Scene8 -5-

「レオンの動きが止まりましたっ」


  突然のレオンの停止は、小型輸送ジェット機を中継して送られてくる映像を観ているガーディアンズの隊員にショックを与えた。

  ダメージの蓄積によって行動限界になったかと皆が心配げにレオンのステータスを注視する。

  そうしている間にも機械虫の群れは先に進んで行ってしまうのだが、レオンは動かない。


  「いや、フォースフィールドは微弱だけどリアクターしっかり稼動している。むしろ高回転状態だ」


  「あっ、胸部および右腕の生体金属細胞が活性化しています。損傷箇所が急速に修復中です」


  レオンは活動限界でも戦いを諦めたわけでもなく、まずは戦闘開始直後に受けた右腕の修復を優先することにしたのだった。

  レオンの考えはこうだ。


  『どうせこのまま戦ったって進行を遅らせることすらできないんだ。雑魚一匹倒すのにも苦労するぐらいなら、全力で戦えるように修復に集中した方がましだ。俺を狙ってくるわけでもないしな』


  「右腕修復率七十四%」


  この二分で断裂していた筋肉組織はほぼ再生し、折れた骨も接合しつつあった。

  レオンは右手を何度か握り直して状態を確認する。


  『思っていたよりしんどいぜ』


  一見フォースは静かにレオンの中に流れていたが、リアクターは別の状態で内側に向けてフル稼働していた。リアクターは共命者の力を受けてフォースと呼ぶエネルギーに変換増幅され、主にガイファルドの運動エネルギー、フィールドエネルギー、破壊エネルギーといったものに使われている。だが、この修復に関しては共命者の力をフォースとは別の状態で使用しているのでフォースのように増幅するわけではない。そのため共命者の消耗は大きかった。

 

     ***

 

  「到着まであとどれくらい?」


  ノエルとの合身を解いて休息を取っていたエマが艦橋にやってきた。

  壁に寄り掛かるエマからは疲労が強く感じられ、皆が一様に心配顔になる。


  「今最大戦速で航行中よ。あと二十一分で到着するからエマはギリギリまで休んでいて」


  そんな中で航路監視士の日奈子がエマの質問に答えつつ休むように促した。

  日奈子はエマと年齢が近い。そのため日奈子はエマがガイファルドの共命者となって戦うことを他のふたりに対してよりも強く案じていた。エマはもともと考古学を学ぶただの学生なのにそれが戦いの最前線に身を置き部隊長として戦っている。合身という生身同様の感覚で戦うなど自分だったらとても耐えられないという気持ちがその思いを大きくしていた。


  『アクト君、目を覚まして』


  この願いはアクトという共命者を酷使するものであるが、それほどエマのことを心配している。そして、アクトに対しての期待も含まれていた。


  「アクトは限界まで頑張ってくれた。わたしとノエルは大したダメージは負ってない。わたしたちで片を付ける」


  日奈子の考えを感じ取ったかのように、エマは一言残してノエルの待つ後部格納庫に戻っていく。ダメージはなくとも長時間のガイファルドでの戦闘が共命者をどれほど消耗させるかは誰もが知っていた。しかし、この先でルークとレオンが戦っているとなると止めることはできない。


  「前回は半日以上寝ていたことを考えればセイバーの参戦は無理だろう。なんせセイバーの意識も戻らないから合身の解除もできない。様子を見るしかない」


  このとき、後部格納庫の奥にあるガイファルドの待機室に横たわるセイバーに、再び異変が起ころうとしていたことに誰も気づいていなかった。

  同じ待機室で休息を取っていたノエルもエマがやってくると察知して格納庫へと移動する。その後ろでセイバーの額のダブルハートが淡く光を灯し始めていた。


  「ノエル、そろそろ出撃」


  「うん、ちゃんと休んでいたから大丈夫」


  姉と妹といったやり取りを終えるとノエルはしゃがんで手を差し伸べる。エマは合身のために添えた腕に巻かれたブレスの時間に目をやった。

 

     ***

 

  イカロス到着まであと十五分。約六分間、その場にうずくまって修復に専念していたレオンは、ルークの開眼に合わせて両眼に力のある光を灯して走り出した。修復を優先した上腕は、それを覆う最外装被膜の柔軟な生体装甲の損傷以外を完治させた。胸部もどうにか内骨格だけは修復を終えて機械虫たちを追いかける。

  一キロメートルを十秒で疾走するレオンはであれば一分程度で追いつける。


  「行くぜ、こっからは全力モードだ」


  速度が乗ってきたところで更に時間を短縮するために跳躍したレオンは着地したあともう一度スラスターを噴射する。再度の跳躍で地面スレスレを跳び、最後尾を行く機械虫へと迫った。

  地面を蹴って方向転換したレオンの側面を巨大な鞭と化した触覚が高速で通過する。着地地点に向かってもう一本の触覚が振り下ろされるが、それもどうにかかわしたレオンは近づくほどに重くなる体に気合を入れながら走り回る。

  大型機械虫の周りを周回しつつ取り巻きの機械虫とのすれ違いざまに打撃を入れていくのだが、いかんせん力が乗らず押し倒す程度だった。どういう分けか無駄に反撃してくるようなことはなく、戦闘を避けているとさえレオンは感じはじめていた。


  『もうすぐそこまで迫ってるじゃねぇか』


  気付けば大型機械虫に攻撃をしかけられないまま予想目的地の目前だった。


  「フォースフィールド全開!」


  フィーチャーフォースの使用と右腕と胸部の修復で疲弊し始めた己に活を入れて、機械虫の力場を押し進み再び組み付いた。


  「おおおおおおおおおお!」


  軽く五倍以上は重いであろう巨体を止めるべく必死で踏ん張るのだが、アクトの好きなアニメのように持ち上げて投げ飛ばすどころか止めることすらできない。速度を落とすこともできず押されていくレオン。


  「セイバーはまたあの力で蜂もどきを倒したっていうじゃねぇか。だったら俺にだってできるだろぅぅぅ!」


  今まで大した苦もなく機械虫を屠ってきたレオンは初めて全力中の全力を発揮して機械虫を押し返している。


  「あああああああ!」


  五〇〇メートルもの距離を押されていたレオンだったがそのスピードが徐々に落ち始める。そしてとうとう巨大な機械虫は静止した。


  「と……まった」


  初めて到達する一三〇〇万という出力で必死に押し返していたレオンが、ついに機械虫の進行を止めた。

  次の瞬間、足元から響くドデカイ振動にレオンの体が揺れる。昆虫でいう腹にあたる部分が大地に叩き付けられたのだ。

  続いて鞭として使っていた巨大な触覚を大地に突き刺した。


  「おい、まさか?!」


  そのまさかだった。大型機械虫はレオンによって止められたのではなく自分の意志で止まったのだ。その理由は目的地に到達したからに他ならない。

  大地に突き刺した触覚が時折電気を弾けさせながら光っている。


  「この野郎、何してやがる」


  相撲をやめたレオンは距離を取って構えると、低く腰を落とした姿勢から鋭く踏み込み渾身の拳を打ち出した。

  その衝撃は完治した右腕を通じて体に響く。続けて右の回し蹴り、更には左の後ろ回し蹴りで攻撃するが、多少怯みはしてもその行動は止まらない。

  激声を上げての連打の嵐。近距離でこれだけの強打を打つには機械虫の力場を退けるだけのフォースが必要だった。そのフォースを常に全開で攻撃をしているレオンの消耗は著しく徐々に動きに力強さが失われていく。

  機械虫の頭部は繰り返される打撃によって変形し始めるが、取り巻きの機械虫は助けに入ってこなかった。


  『こいつらは何をしようとしているんだ』


  苛立ちを感じたレオンが拳を広げフォースを集中させようとすると、今まで微動だにしなかった大型機械虫の口が開いた。

  大きな何かが弾ける音がした瞬間にレオンは後方に大きく吹き飛ばされてしまった。


  「エアロ……バレット」


  蜂型機械虫と同様の攻撃だった。ただしその規模は違う。目視はしにくいがガイファルドと同じくらいの大きさのエアロバレットだった。


  「バレットじゃねぇな。バズーカーか」


  フォースを手に集約しようとした瞬間を撃たれたレオンは大きな衝撃を受けてしまった。


  『こいつ狙ってこれを? トロイようで高い知性を持ってるのか?』


  そう思うとまんまとしてやられたという思いに襲われ、レオンの頭に血が上る。

  狙ったのか偶然かわからないが、反撃を食らいレオンはまたしても手痛いダメージを受けてしまったのだが、再び修復に時間や力を費やすわけにはいかない。こうしている間もも機械虫は触覚を光らせて何かを続けているのだ。


  ピーピー


 過度な興奮状態だったレオンにイカロスから通信が入る。


  「大変です」


  通信の相手は美紀からだった。


  「あぁ大変だぜ」


  「その大変じゃあません」


  「じゃぁどの大変なんだ?」


  不毛なやり取りにツッコミはなく、そのまま話を進める美紀はレオンにこう伝えた。


  「その機械虫は地下にある施設からエネルギーを吸い上げています」


  このS国のS研究施設では超大型の粒子加速器を用いた原子核実験がされていおり、その他にも公にされていないエネルギー装置の開発などもおこなわれている。

  この大型機械虫の目的はその莫大なエネルギーを得ることだったのだ。

  起き上がったレオンは再び心を落ち着けながらフォースを練り上げる。その練り上げたフォースを力強く広げた手に向かって集約していくのと、大型機械虫の背中の突起から光弾が射出された。

  辛くもそれを回避するが集中力を欠いたことでフォースは広がってしまう。


  『こいつは俺のフィーチャーフォースを使うときだけ反撃してきやがるのか?』


  それはつまりそれ以外は反撃するまでもない、警戒に値しないと思われているということだった。


  「Don't make light!」


  怒り心頭のレオンは重々しい震脚で分厚い力場中を進んでいった。

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