第29話 可愛い仮妻と料理④

「まぁ、私たちのことは置いておくとして……由季」


「なに?」


「買い物に行ったのかい?」


「うん……。ゆうと一緒だと外でも安心できたの。凄くドキドキしたけど楽しかったよ」


「そうか。由季は悠君のことが好きかい?」


「……大好き」



 なんだ? この状況は?

 透さんの質問に由季はもじもじしながら、惚気ていく。その張本人である俺がこの場に居合わせている状況がとても居心地が悪い。



「一緒に暮らせるのは嬉しいかい?」


「うん……」



 だから、なにこの状況⁉︎



「お祝いと言っちゃ何だが、日用品や家電製品は良さそうなものを購入して、レディースパックのフルコースで配置して貰った。好まなかったら、呼び出してくれても構わない」


「ありがとう」


「では、私たちはこれでお暇させて貰おう」


「もう行っちゃうの?」



 それは同感だ。まだ来てから十分ほどしか経っていない。



「どうやら、こちらにある二人が迫って来ていてね」



 そう言って透さんはスマホの画面を見せる。その画面を見れば納得できるものが映っていた。そこにはある二人、母さんと由佳さんの居場所を知らせるピンが地図上で動いているのだから。


 それも二人は一度、合流した後でこちらに向かって来ているようだ。



「お母さん来るんだ。それにお義母さんも」


「服等を持って来るのは任せているからね。来てもおかしくはない」


「な、なら、俺も出て行くか」


「ゆうもどこか行っちゃうの?」


「女子会の中に一人、男子がいたらおかしいだろ?」


「そうだけど……」



 由季が悲しそうな表情をするが、これだけは譲れなかった。あんな恥ずかしい別れの言葉を母さんに告げたのに、数時間後に会うとか俺のメンタルが持ちそうにないからだ。



「では、行こうか」


「……いや、もう遅いようだ……」


「え……?」



 父さんが小さく呟いた後、それは聞こえた。このマンションの一室に鍵を開けて、何者かが入ってくる音が。


 そして──



「チェックメイトよ、あなた。それと、悠ちゃん♡」


「グハッ……!」


「ゆ、ゆう……」



 開幕、精神を破壊する一撃が直撃し、俺はくずおれる。そこを空かさず、由季が背中を撫でて癒しをくれる。サポート役としての役目を初めて果たした瞬間だった。



「な、なぜ? 確かに居場所は……」


「そんなのスマホを由佳に預けて、先に私が来ただけよ。由佳が来るまでここからは誰一人、逃げられないわよ」


「ひ、裕人。どうにかならないのか」



 普段の落ち着きはどこへ行ったのか、焦った表情を晒す透さん。



「無理だな……」



 それを諦め切った表情をして返事を返した父さん。



「小細工じゃどうやっても無理だ。何の準備もなく逃げられるほど、こいつは出来ていない」


「そんなに褒めなくて良いのよ?」


「褒めていない。呆れているだけだ」


「っ」



 父さんと会話していた母さんの隙を突いて逃げ出そうとした透さん。しかし、首根っこを母さんに掴まれて見事に捕獲された。



「男なら黙って、揉んでやればいいのよ」


「くっ、由佳はそんなことを頼むような女性じゃなかった……。いつも弱気で守ってあげたくなる様な……」


「まるで、今の由季ちゃんみたいねぇ……?」


「っ⁉︎」



 その言葉に動揺したのは透さんではなく、俺だった。


 まさか、由季も由佳さんみたいな強気な女性になるのではないかと……。


 俺はそうなった場合の由季を想像してみた。


『ゆう〜 ほらほら、触っても良いんだよ?』


 うん……迷い無くお触りしそうだ。そして、とても可愛がる自信がある。



「……由佳は『透君の為に強くならないと』って頑張っていたのよ? 弱気な自分が嫌で変わったのに受け入れないわけ?」


「由佳がそんなことを……?」


「そうよ……どうすべきか考えることね」



 母さんが透さんに忠告とも言えるべきことを言い終わると、今度はその矛先が俺に向かう。だが、その矛は鋭くはなく、柔らかい物だった。だからこそたちが悪い。



「悠ちゃん」


「な、何でしょうか?」


「私も息子が悠ちゃんで良かったわ。ありがと、悠ちゃん♡」


「カハッ……!」


「ゆ、ゆう!」



 第二波を浴びた俺は精神を抉り取られ、その場に倒れ伏してしまった。

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