*お母さんと踏み出す勇気

 リビングで悠が演技を練習している間、由佳は虚空を見つめている由季を見つめていた。悠が側にいなくなって心ここにあらずと言った状態であった。


 それは正しく何の興味も持たず、ぼーっとしている幼少期の頃の由季がそこにいた。


 悠君はこんな状態の由季と10年間も……。


 やはり、由季には悠しかいなかった。心の奥底まで辿り着き、寄り添うことができたのは悠しかいなかったのだ。


 それを由季は感謝して愛情を向けていると自分で自分自身・・・・を錯覚させている。


 そうなった主な原因は高校での悪質なイジメだ。修復できないレベルにまで精神がぐちゃぐちゃになってしまった。


 だが、唯一の拠り所であった悠の頑張りが由季の心に届いた。だから、あと一歩なのだ。


 開きかけていた心の扉に泥を塗られ、閉ざしてしまったのなら、泥を拭いて綺麗にすれば良い。その役はもう悠がやってくれた。だから、もう一度開けるには由季自身の覚悟が必要だった。


 だから、過去逃げてしまった由佳は背中を押してあげようと決意した。



「由季……頑張ろう? もう一度、舞香に会って認めさせよう?」


「出来ないよ……今の私じゃ何も……。ゆう……」



 やはり、由季の心の中には悠しかいなかった。それは一人の親として辛いものがある。


 だけど──



「……由季はいつまで悠君に甘えているつもりなの?」


「っ⁉︎」


「悠君が好きなのでしょう……? なら、悠君だけに重荷を背負わせちゃダメじゃない……。自分で踏み出して、『私も持つ!』って気概じゃないとダメじゃない……」


「お母さん……」



 由佳は泣いていた。

 何も出来なかったことを悔やんでいた。

 だからこそ、これぐらいは親として教えてあげなければならない。



「……依存じゃない本当の愛をぶつけなさい。待つだけじゃなくて、自分から向かいなさい。悠君と結婚して幸せになりたいのでしょう? 夫婦は支え合って生きていくものなの。今の由季はそれが出来ていると思う……?」


「……お母さんは味方でいてくれる?」


「いつだって私は由季の味方よ。だから、大丈夫。あなたは私の娘なのだから、それくらい出来る筈よ……?」


「お母さん……ありがとう。私、ゆうが胸を張って自慢できるお嫁さんになる。もう一度、頑張ってみる。お母さんにもお父さんにも自慢の娘だって言わせてみせるから!」


「由季……」



 立ち直ってくれた。その姿は今までにないほど輝いていた。だからこそ、その輝きが消えないよう由佳は見守っていこうと心に誓った。


 そして、もう二度と諦めないと。



「元気頂戴、お母さん」


「元気?」



 由季は由佳を抱きしめた。それに応じた由佳は久しぶりの娘の抱擁を受け入れた。



「あったかい……」


「そうね……」



 一人の女として見ても由季は立派に育ってくれた。だけど……由佳はある事に気付いてしまいショックを受けた。



「由季ちゃ〜ん、お母さん悲しいな〜」


「な、なに、お母さん?」



 いきなりのちゃん付け。由季は身の危険を感じて由佳から離れようとしたが、あと一歩遅かった。



「えい♪」


「な⁉︎」



 由佳は娘に実っている大きな胸を鷲掴みにした。



「いつの間にかこんなに大きくなってるし、絶対、私のより大きいじゃない。それにこの感触、ノーブラ?」


「止めて、お母さん……」


「止めません。もしかして、私たちが帰って来なかったら、悠君となにしてたの?」


「……」


「……いけない子。えっちな子に育てた覚えはありません」


「うぅぅ〜〜〜 お母さんのバカ〜〜〜〜!」



 由季は体全体を真っ赤にしながらも、由佳の拘束を抜け出して部屋を出て行った。



「……頑張ってね、由季」


「……でも、女の部分ではまだ由季には負けたくないな〜 後で透君に大きくして貰わないと……」



 一人の母としての役目を終えた後は、一人の恋する女として新たに考えを巡らせる由佳であった。

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