第45話 可愛い仮妻と旅行⑦

 ひたすらキスした後、由季は眠くなってしまったようで、俺の膝を枕にして眠りに就いていた。


 おかげで残っていたボリューミーな昼食を一人で食べることになり、結構お腹がきつい。


 そんなことは知らずに由季は心底安心しきった顔で寝顔を晒している。


 イタズラ半分でその柔らかい頬を人差し指でなぞってみれば、掴まれてしまい動かせなくなってしまった。


 まるで、人差し指を差し出すと握ってくる赤ちゃんみたいな感じだ。


 つまり、今の由季は赤ちゃんみたいなものなのか。


 ……何訳の分からないことを思っているんだ……。


 でも、赤ちゃんか……。


 由季と一線を超えるということは、俺と由季の間に赤ちゃんができる可能性が生まれるということだ。


 つまり、由季に似た小さい子が俺を『パパ』と呼んで駆け寄ってくるのだ。


 俺はその光景を思い浮かべてみた。



 小さい由季がとことこと歩いて俺の足元に縋り付いた。


 その可愛らしい歩き方に微笑ましく思いながらも、俺は腰を落とす。



『どうしたんだ?』



 その問い掛けに対して小さい由季は腕を広げて甘えるような声を発した。



『パパ、だっこして〜』



 ……凄く欲しい。


 一度そう思ってしまえば、俺の中で由季と子供を作ることは確定事項になった。


 それに恋人になった日にプロポーズ紛いなことをしてしまった時には、由季も俺の子供をぽこぽこ産むからと言ってくれていた。


 これはもう俺だけではなく、俺と由季が共に望んでいることだ。


 なので、俺は寝ている由季の耳元で小さく囁いた。



「……元気な子供作ろうな」


「っ⁉︎」



 ビクッと反応した由季だが、直ぐに落ち着きを取り戻したので、俺は聞かれていなかったと一安心した。


 しかし、頬を触られた辺りから意識があった由季は不意打ちを受けて、心の中で身悶える羽目になったのは当人しか知らない。



 **** ****



 由季が心の中で身悶えてから数時間後、動いていた車が止まった。



「着いたよ」



 そう聞こえてきたので俺は外を見る。


 標高が高い為か、霧が目の前にあるように感じられる。それに少し先でも視界が危うい。奥の方は完全に真っ白で見えない。


 一通り景色を見た後、まだ膝の上で眠っている由季を起こしに掛かる。



「由季、着いたぞ」


「うん……」



 頭を撫でて起こしに掛かったが、どこか様子が変である。



「由季?」


「だ、大丈夫だよ。ちゃんと元気・・だよ」


「そうか」



 そうして、車から降りると直ぐさま由季は俺と腕を組んで引っ付いてくる。


 その柔らかい感触を堪能しながら、俺の思考は別のことを考えていた。


 由季が元気だと言った事に関する件だ。


 これはもう確実に由季は聞いていた……。


 それにビクって震えたのは由季には刺激が強かったからだ。


 これは気付かないフリをするのがお互い傷付かずに済むのだろう。


 けれど、これだけは伝えておきたかった。



「今はまだ無理かもしれないけど、俺は由季の子が欲しい」


「……うん。え……」



 まさか、その話を追求してくるの? とでも言いそうな表情をする由季。次第に顔が赤く染まっていく。



「由季はぽこぽこ産むって言ってくれたけど、そんなに無理はしなくていいからな」


「もう……どうしてその話を今するの」


「やっぱり、こういうのは直接口にした方がいいと思ったからさ」



 大丈夫だと分かっていても、心の奥底では心配してしまうのが由季だ。だったら、先に伝えておいてしまえば、余計な心配をしなくて済む。



「むぅ……」



 それは由季自身でも分かっていたようで反論出来ずに唸るだけだ。



「それにこうやって口にした方が俺が由季のこと好きだって伝わるでしょ?」


「……っぱいだよ」


「え?」


「もういっぱいだよ! そうやって好き好きって言ってくるの卑怯だよ! そんなに言われたって私何も返せないもん……」


「そんなことない。俺は由季にいっぱい貰ってる」


「例えば……?」



 そう聞かれたので、俺は昔のことを思い出していく。



「幼少の頃、俺は不思議なことには興味津々だった。裏を返せば『日常』とか『常識』とか周囲の人が当たり前だと思っているものには興味が無かったんだ。そういう性格だったから、気が付いた時には友達と呼べる人は一人もいなくて、何をやるにしてもいつも一人だった。……心のどこかでは寂しかったのかもしれない」


「ゆう……」


「でもその時、ある女の子に出会った。他の女の子はおままごととか複数人で集まって遊んでるのに、その女の子だけは一人で黙々と積み木を並べてた。教室の中の積み木が無くなったら、誰かを邪魔しないように隅の方でいないかのように座っててさ」


「……」


「気にもなったし、不思議にも思った。その何も感じさせない女の子の顔を見た時、何だか親近感が湧いたんだ」


「そして、気が付いたらその女の子を心から笑わせたくなってた。幸せにしてあげたいと思った。その頃から興味がないと思っていた『日常』が楽しくなった。……初めてだった。こんなに人に興味を持ったのも、好きになったのも……」



 そこで一度言葉を切って由季を見ると顔を俯かせていた。



「だから、俺に『日常』の楽しさを教えてくれた由季が好きだ。これからもずっと言い続けたい」


「……ん!」


「ん?」


「……そんなこと言うからまたキスしたくなっちゃったよ……責任取ってよ……」


「取るよ……何度でも……」



 そして、唇を触れ合わせようとした時、物凄い冷やかしの視線が真横から浴びせられた。


 その視線の正体は勿論……。



「「あぁ……もうちょっとだったのに……」」


「「……」」



 視線の正体である母親二人の視線に堪え兼ねて、俺と由季は自然と離れた。


 離れたと言っても腕は組んだままだが。

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