Scene12 -7-

 ガンバトラーの死。ロボットの死とは人格であるAIの破壊を意味する。帰還したガンバトラーの機体は人間でいうところの魂の抜け殻である遺体だ。


 その遺体を博士と剛田が調査してわかったことがあった。これは前もって予測していたことだがガンバトラーは分解・解体された痕跡があることだ。徹底的に調べ尽くすためにその必要があったのだろう。そこまでしてしまっては返還時に元の状態へ戻すことは不可能なのだ。つまりA国はガンバトラーを無事に返還する気はなかったという予想が立つ。


「でもよ、そんなことしたらいくらA国でも世界でそうとう立場が悪くなるんじゃないのか? 下手したら自国内からもでっかい批判を受けかねない一大事になるぜ」


 剛田のいうことを受けて博士はこれまで考えていたことを返した。


「たぶん……、A国はわざと機械虫にトレーラーを襲わせたのだろう」


「そんなこと可能なのか?」


「方法はわからない。だけどそうすることによってガンバトラーを解体したことも隠蔽できると踏んで徹底的に調べ尽くしたんだろう。僕が作ったスピリットリアクターの残骸もなかった。分析できたのかはわからないけどそれもやったんだろうね」


「A国の奴ら! 抗議だ、せめて徹底的に抗議してさらしてやろうぜ!」


 頭から湯気が出るほど怒りに燃える剛田だが、博士は冷静に話を続けた。


「無駄だろう。こうなることも想定済みでやっている。GOTは非軍事同盟だし日本の組織でもない。それに最初はA国を叩いていた各国が突然手を引いただろ? 何かしらの手を打ったのは間違いないね」


「世界を黙らせるほどの脅しを掛けたってのか?」


 もしそうならとんでもない切り札でも持っているかもと、剛田は眉を寄せた。


「どうだろうな。ともかく今回の件はどんな状態になってもそれ以上のリターンがあると確信しての行動だとしか思えない」


 博士は世界を黙らせたことや大きなリターンを予想してはいたが、ここでは口に出さなかった。


「このことをアーロンに報告してくる。剛田君はあの件を進めておいてくれ。機動重機はガードロンのバージョンアップが済めばしばらくは現状維持だから」


「あぁわかった」


 博士は格納庫を出てガーディアン基地のある地下に向かった。


 グングンと加速する静かなエレベーターの中で博士は考えていた。


 戦力の補充が必須だがその補充をおこなうにも戦力が必要という矛盾が解決できない。唯一の希望は強行型決戦兵装の安定化だ。機械と共命体の合体したバルセイバーはまだまだ不安定で不安要素がある。それが改善されたときこそが勝負だと博士は思っているのだが。


「あのアクト君でさえ躊躇するんだからなぁ」


 ガイファルドのことならどんなことでも頑張るような彼でさえ、バルセイバーへの機甲合身後に起こる疑似神経接続による副作用に尻込みするのだ。ルークとエマも嫌がることは目に見えていた。


「少しずつデータを取って改善していくしかないか」


 そうぼやく博士はアーロンの居る司令長官室向かっていた。


 ガーディアンズの指令長官であるアーロンはこの2ヶ月ほど基地を離れてガイファルドを発掘した古代の遺跡でガイファルドやセガロイドについての調査をおこなっていた。そのアーロンが帰ってきたので、互いの情報の交換をするために博士は長官室に呼ばれていた。


 博士が頭の中でさまざまなことを整理しながら長官室にやってくると、アーロンと秘書の三浦春歌がコーヒーを飲みながら話をしていた。


「おやハルカ君、今日は非番じゃなかったか?」


「ええ、そうです。なので個人的にアーロン司令に会いに来ました」


 恥ずかしげもなく優しい微笑みで博士に返す。


「お仕事のことでしたらご遠慮なさらずにどうぞ。あっ、コーヒー淹れますね。ミルク入りの砂糖なしでしたね」


 ハルカは立ち上がって司令室の隅にあるコーヒーメーカーに向かう。


「お邪魔だったかな?」


「そんなことはないさ。ハルカとも仕事の話をしていたところだ」


 アーロンはコーヒーをすすりながら答える。


「私は外した方が良いかしら?」


 冷蔵庫からミルクを出しながら聞いた。


「いや、問題ないよ。ハルカ君にも聞いてもらった方が二度手間にならなくて助かる」


 小さなトレーに乗せて博士の前に置くと、ハルカも座席に着く。


 博士は機械虫とセガロイドとの今後の戦いにおいて準備に関しての考えをアーロンとハルカに話した。


 内容は大きく分けて3つ。


 ①ガイファルドの戦闘能力アップに関すること。

 ②セガロイドの目的と今後の動向に関する予想。

 ③機動重機部隊の再編制。


 ガイファルドの戦闘能力アップは基本的に共命者の能力で変化する。それをサポートするのがオプション・アームズであり、新兵装の強行型決戦兵装だ。


 そのプロトタイプとなるセイバーの機動装甲戦闘機バルサーは、セイバーと機甲合身することで打撃格闘と装甲を強化されバルセイバーとなる。


 パワーアップとは言ってもセイバーの出力がアップするわけではなく、あくまで重量の増加にともなう物理攻撃力のアップと鎧を纏うことでの防御力アップという単純なモノだ。それを合身という高効率なシステムを使うことで、まるで元々そういった形態であったかのような一体感で、自然な動きを実現できる。結果、機動性を損なうことなく、運動性の低下を最小限に攻撃力と防御力の向上が可能となった。


「いくつかのオプション・スタイルの集大成として製造した強行型決戦兵装は予測していた数値以上の性能を発揮してくれた。その反面、機体にも共命体にも共命者にも負担は大きかったね。疑似神経とスピリッツリアクター併用の改善など見直す点が多い分、伸びしろも期待できる」


「早く完璧に調整してあげてくださいね。テストのたびにアクト君泣いてますから」


 ハルカは心配する言葉とは反対にそのアクトの様子を思い出して小さく笑っていた。


 擬似神経接続の副作用による神経過敏といった現象は長時間正座をしたあとのような痺れを共命者に与える。そのためそれを面白がってアクトの手足を突っつく者があとを絶たず、それにアクトは困っているのだった。


「機体の強度不足が見られた部分の再設計にともなって少しばかりの軽量化もした。バージョン1・3も間もなく上がってくる。このあとは剛田君に引き継いで、僕はアッドジュエルの研究に取り組むことにするよ」


 アッドジュエルとは、セイバーが生み出した共命者と共命体を繋ぐダブルハートという宝石に酷似した直径1メートルほどの宝石である。現在ふたつのアッドジュエルが生み出されたいるが、その意味と運用方法は不明だった。


「アッドジュエルと言えば博士に朗報だ」


「なんだい?!」


 アーロンは手詰まりだった研究中のアッドジュエルの情報を持ち帰ってきたのだ。その内容は博士に、いやガーディアンズにとって嬉しいものだった。


「そうか、過去にもアッドジュエルは存在してガイファルドたちの武器として役立っていたんだな」

「ただ、記録から読み取った中ではそれを扱っていたのはたったひとつの個体のみだったようだ」


「アーロン司令が持ってきた情報をを送ります」


 ハルカはタブレット端末を操作して博士の端末に送信した。それに目を通した博士は目を見開いてから笑った。


「もしかして……、そうか、そうかもしれないぞ」


 ハルカはともかくとして、アーロンにもよく理解できなかった文面や図面を見た博士は、今まで漠然としていた情報がその情報によって繋がり始め、修正と再構成によって新たなモノを生み出し始めたのだった。


「今回はアッドジュエルやガイファルドについての情報をメインに捜索したから他のことの情報は少ない。現在も引き続きPR3が情報収集をおこなっている」


 この数ヶ月姿を見せていないPR3はアーロンと共に遺跡に入り情報収集をおこなっているのだった。その情報は定期的にPR3からこの基地で共命者の世話と護衛をしているパートナル=ロイド三世に送られてくる。


「ランダムで選出してきた情報にかんしての整理はハルカに頼むことにした。過去のデータと照らし合わせて大まかな概要が掴めた情報を優先して報告してくれ」


「承知しました」


「非番の日にする会話じゃないよ。いつも頭使っているのだから休まないと」


 ふたりのやり取りを見て博士はそう口にした。


「問題ありません。私の仕事は世界を守ることで、私の趣味はアーロン司令のお手伝いをすることですから」


 視線も向けずにタブレットを叩きながら博士に言葉を返したハルカ。その彼女の表情が少しだけ曇り、アーロンと博士の顔を見た。


「早速ですが、司令が持ち帰ったデータと過去のデータを合わせて精査したところ、セガロイドについてわかったことがあります」


「早速か?」


 こういった情報処理にかんして、博士はハルカにはかなわない。あくまで博士の頭脳は科学向けの理系。ハルカは文系の天才だった。


「超古代の人型戦闘兵器ですが、彼らは何かを崇拝していたようです。概念的な神といった神聖的なモノに対しての信仰がうかがえる描写があり、それにともなって弱気者を守る行動を取っていたと」


「機械が神様を信仰?」


「確か古代の人間たちも神を信仰していたようだが、超科学を持っていた1万年前の古代人たちも神といった概念を持っていたのだな」


 神を崇拝する弱気者を守る者。それが古代の機械兵器。


「まるで天使ですね」


 ハルカから不意に出た言葉にアーロンと博士は目を丸くした。


「え、だって天使も神を崇拝する者でしょ? 弱き者を守るってことならその対象は人間かなって」


「だが、セガロイドは人間と敵対していたということがわかっているからな」


「人間は自分たちが作り出したセガロイドの裏切りにあって敵対したってのが物語でありそうな展開だね」


 そんな話をしているときに博士が腕に付けているブレスに通信を知らせる音が鳴った。


「剛田君からだ」


 博士が通信に出るや否や、剛田の怒号とも取れる叫びがブレスから聞こえた。


「博士、テレビ点けて見てくれ。民放でもなんでもいい」


 博士のブレスから聞こえる声を聞いてハルカがテレビを点ける。すると緊急特報という大きな字幕が出された画面で緊張感を持ったニュースキャスターが文面を読み上げていた。


 報道されていたのはセガロイドと思われる者からの宣戦布告だった。


 その内容は、自分たちは人類がセガロイドと呼ぶ者であり、過去の人間たちの戦いにおいて騙し討ちを受けて人間たちに封じられていたこと。ささやかながらその復讐と人間の管理、そして神の降臨の助力のために、再びこの世界の管理をおこなうこと。といったモノだった。


 国の代表者はのちに伝えるチャンネルより服従の意思を伝えろ。それが成されなければ敵対者と判断し、順次攻撃をおこなう。


 こういった内容が繰り返し放送されていた。そして、その内容で最も興味を引いたのが、自分たちをムー帝国だと名乗ったことだった。厳密に言えば「貴様たち人類の物語から名を取って」という言葉があったのだが、セガロイドたちが古代の機械兵器という情報もあり、それは恐怖と相まってすんなりと受け入れられ定着した。


 様々な憶測や深読みが駆け巡り、A国という巨大な大陸と国家をも超える大軍事国家なのではないかというなんの根拠もない情報が先走る。そしてそれを信じる者も多かった。


 一時は天の使いであるとも言われていたガイファルドたちの存在もかすむほどの強烈な情報に、世界の混乱は免れなかった。この報道後、一定期間ではあったが物資の価格高騰や暴動なども起きてしまう。


   ***


「タイムリーな内容でしたね」


 ハルカは驚きながらそう言った。


「セガロイドは人間によって封印されていた。それを開放するための機械虫という僕の仮説は間違ってなかったようだ」


 少し冷えたミルクコーヒーを半分あおった博士にアーロンが付け加える。


「再びこの世界の管理をおこなうか。過去に同じことがあったからこそ、それに反発することで人間との対立が起こったとも考えられるな。そして気になるのは、神の降臨」


「本当に神が存在するってことですか? 機械であるロボットが神なんて言ってもピンときませんけど……」


 超科学の結晶と言える完全な自立思考の古代の人型戦闘兵器が神の使徒だと言わんばかりの宣言。それは人類に対する宣戦布告。このことに全世界が震えた。


 一部では悪戯だと言う者もいたが、この声明はA国の軍事回線に流されたモノだったためA国はそれを否定することがなく、対機械虫世界軍事同盟はこれを真摯に受け止めた。


 これを機に戦いはより激しいものへと推移していく。

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