第9話 可愛い幼馴染とお泊まり会①


荷造りを終えた俺は両親から(主に母さんから)何かしら余計なことを吹き込まれる前に家を出た。自分の家から由季さんの家までは歩いて7分程の距離だ。


お泊まり会のことを思っていれば7分など今の俺には数秒にしか感じなかった。


程なくして行き慣れた一戸建ての家に着いてしまった。いつものようにインターホンを押すと、由佳さんが応対してくれて中に入れてくれる。すると、玄関先で由佳さんがどこかの鍵を手渡してくる。



「悠君、由季のことお願いね。それとこの際だから渡しておくけど、これ家の合鍵」


「はい……って、合鍵⁉︎」


「そうよ? いつもインターホンを押して入って来て貰うのは悪く感じてしまうもの」


「いいんでしょうか? 受け取っても……」



俺が合鍵を受け取るのを躊躇していると、由佳さんは軽く俺を抱き寄せる。その温もりは由季さんの母親なのだと実感させられるものだった。



「悠君? 私は感謝しているの。由季にたくさん暴言とか吐かれてたのに見捨てないで、接し続けて頑張ってくれていたのを」


「いえ、俺にはそれぐらいしか出来ませんでしたから……」


「……私は心の何処かで諦めていたの。元々、無表情な子が心に傷を負っちゃったから。でも、まさかあんな幸せそうな表情を見ることが出来るなんて。これも悠君のおかげよ? ……だから、これからも由季のことをよろしくお願いします」


「いえ、そんな大したことは……」


「悠君。大人の社会では礼は素直に受け取っておくのが礼儀よ」


「……分かりました。受け取っておきます」


「よろしいよろしい。それと」


急に態度が変わった由佳さんは俺から離れると悪戯するような笑顔を浮かべる。それは俺の母親のニマニマとした表情を連想させる。嫌な予感がする……。



「悠君以外の男の子には由季は渡さないから安心してね〜」


「っ⁉︎」


「まぁ、でも本人もそのつもりらしいけど〜 そうでしょう? 由季〜」


「……ミ〜ンミンミンミ〜」



グハッ!


俺は内心で吐血した。今すぐにでも採取したいと思った。なにせこの世で一種類しかいない蝉だからだ。採取したら存分に愛でてやろう。



「では悠君。後はよろしく〜」



由佳さんは玄関に置いてあったブランド物のバッグを持つと気分良く家を出た。鍵の閉まる音が静かな空間に響くのと同時に、この家に存在している人は俺と由季さんだけになった。


つまり、今この瞬間からお泊まり会が開催されたのだ。



**** ****



「さて……蝉を捕まえにいくか」


「み、ミ〜ミンミンミ〜!」



鳴き声が大きくなった。しかし、オスしか蝉が鳴かないという事実はこの際、無視しよう。だが……。



「蝉が鳴くのは異性を呼び寄せる為なんだけどな〜」


「み……ミ〜ンミンミンミ〜……」



鳴くのは止めないが、鳴き声が小さくなった。つまり、呼び出されている訳だ。ならその誘いに乗ってあげよう。


俺は靴を脱いで玄関を上がると蝉の鳴く方に歩みを進める。廊下を歩いて、リビングに続くドアを開く。周囲を見回して確認してみればすぐにそれは見つかった。


ソファーの上でタオルケットを被り、丸まっている物体が存在している。蝉にしてはかなり大きめなサイズだ。


勿論、俺は丸まっている物体を撫でた。


その時──



「ひゃぁ!」



蝉に似つかわしくない声を上げた。俺は構わず、愛でるに愛でる。



「うぅぅ……や、やっぱ、ダメ。ゆうくん……」



名前を言われてしまったので俺は手を離した。するともぞもぞと動いてタオルケットから頭を出してきた由季さん。だけど、由季さんが頭を上げた場所は俺が撫でていた場所とは少し遠かった・・・・。そこでようやく自分がどこを撫でていたのか検討がついた。



「あの、これは、その……」


「ゆうくんにお尻・・撫でられた……」


「ご、ごめん」


「乙女のお尻を撫でるなんて、ゆうくんは本当にえっちだ。……私の裸見た時だって興奮してたし」


「ぐふっ……返す言葉もございません……」


「ふふ、でも許してあげる。でもタダじゃないからね」


「仰る通りです」



由季さんはソファーから降りると台所に向かった。そうして戻ってくる頃には由季さんの手には汁椀が握られていた。



「ま、毎日飲みたいって言ってたから今日の分……これでチャラにしてあげるから飲んで」



汁椀には油揚げとわかめの味噌汁が入っていた。


でも待って欲しい。


今日の由季さん何時もに増して可愛すぎるんだけど……。

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