第8話 悠の想いと荷造り
父さんが部屋から出て行くと、思い出したかのように鼓動が早鐘を打ち始めた。
「そういえば、由季さんの家でお泊まりするんだよな……」
思い出すのは頭を撫でた時に見せる心地良さそうな表情をする由季さん。
鼻歌を歌いながら料理をする由季さん。
俺の膝に頭を乗せて幸せそうに眠る由季さん。
そして──ハグをしている時に見せる蕩けそうな表情をする由季さん。
「俺は耐えられるのか……?」
寝言とは言え、俺は由季さんが向けてくる好意に気付いてしまっている。劣情に駆られ、その気になってしまえば、由季さんと男女の仲になることだって可能だとも思っている。そうでなければ先日のお風呂騒動の件で由季さんは俺を追い出してるか、逃げ出すに決まっている。
万が一にもそういった関係になれば凄く幸せな時間を過ごせるのも容易に想像がつく。
だがそれは
……だからこそ、
俺自身に由季さんを幸せにできる決意があっても経済力がない。いくら好意があったとしても経済力、つまりお金がなければ別れてしまうカップルをネットでたくさん見ている。それも周りに自慢するようなイチャイチャカップルも例外ではない。
つまり、俺が言いたいのは『そんなことで由季さんを嫌いになりたくはない』
勿論、俺が由季さんを嫌いになることなんて考えられない。だけど、
だから俺は由季さんとはまだそういった仲にはなれない。自主退学したとはいえ、最近までは高校生だった子供がお金のことを心配するのは烏滸がましいとは自分でも思う。
だけど、心の底から欲しい、幸せになって欲しいと思える人だから。お金が原因で由季さんが悲しむ姿は見たくはないから。
……でも一番の理由は、笑っている方が由季さんに似合っているから。
その笑顔を守る為に俺は勉強している。それも、あの根暗な父さんから投資のことを。どこから情報を集めてきているのか全く見当が付かないが。
それに格好悪いが由季さんからも勉強を教えて貰っている。主に投資関係で使う計算問題を。試験問題で言えば、証券アナリストの問題だ。
それにいくらお金を稼ぐ為の勉強とは言っても、由季さんといる時間を減らすのは違うと思ったので由季さんの家で勉強している。でも俺は計算問題に滅法弱い為、理性を対価にして由季さんとハグしている。
一問一ハグなものだから、投資関係の知識を身に付けるより、由季さんの抱き心地の方が俺の体が覚えてきてしまっている。
「……って、なんでこんな考えになってるんだ……」
俺はだらしない考えを捨てると、改めて泊まる為の荷造りを始めた。
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