第4話 可愛い幼馴染と味噌汁
お風呂騒動から一週間後。
その日は由佳さんがパートをしている出先が忙しくて帰るのが遅れるとの事でお昼は自分達で何とかして欲しいとの連絡が入った。
「お母さん帰るの遅れるらしい」
「そっか。何かカップ麺が……」
俺は台所にある押入れに何のカップ麺が置いてあったか考えを浮かべるが……。
「作ろう!」
「え?」
ベッドから身を乗り出して、由季さんは楽しそうに提案する。
「だから、ゆうくんと一緒に料理作るの!」
「俺、何も作れないよ?」
「ふっふっふ、そこは私に任せなさい」
そうして機嫌の良い由季さんを先頭にして部屋を出ると台所に向かった。
**** ****
そこには天使がいた。
きめ細やかな髪を後ろに束ねてポニーテールへ。淡いピンク色のエプロンが由季さんの体を覆って一柱の天使が誕生だ。とても簡単。
「それじゃ……何を作りましょうか、ゆうくん」
「味噌汁?」
「何で疑問形で味噌汁? あれかな? 『毎日、お前の味噌汁が飲みたい』とかそう言った感じの……」
「確かに由季さんの味噌汁なら毎日飲んでみたいけど。あ〜でも──」
「良いよ……」
「え……?」
「その、ゆうくんの為に毎日、味噌汁作っても良いよ……?」
人差し指同士をツンツンして頬を朱に染める
あ、やばい。これダメだ。可愛い。
俺は口元に手を持っていき緩みそうになる表情を隠して──
「お願いします……」
「お願いされました……」
その場には顔を真っ赤にした二人が佇んだ。
**** ****
二人の硬直は由季が先に動いた事で解消される。
「そ、それじゃ、本日初日の味噌汁です!」
「そ、そうだな」
「という事でゆうくんはテーブルを拭いて待っていて下さい」
「あれ? 俺は手伝わないの?」
「それは今度でいいです。今日は座って待っていて下さい」
「分かった」
俺は二人分のコップと冷やしてあるお茶を冷蔵庫から取り出すとテーブルに置いて席に着いた。テーブルを台ふきんで拭いた後は当然、由季さんの後ろ姿に視線が向かう。
そこには慣れた手つきで野菜を切る由季さんの姿があった。トントンと包丁が刻む音に合わせて、ポニーテールが揺れる。楽しいのか微かに鼻歌が聞こえてくる。
こんな光景を見せられたら否が応でも意識せざるを得ない。俺はふらりと立ち上がると由季さんに向かって歩き出す。
「ゆうくん? 何かふゃぁ……」
ここ一週間、変に意識して愛でれていられなかったのが響いた。俺は由季さんの頭をポンポンと撫でる。愛でるに愛でる。触り心地と程よい高さがポイントが高い。
「ふわぁ……うにゃぁ……」
由季は気持ち良さそうにそれを受け入れる。だが、包丁を叩くリズムは崩さない。これは由季が身に付けた高等テクニック。甘えながらも作業の手は止めない。神業である。
「もっと、横の方も……うゃぁ……」
ついでにリクエストも忘れない。
**** ****
俺が満足するまで由季さんを撫で続けていたら、料理は着々と進んでおり、盛り付けに移ろうとしていた。
「あ、そうだ。ゆうくん、テーブルに鍋敷き置いて下さい」
「分かった」
戸棚に閉まってある鍋敷きを取り出して、それをテーブルの上に置くと、そこにお手軽サイズの鍋が置かれた。最後に箸と取り皿を二人で取ってくると椅子に座った。
「盛り付けようかと思ったけど、鍋は突っついた方が美味しいもんね」
「と言うことは、ひょっとしてただの味噌汁じゃない?」
「そうです。では、ゆうくん。開けてください」
「うん」
俺は鍋の蓋を開ける。すると、良い匂いがぶわっと広がる。見る限りだと中には豚肉に人参、大根、こんにゃく、ニラ。
これは……
「豚汁?」
「正確には豚汁うどんです」
由季さんがお玉で中を掻き混ぜると、下に隠れていたうどんが姿を見せた。
「お昼なので、ボリュームのあるうどんを入れて豚汁うどんにしてみました」
見ているだけで食欲が唆られる。早く食べたい。
その心情を察したように、取り皿に由季さんは盛り付けてくれる。
「お好みで七味もどうぞ」
「ありがと」
それぞれに行き渡ったので、手を合わせて早速実食だ。まずは、入っている具材をいくつか食べてうどんを吸う。
「っ⁉︎」
「どうですか……?」
由季さんは食べてくれた喜びと味はどうかな? と言った不安そうな顔をしている。
「美味しい、凄く美味しいよ!」
「やった♪」
花が咲くような笑顔を浮かべて、由季さんも豚汁うどんを口にする。そんな可愛らしい表情をしながら、由季さんは自爆特攻する発言を叩き込んで来た。
「なんか新婚さんみたいだね!」
「え……」
「あ……」
自分の言った発言に気が付いて、顔を真っ赤にした後、机に突っ伏してしまった。正に自業自得だ。
「うぅぅ……」
そんな俺は恥ずかしがっている由季さんの姿に頭を撫でたい衝動に駆られる。俺は由季さんの頭目掛けて、ほぼ無意識に腕を動かす。
その時、丁度頭を上げてしまった由季さん。
ふにっ。
そんな感触が手に生じた。
「ほへっ⁉︎」
偶然にも由季さんの頬っぺたを触ってしまった。
「あ、柔らかい」
頭以外にも触り心地の良い場所を見つけてしまった。これは思わぬ収穫だ。触ってしまったのだから、ついでにと言わんばかりにぐにぐにと掴んで遊ぶ。とっても柔らかい。
「むー」
そんな俺の行動にむすっと頬っぺたを膨らませて、俺の頬っぺたを由季さんが掴んでくる。なんか面白くなってきた。
俺は由季さんの頬っぺたから手を離すと、今度は頭を撫で付ける。散々、さっきまで撫でていたが飽きそうにない。愛情を込めて撫でていると由季さんが蕩けた表情になってくる。
「えへへ……ねぇ、ゆうくん?」
「なんだ?」
「そっちに行ってもいい?」
「いいぞ」
「ありがと」
由季さんは自分の取り皿を持って俺の隣の席に移動してきた。そして、口を大きく開けた。
「食べさせて」
どうやら、頭を撫でた時に現れる特有の甘えたモードに入ってしまった。
「何食べたいんだ?」
「全部」
「そうか」
俺は由季さんの取り皿を持って、息を吹きかけて冷ますと口元に持っていく。
「はいど〜ぞ」
「あ〜ん」
由季さんの一口は小さいのでちびちびと食べさせていく。由季さんの口はハムスターなのではと思ってしまう。まぁ、それが可愛いんだけど。そんな感じで餌付……食べさせていると。
「ふ〜 私はもうお腹いっぱいだから、今度はゆうくんに食べさせてあげるね」
交互で食べさせ合いっこするようになった。そうして、お互いにお腹いっぱいになったので、残りはパートから疲れて帰ってきた由佳さんに食べさせる方がいいだろう。
「お腹いっぱいになって少し眠くなっちゃった。ゆうくん枕、リビングに敷いて欲しいな」
「はいはい」
俺は鍋の蓋を閉めて、リビングにあるソファーに座り込む。すると、そこに横向きに倒れ込んできた由季さんは俺の膝を枕にする。
「ゆうくん、少し寝るね……」
「おやすみ、由季さん」
その間に俺は由季さんの頭を撫でる。そして今日覚えた柔らかい頬っぺたをふにっと触る。さらさらな髪でも遊ぶ。でもやっぱり頭を撫でる方が癒される。
そうしていると由季さんから寝息が聞こえてきた。
「おやすみ、由季さん」
「……すぅすぅ……ゆうくん……好き……」
寝言だが由季さんの好意を受けて、俺は幸せな気持ちと不甲斐ない気持ちで一杯になった。
「ごめんな、由季さん。俺はまだその気持ちには応えられない。……だけど、俺も由季さん……由季の事が大好きだ」
**** ****
大好き
その言葉は私が寝てるフリをしてる時にゆうくんから告げられた言葉。頭を撫でられて、頬っぺたを掴まれて、髪を弄られたことで心地良くなってしまった私が思わず言ってしまったゆうくんへの想いに対する返答の言葉。
とっても嬉しかった。
大好きな人に大好きと言われる嬉しさは想像を遥かに超えている。もっと好きになってしまうし、期待もしてしまう。
でも、ゆうくんはまだ私の想いには応えてはくれないらしい。なら、私は待っている。いつまでも待っている。
ゆうくんが自信を持って私にプロポーズしてくる光景を。
でも、あまりにも遅かったら我慢できないから、私からしちゃうからね……。
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