第25話 可愛い彼女と踏み出す一歩

 あの後、恐ろしい速度で引っ越し計画が立ち上がった。由佳さんも途中で同席して、母である二人はとても嬉しそうな笑みを浮かべて計画を進めていた。その為、由佳さんも母さん側の陣営だと確信した。


 それから一度家に帰って一晩経った後、俺は引っ越しをする為の荷造り……は必要なく、全て父さんが引き受けた。引っ越す場所は俺と由季の家の中間地点辺りにあるマンションの一室。ちゃっかりと素早くマンションを契約している辺り、父さんの動きは驚異に値したものだ。


 お互いに帰ろうと思えば直ぐに帰れる距離。お試しの二人暮らしと思えば良い体験になるだろうと前向きな考えを持った。


 ……本音を言えば、経済的な余裕が出来たら一戸建ての家を契約して、由季と正式に籍を入れて一緒に住みたかった。


 だけど、過ぎたことは仕方がない。これからの予定を立てれば良いだけだ。


 そんな今現在の俺は必要な物をカバンに詰め終わったので、いよいよ由季を迎えに行く時が迫っていた。



「寂しいわね……」



 玄関で靴を履いていると、演技さを感じることのできない母さんの演技に俺はもう諦観した。



「もう良いから。じゃあ、行ってくる」


「悠ちゃん!」


「え……?」



 久方振りに感じる母さんの温もり。それは演技などではなく、素の母さんの姿だった。それに気付いた俺はその気持ちに応えて、母さんを抱きしめる。



「確かに私はお父さんと二人きりになりたいけれど、三人で暮らす生活も捨て切れないと思っているわ。それは分かって頂戴」


「ふふ……」


「一番目はお父さんだけれど、二番目は悠ちゃんが好きよ。悠ちゃんもそうでしょう?」


「そうだな……」



 何だかんだ言っても退屈しない母さんだった。疎ましく思うことはあったが嫌いになることはなかった。



「ありがとう、母さん。高校も卒業出来なかった親不孝な俺だけど……」


「何言ってるのよ。親不孝かどうかは世間が決めるんじゃないの。親である私とお父さんが決めるものよ。悠ちゃんはたった一人のかけがえのない大切な人を救えたのでしょう? だったら、立派じゃない」


「母さん……」


「今度はその大切な人を幸せにできる努力をしなさい。だから、これは私からの贈り物」



 母さんは俺の額にしっとりとした唇を押し付けた。



「お父さん以外の人には与えたことはない私の加護よ。受け取っておきなさい」


「母さんの加護か……なんか強そうだな」


「強いわよ。ふふ、じゃあ行って来なさい」


「行ってくるよ。それと母さん」


「何かしら……⁉︎」



 俺はお返しとばかりに母さんの頬にキスした。



「母さんが母さんで良かった」


「悠ちゃん……!」



 もう言うことは無くなったので、俺はカバンを持って家を出た。


 当然、ほぼ流れに任せてやってしまったことなので、後の黒歴史となるのは確定的だった。



 **** ****



 徒歩7分程の道筋は今の俺には一瞬のように感じた。


 いつものようにインターホンは押さない。昨日、由佳さんから合鍵を預かったからだ。


 その鍵を使ってドアを開けるとそこには息を呑むような光景が飛び込んできた。



「こ、こんにちは、ゆう……」


「あ、あぁ……」



 そこには私服姿の由季がいた。いつも家にいるのでパジャマ姿しか見たことがなかったので、別人のように見えた。


 由季の服装は白のストライプシャツに白のフレアスカート。ロープ編みにされた髪が可愛らしい。


 それに全身白色コーデだから、一種のウエディングドレスに見えてしまった。



「可愛いよ、由季……」


「ありがと、ゆう……」



 由季から感想を求められる前に本心が出ていた。それぐらい、由季の私服姿に動揺させられていた。



「……ごほん、二人の世界を作るのは二人の家に行ってからね〜」


「「あ……」」



 由佳さんが物凄いニヤけた顔をして、曲がり角から顔を出していた。透さんも近くにいるようで苦笑い気味な声が聞こえてきた。



「じゃあ、悠君。由季をお願いね?」


「分かりました。……それじゃあ、行こっか」


「うん……」



 俺はドアを開けて外に出ようとするが、玄関から出ずに外の様子を伺っている由季は震えていた。


 だから、俺は由季の手を取った。それも恋人繋ぎだ。



「ゆう……」


「大丈夫だよ。俺が守るから。約束したでしょ?」


「うん。私、頑張る。ゆうをサポートする為に頑張るから!」



 そして──由季は立ち止まっていた一歩を踏み出した。

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