第5話 可愛い幼馴染と呼び方

昼食を食べてから昼寝を終えた後、由季さんの部屋に戻ってきた。


因みにパートから帰ってきた由佳さんが豚汁うどんを口にすると、涙目になっていた。これはおそらく、娘に料理の腕を負かされて嬉しくも感じるが悔しいと言った心情なんだろう。


まぁ、そんな感じで部屋に戻ってきたのだが……凄く由季さんは不機嫌になっていた。



「ねぇ、由季さん?」


「ふん!」



このように。


でも、完全には不機嫌ではないようで、胡座をかいている俺の間に挟まるようにして、体育座りしてしていた。



「機嫌直してくれないの?」



俺はペンを猫じゃらしのようにして由季さんの周りに回し始めた。



「ふん! にゃ!」



パシパシとペンを叩こうと手を動かすが、俺はそれを回避していく。それに痺れを切らした由季さんは直接、俺にアタックしてくる。



「グルルルル!」



ぐりぐりと頭を動かして肩を抉ってくる。地味に痛いので仕方なく、ペンを机に置いて由季さんの頭を撫でに掛かる。たくさんの愛情を込めて撫でていく。


それが効いたのか大人しくなった。なので、不機嫌の理由を聞くことにする。



「由季さん、どうしたら機嫌直してくれる?」


「……由季さん・・はいや。夢で言ってくれたの。呼び捨てで言ってくれたの。由季って。とっても嬉しかったの。由季さん・・は他人行儀みたいでいや」


「そうだったのか……」



確かにそれは失念していた。小中と由季さんと呼んでいたから、もはや俺の中では愛称になっていた。でも本人が嫌がるのなら止めよう。


それに先程、由季と言った時は『大好き』とも言ってしまった。もし、それを聞かれてしまっていたら、今頃大変なことになっていた気がする。


だが、それを聞いていた由季が悶えそうになっていたのを悠は知らない。



「……由季」


「っ⁉︎」


「由季」


「ゆうく……ゆう!」


「っ⁉︎」



なんだこれ……。


幸せでどうにかなってしまいそうだ。呼び方一つで急に距離が近付いた気がして俺は顔が熱くなる。それを証明するように由季も胸に手を置いて深呼吸していた。



「なんだか、ポカポカするね。でも、凄く嬉しいなぁ〜」


「そ、そうか……」



もう心臓がもたない……。一瞬でも気を抜いたら由季を抱きしめて『好き』だと連呼してしまう気がする。だが、それに追い打ちを掛けるように由季が背中を預けてきた。



「ドキドキのお裾分けだよ……?」


「っ!! ふぅ……」



危ない危ない。今のは本当にダメかと思った。だが、その防波堤も由季の前では決壊することになる。



「ゆうのもドキドキしてるね。一緒だね……」


「……」



耐えられなかった。



**** ****



「由季」


「ん〜?」


「好きだ」


「へ……」



驚く間も無く、由季は後ろから悠に抱き寄せられる。心臓がドクンと一際、脈打つがそれでも足りないというように悠の顔が由季の肩に乗せられた。



「最初はとっても可愛い女の子だって思ってた。恋愛感情は特に無くて、俺の中では可愛いだけの女の子だったんだ」


「でも、ずっと一緒にいる内にとっても可愛いだけじゃなくて、付き合いたい、大切にしたい、心の底から欲しいって思える女の子になってたんだ」


「好きだ、由季。ずっと好きだ。世界中で一番好きだ。世界中で一番可愛い。もう本当に好き。愛してる」


「あ、あい……」



突然、連続して爆弾を着弾させられた由季は反撃する間も無くあたふたとする。体全体が熱を帯び赤く染まっていく。



「私もゆうが好き。ずっと──」


「好き好き好き好き好き好き好き」


「っ⁉︎」



ゆっくりと由季が『好き』だと言うのに対して、マシンガンの如く『好き』だと連呼する悠に由季は驚いてしまう。でも、その『好き』の一言でも凄く好意の感情が乗っていて由季は耐えられそうになかった。ずっと聞いていたら、ゆう中毒になってしまう。



「ダメ、ストップ! ゆう!」



頭を動かして、喋り続ける悠の顎に頭突きを食らわせる。



「ぐっ……」


「へ?」



当たりどころが悪かったのかそのまま眠るように悠は倒れた。



**** ****



「♪〜〜♪〜〜」



微かな鼻歌が聞こえてくる。これは今日の昼時にも聞いた由季さん・・の鼻歌だ。でも、なんだろうか? 頭の下に感じる柔らかな感触は?



「あ、ゆうくん・・起きた?」


「あ、あぁ、起きたよ由季さん。この状況は?」


「私の昼寝に付き合ってくれたお礼だよ。可愛かったよ、ゆうくん」



そう言って微笑む由季さんはポンポンと俺の頭を撫でる。なんだか気恥ずかしい。



「そ、そうですか」


「……良かった……戻って。あのままだったら絶対、ゆう中毒になってたよ……」


「ん? 由季さん?」


「な、なんでもないよ。なんでもない」



そう言って何かを誤魔化す由季さんを見て、微笑ましく思う。なので、ちょっと意地悪したくなった。



「可愛いよ、由季さん」


「ひゃぁ!」



可愛いリアクションをした後は、顔を真っ赤にした由季さんに背中をバシバシと叩かれた。

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