして、俺と由季の座ってる席に如何にもな責任者の方がやって来た。


 その後のことは、まぁ……色々と大変だったと言っておこう。

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