第46話 可愛い仮妻と旅行⑧
母親二人の期待するような視線を無視した後、ホテルのロビーにて部屋の鍵を受け取った。
「二人部屋を三部屋取ってるから、これが若者夫婦の部屋のカードキーだね」
「然りげ無く、夫婦と言いました?」
「言ってないけど? それじゃ、今日は特に予定もないから好きに行動して良いよ」
「分かりました」
平然と嘘を吐く透さんからカードキーを受け取ると未だ尚、期待するような視線を向けてくる母親二人から逃げるようにして、俺は由季を引き連れてその場を後にした。
五階にある客室に行く為、二人でエレベーターに乗ると、隣にいた由季が力を抜いてどっと溜息を吐いた。
二人きりになって落ち着いたのだろう。だけど、この感じは不機嫌である時の溜息だ。
「ぶぅ〜」
「今日は不機嫌?」
「不機嫌です。いっぱいゆうとキスしてるからと言っても一回一回、私は気持ちを込めてしてるから横槍を入れられるのはいや」
「そっか。思いながらキスしてくれてありがとな」
「あ……」
自覚せずにキスする時の心情を話してしまった由季は俺の肩に頭を押し付けて、赤く染まった顔を隠した。
「由季が言ったから俺も言うけど、俺は『これからも由季を大切にしたい』、『ずっと側にいたい』って思いを込めながら由季とキスしてるよ」
「ふ、ふ〜ん……」
なんとも思っていないように装う由季だが、体がビクビクと震えているのを俺は見逃してはいない。
そうしている間にも、五階に着いたのでエレベーターから降りる。カードキーに書いてある部屋番号を頼りに歩いていると、隣にいた由季が腕を組んでいる方の手を恋人繋ぎしようと絡ませてくる。
俺はそれを当然のように受け入れて、自分の方からも由季の手に絡ませた。
母親二人からの視線もないので由季はぴったりと俺に寄り添って、頭を肩に乗せてくる。
だが、その二人の時間は長くは続かない。
お目当の番号の部屋の前まで辿り着いてしまったからだ。
俺はカードキーを挿入しようとしたが、念の為、インターホンを押す。
それから数十秒程待ち、誰も出て来ないのを確認する。
「うん。いないな」
「流石にいないよ」
「あの人たちワープするから分からないんだよ」
「ワープって……」
改めてカードキーを挿入してドアを開ける。
由季が室内に先に入り、後ろから俺も入る。その後、ドアチェーンを掛け由季の後を追う。
「結構広いな」
シングルベッドが二つにその奥に小さな畳が敷いてある小部屋がある。その小部屋の窓からは日が沈んでいく夕日が見える。
やはり、森の中だけあって日中が短い。
「綺麗……」
由季は窓際まで近寄っていて、その夕日を眺めていた。
俺はその光景を目の当たりして息を呑んだ。
夕日が由季の綺麗な真っ黒の長髪を照らして、美しく輝いていた。少し開かれた窓からは風が吹いて程良く髪が揺れている。
そうとは知らずに由季は俺に向かって微笑む。
その由季の笑顔を見て、俺は由季から視線を外せなくなった。
「ほら、ゆう。綺麗だよ」
「そうだな……」
俺は由季の後ろに回り込むと、そっと由季を包み込むように抱きしめる。
「ゆ、ゆう?」
「綺麗だよ……由季」
「にゃぁ……」
由季の顔を覗き込むと、顔を真っ赤にした由季が瞼を閉じて唇を突き出していた。
「ねぇ……さっきの続きしよ……?」
「あぁ……」
俺はその期待に応えるように由季の柔らかそうな唇にそっと口付けした。
「ゆう……その……ベッド行こ?」
俺はそのお願いには答えずに由季をお姫様抱っこしてベッドの上に座らせると、横倒しにして口付けを交わす。
「ゆう……」
「由季……」
「「愛してる……ちゅっ……」」
それから俺と由季はお互いに夢中になり、何度も何度も口付けを交わし続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます