可愛い仮妻編

第26話 可愛い仮妻と料理①

 無事に家から出ることに成功した由季は近所に住む住人から好奇な視線に晒され、早速ビクついていた。


 まだ歩き始めて1分も経っていない。普通に外を歩くだけでも、由季にとっては過酷なものだった。



「ゆ、ゆう……まだなの?」



 先程までの勇気は霧散して穴があったら潜り込みそうな勢いだ。どうすれば由季の気を紛らわせられるか思い悩むが、思いの外早く案が浮かんできた。



「ほら、由季」


「なに?」



 俺は由季と腕を組むと肩の上に頭を乗っけるようジェスチャーする。身長が同じほどだからできる体勢だ。



「こ、こう? あ……なんか良いかも……」



 名付けるなら肩枕の効力は凄かった。ビクつきは収まり、ゆったりとした表情になっていく。これが後の由季の定ポジだ。


 しかし、俺の場合は由季の顔が間近にあるという状況なので、ドギマギしてしまう。顔を横に向けて少し近づけるだけでキスが出来てしまいそうな距離だ。



「ふふ、嬉しいなぁ」


「何がだ……?」


「ゆうが私でドキドキしてくれてる」


「そんなこと言えるなら、これからスーパーまで行ける気力はあるな?」


「えぐっ……」


「調味料とかは家にあると思うけど、食材が無い。外食でも良いけど、由季は無理でしょう?」


「はい……スーパーでお願いします……」



 早くマンションまで行くという選択肢を提案せず、スーパーか外食という二択を選択させた。外食は直接、店に訪れないといけないので、由季にはハードルが高過ぎた。


 その分、スーパーは買い溜めが出来る為、由季の負担を軽減させることができる。勿論、由季をマンションに送り届けて一人で買い物をするか、持ち帰りで何か買って帰るか、出前を取る等対処法は幾らでもある。


 しかし、その方法だと由季の為にならない。


 それに、この二人暮らしの間で何の気概もなく外に出れるように由季を矯正するつもりだ。


 でも、無理はさせない。あくまでも、由季のペースで慣れさせていこうと考えている。



「いつもは由佳さんが買い溜めしてる具材の中から料理してるだろう?」


「うん……。でも、お母さんのチョイスなんだけど、良くも悪くもない質のばかりで惜しいんだよね……」


「なら、俺に教えて欲しいな。それに外食より、由季の手料理が食べたい」


「ゆう……。分かった。ゆうに美味しいご飯作る為に頑張る!」



 ふんすと意気込んで俺の為に頑張る姿が嬉しくて、つい由季の頭をポンポンと撫でてしまう。



「むふ、それじゃ行こう」


「そうだな」



 スーパーに行くのに乗り気になってくれた由季と一緒に俺は歩く。外で隣を歩いてくれる人がいるのは何だか新鮮で楽しかった。



 **** ****



「あ、懐かしいなぁ〜 このスーパー」


「来てたの?」


「お母さんに連れてきて貰ってたことがあるんだ。まぁ、昔の話は置いといて今日は何が食べたい?」



 由季にそう聞かれ、直ぐさま頭に過った料理の名前を口にする。



「カレーかな」


「カレーかぁ……。思ったけど、ゆうって『何でも良い』とか困ったこと言わないよね」


「実際、困るじゃん。由季には困って欲しくないし。だったら、食べたい物を言う」


「うぅぅ〜〜〜〜」



 由季が突然、悶え始めた。だけど、それは恥ずかしさによるもので俺は困惑する。



「ゆうって女誑しでしょ」


「由季がそう言うならそうなんじゃないかな。由季限定だけど」


「もう、ゆうは私のこと好き過ぎ」


「実際そうだし」


「はぅぅ〜〜〜〜」



 前ならこんなことは言わなかったと思うが、由季と恋人になったし本心は隠したくなかった。これからはいっぱい由季に好意を伝えていこうと思っている。



「ゆうの愛で死んじゃうよ……」


「なら、死なないように見守ってあげるね」


「……『私の彼氏がグイグイ来る件について』と言う名前で小説が書けそう……」


「なら、改稿は俺がするね」


「恥ずかし過ぎるよ! 当事者に見られて編集されるってそんな拷問耐えられないよ!」


「大丈夫だよ、書くなら書籍化を目指そう」


「規模が増えちゃったよ……」


「なら俺も『俺の彼女が可愛すぎる件について』と言う名前で小説書くからお互い様ね?」


「……ゆうのバカ! バカバカ!」



 どうやら恥ずかしゲージのキャパを超えてしまったようだ。


 俺はポカポカと叩いてくる由季のパンチを受け止めながら、由季と一緒にスーパーに入った。



 **** ****



「ゆうは当分、私に『好き』って言っちゃダメだからね」


「そうか……」



 意外とショックだ。由季に好意を伝えたかったのに。でも、今日は流石にやり過ぎたので我慢してカレーの具材について聞こう。



「カレーだったら、バラ肉に人参、玉葱、じゃがいも辺りか?」


「そうです。では最初に人参について教えます」



 俺と由季はカートを押して、野菜コーナーにある人参が置いてある場所まで向かう。



「ではまずは、全体的に赤みが濃い物を選んで下さい」


「それなら、これか?」



 俺は赤みが濃くて大きな人参を取った。これなら、いっぱい食える。だが、肝心の由季は頭を振った。



「違います。正解はこの人参です」



 由季が取ったのは小ぶりな人参だった。



「小さいじゃん」


「良いですか? 人参は赤みが濃くて、茎の部分が小さい方が柔らかくて美味しいんです。それと茎の部分は緑色が新鮮な証拠です」


「ほぉ……」



 その見た目の人参をいくつか籠に入れて今度は玉葱だ。



「玉葱は知ってる。丸っこいのが良いんだろ?」


「正解です。よく出来ました」



 由季が俺の頭を撫でてくれる。由季からされるのは何だか新鮮である。


 野菜みたいに……。




 ……今のは無かったことにして、俺はお礼に由季の頭を撫でてあげた。



「えへへ、次はじゃがいも……」


「それも丸っこくて皮が薄い物だろ?」


「1敗2勝です……」



 どうやら正解だったようだ。だけど──



「勝負になってたんだ。負けた方は何するの?」


「……膝枕で良い?」


「本当にそれで良いの?」


「い、良いよ」


「そうか。後、バラ肉の選び方で終わりだったのに由季は優しいね」


「うぅ……。で、でも、ゆうが外せば問題ないもん。引き分けだから」


「絶対に当ててやる!」



 俺は愛しの彼女の膝枕を賭けて、最終決戦の舞台である精肉コーナーへと歩みを進めた。


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