Scene9 -9-

  レオンが『逃げろ』と言った通りあいつは危険なのだと心で警報が鳴り響いていた。


  『せっかく恐怖心を克服したと思ったのに、もっと大きなトラウマになりそうな気がしてきた』


  その姿を見ただけでアクトにそう思わせるその巨人は、グレーの素体をしていて紫がかった黒い鎧を装着した兵士を思わせる姿をしていた。そいつはゆっくりとセイバーたちに向かって歩いてくる。


  ガイファルド二体を相手に優位に戦えるほどの戦闘力をもって暴れていた機械獣はその巨人に対して襲い掛かることはなく、むしろ一歩引いたように静かに待機している。レオンをこんなにしたのがあの巨人ならば敵と見て間違い。


  うかつに手を出すことをためらわれ、様子をうかがうセイバーとノエルではあったが、フォースフィールドを展開した臨戦態勢をとったままだった。


  上空では機械虫たちの莫大なDゾーンが消え、空間の歪みもなくなったことで回復した索敵システムによって機械獣と謎の巨人の調査にフル回転している。


  「すべてのセンサーを使ってデータを取りまくれ。イカロスは可能な限り高度を下げて接近。いつでもガイファルドたちを回収して撤退できるように。イカロス底部のレーザーコーティングに出力を集中、油断するな」


  未知の相手の登場に最大限に警戒していたセイバーたち。一挙手一投足を見逃さないように巨人を睨み付ける。静寂に近い砂漠の一角に無音の轟音という矛盾した圧力を持って立つ新たな巨人は二度、三度と首を動かして辺りを見渡していた。


  「ごあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


  突然の咆哮にセイバーもノエルも身をすくめる。今までおとなしくしていた機械獣の咆哮が空気を震わせてガイファルドたちの体を揺らした。


  「ノエル!」


  意識が機械獣に向いたその時間で謎の巨人はノエルの目前に迫っていた。


  右腕のガトリングアームを重々しく振り上げたときにはすでに手で押さえられ、無数の弾丸は足元の砂地を乱射する。もうもうと巻き上がった煙の中からノエルが弾き出されたのを見て、硬直しかけた体を無理やり動かしたセイバーはレオンを抱えたままノエルの救援に踏み出した。


  砂煙を突き破ってきた巨人の拳がセイバーの顔面を捉え、レオン共々乾いた砂地の上に殴り倒す。

  「このっ」


  すぐに後転して起き上がり構えなおしたセイバーは低い姿勢で前に出て、顎を狙って振り上げた拳は軽々と片腕で逸らされた。続けて放つ左の拳も右のボディーアッパーもかわされ、ムキになって踏み込んだところにカウンターのジャブが顔面を弾き、苦し紛れに振りかぶった腕は撃ち出す前にその拳を掴まれ脇腹に拳ががめり込んだ。


  「んぐっ」


  たまらず後ろに後退しようとするも、掴まれた拳は離されずにそれを許さな。


  「こいつ!」


  反撃の拳はかすめることすらできずに避けられてしまい、捕まれた腕を振り回されて後方から狙いを付けていたノエルに向かって投げ放たれて激しく接触した。


  「(手ごたえが無さすぎる。これがあのオルガマーダのバドルとは。どの階級のバドルだ。最下級でももう少しましだと思ったが。青いやつがゴハー級ではなくこいつだったか)」


  謎の巨人は聞いたことのない言葉を発している。何を言っているのかわからなかったが、セイバーとノエルはこの巨人が知性を持っているのだと理解した。


  『知性があっても言葉が通じないんじゃな』


  立ち上がったセイバーに謎の巨人は一瞥もくれずレオンを見ていた。


  「援護を頼む」


  ノエルの返事も聞かずにセイバーは飛び出した。跳び蹴りから格闘戦に突入したがセイバーの攻撃はひとつの有効打もない。身構えるでもなくスルスルと動き、攻撃の隙間にカウンターを滑り込ませてくる。


  『レオンでも勝てなかったこいつに格闘戦で勝てるわけないか』


  前蹴りで顔面に砂を蹴り上げて目くらましをひとつ入れると同時に横っ飛びで距離を取る。


  『ノエル!』


  心でノエルに合図を送ったセイバーだったが、ノエルは照準を合わせただけで引き金を引けずにいた。


  「速過ぎる!」


  謎の巨人は横っ飛びでセイバーに付いてきたのだ。


  「(弱過ぎる)」


  視線を合わせて発した言葉が侮蔑した言葉であるようにセイバーは感じた。


  ガイファルド一体でも複数のA級機械虫を破壊せしめ、それをも上回る連結機械虫でさえ倒してきた無敵の巨人ガイファルド。そのガイファルドが相手にならない強さを持つ謎の巨人。

  滅多打ちに合いひとつひとつの攻撃を受けるたびに体の芯にしびれるほどの戦慄を走るのだが、そのたびにセイバーの集中力は研ぎ澄まされていった。

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