Scene8 -4-

  S国に現れた大型機械虫の撃退にひとり向かったレオン。到着まであと五〇分といったところでイカロスから通信が入った。


  「……セイバーは沈黙状態でアクトもまだ合身したままだ。もうすぐ応急修理が終わるから急ぎそっちの応援に向かうけど、セイバーは参戦できない」


  「平気平気、どうせ俺ひとりでヤルつもりだったんだから。なぁレオン」


  「おうよ、次は俺たちの見せ場だからな。応援が到着する頃には終わらせてやるよ」


  小型輸送ジェット機の中で横になるレオンは、ルークと合身中ではあったが意識は分けて会話していた。道中の数時間はひとりなので会話しつつイカロスから送られてくる蜂型機械虫との戦いを観ていたのだった。


  「セイバーのあの力は凄まじいな。あの奇跡的な力はいったいなんなんだ」


  今回で二度目のソールリアクターが爆発的に出力を増す現象で、辛くもピンチを切り抜け勝利を手にすることができた。しかし、前回同様セイバーは力尽き、共命者のアクトも意識を失ってしまった。


  「しっかしズリーよな。なんでセイバーだけあんな馬鹿げた力出せるんだよ。俺たちの方が強いし経験だってあるんだぜ」


  先輩の面子もあってセイバーの力を羨ましく思うのか、レオンが愚痴を言う。


  「そういうな。俺もそう思わなくはないけど俺たちは俺たちの強さがあるだろ。俺はアクトより強い! お前もセイバーより強い! あんな一発でぶっ倒れちまうような力じゃなくて、安定した地力を上げていこうぜ」


  「そうそう、安定した力は大事だぞ。それこそがお前たちの真骨頂だ。あんなギャンブルな力は作戦に組み込めんよ」


  「俺たちならあの力を使いこなして見せるのによ」


  「そういうことなら今日の戦いで俺たちで底力を見せてやらなきゃな」


  その言葉は冗談と本気が半分ずつ込められていた。何しろこれから戦う機械虫は明らかに今までとは桁が違っている予感があったからだ。

  その予感は現地に着いて直ぐに確信へと変わるのだった。

 

     ***

 

  「くぅおのぉぉぉぉぉぉ!」


  全力で押し返すレオンを気にも留めず大型の機械虫は悠々と歩を進める。その巨体と極太の脚からなる機械虫の重量はいったいどれほどか。


  重いと言えばこの機械虫の重さだけではない。組み付く寸前にレオンが体に感じた重さ。もう少し正確に言えば水中で体を動かすような抵抗感に似たものだ。これが機械虫が発する力場によるものなのだが、今までの連結機械虫が相手のときは然して気になるほどのことではなかったのだ。しかし、この大型機械虫はこれまでとはまったく規模が違う。体当たりからの相撲は完全に機械虫に軍配が上がった。


  「それならこれはどうだ!」


  バックステップからの正拳突きが巨体に似合わず小さめの頭部を強打する。その一撃が効いたのかその歩みがわずかに鈍った。


  「もういっちょ!」


  左のショートフックが痛打すると、その進行はピタリと止まる。


  「効いてるようだな。それなら後ろに下がりたくなるくらいお見舞いしてやるぜ!」


  二発三発と拳を打ち込んだレオンは突然激烈な衝撃を受けて大地に倒れ伏した。


  「ぐぅ、なんだ?」


  その背中には太く焼けた棒で殴られたような跡が付いていた。そんなレオンに対して持ち上げられた脚が振り下ろされる。


  「Watch out!」


  レオンは転がってその脚を回避し、次の攻撃に備えて身構えのだが、機械虫は何事もなかったかのように再び進行し始めた。


  「なんだよこいつは」


  二歩三歩と歩いて行く機械虫。レオンは追いかけてその脚に渾身の左右の蹴りを打ち込んだ。脚から伝わる反作用から相応の打撃が入っていることを実感するが、機械虫の動きは変わらない。持ち上げようとする脚に組み付くが気にする様子もなく、レオンごと前に踏み出して地面に足を下ろした振動でレオンは振り払らった。


  「この野郎、俺を無視してやがるのか」


  握っていた拳を勢いよく開きそこにフォースを集約させて振りかぶる。だが、相手にされず戦いにもならない苛立ちが、レオンの警戒範囲を狭めてしまっていた。


  「Take this!」


  振りかぶっていた右腕に勢いよく何かが落とされる。その勢いのままに再びレオンは叩き付けられ倒れてしまった。


  「がぁぁぁぁっ」


  レオンが絶叫した理由。それは今の攻撃で右の上腕骨が折れてしまったからだ。

  腕を抑えながら立ち上がるレオンを横から何かが振り抜かれ、レオンは彼方まで吹き飛ばされてしまった。地面を削り建物を倒して止まったレオン。距離を置いて機械虫を見たことで何が起こったか察知する。


  「あの触覚か……」


  ゆらゆらとゆっくり揺らしていた触覚は今は猛烈なスビートで振り回されていた。長さは百メートルはあるだろう。進行速度は遅いがそれに反して触覚は鞭のようにしなやかでそれでいて速い。薄ぼんやりと光るのは纏うエネルギーによるものかとレオンは推測する。


  「油断が過ぎたぜ」


  巨大だが鈍い機械虫と思っていたことでパワーによる肉弾戦を想定していたことが災いしてしまった。背部まで届きそうな長い鞭のような触覚による高速打撃。

  その攻撃を見切る反応速度、回避するスピードと巨体と渡り合うパワー。優位に戦うにはそれが必要だった。

  巨体とその装甲強度、そして発する力場は戦車砲やミサイルによる攻撃を減衰してしまったのだろう。生半可な遠距離兵器では効果がないことは明白だった。となればやはり接近戦にて強力な質量攻撃をするしかないのだが、レオンは早々に右腕をおしゃかにされてしまった。


  『修復に力を割いていたら奴とやり合う力が足りねえ。だがこのまま片腕じゃ厳しい。取り巻きのA級からC級らしき複数の機械虫相手ならどうにかなるか』


  そう考えレオンは右腕の修復に力を注ぎながら敵戦力を削る作戦に切り替える。

  恐らく機械虫の目的地はS国の重要研究施設だろうと予測し、それまでに雑魚を倒しきろうと走り出した。


  『施設まであと七キロメートルちょっとってところか』


  一番手近な機械虫に向かって突進すると、上空から何かが迫る気配を察して急停止する。レオンと取り巻き機械虫との間を高速で触覚が通過し、衝撃波によって地面と空気が大きく弾けた。


  「くそっ、無駄に長いってわけじゃじないな」


  その触覚は周囲に群がる機械虫を護る結界となり、レオンの進行を阻んでいた。


  「近づけねぇ」


  既にこの国の第一次先行部隊は半壊し、弾薬を撃ち尽くした状態で後退した。第二部隊は現在包囲網を展開しつつある。そして、近隣の同盟部隊も到着し始めていたのだが、その戦力が持つ火力は当てにならない。

  何度か攻撃を試みるがその度に触覚に阻まれてしまい機械虫一匹さえ破壊することができなかった。

  あと十分もすればS国の重要施設に到着してします。なにより大型機械虫が歩を進めるだけで街が壊滅的な状態になっている。避難は完了していても街の再建を考えれば可能な限り損害を抑えたいのだった。


  『近づけねぇとか言ってもたついている時間はねぇ。一匹でも多くぶっ壊しておかねぇと……』

  「なっ!」


  レオンは踏み出しと同時に背部のスラスターを全開にして加速する。同然それを阻止するために触覚が振るわれて上方から鞭のように迫ってくる。体の捻りと左手の捌きで回避し、衝撃波の後押しを受けて更に加速。ダメージがゼロではないがそんなことはお構いなしに左手にフォースを纏ってA級相当の機械虫のコアを一撃で削り取った。

  だが、着地して動きの鈍いレオンは下からすくい上げる鞭の猛襲を体に受けて宙に舞い上がる。そのまま胸部に深くえぐれた傷を負いながら地面を転がっていった。


  「レオンの胸部にクラスBのダメージです。右上腕の修復率四十二パーセント」


  小型輸送ジェット機を中継してレオンの状況をモニターしていた美紀がレオンの苦戦を告げる。

  大型の機械虫を取り巻く機械虫十二匹だけなら時間はかかってもレオンひとりでどうにかなるのだが、大型の機械虫に邪魔されて近づくことさえままならない。


  「既に一度フィーチャーフォースを使用しています。使えてあと二回か三回か……」


  語尾をすぼめる美紀が心配げに言った。

  フィーチャーフォース。ガイファルドがフォースを使って繰り出すそれぞれの特技のことで、ノエルはダガーを使った刀技で、レオンは手のひらにフォースを集約させる技である。


  「せめてヘビーアームズでもあればA級以外はどうにかなったのに」


  「僕が何度言ってもルークは使いたがらなかったからね。どのみち小型輸送ジェット機にゃ積めなかったのだけど」


  その頃、遠いS国の地で戦闘を続けているレオンも同じこと考えていた。


  「がぁっ」


  三度目の触覚攻撃を受けたレオンの体には痛々しい損傷が色濃く刻まれている。


  「ようやくA級、B級、C級を一匹ずつか。このペースじゃさすがに体が持たねぇ。その後に大ボスが残っているってのによ。オプション・アームズがあったら雑魚虫くらいはなんとかなったんだろうな」


  自分の土俵で思いっ切り戦えないストレスを込めた声を出して愚痴るレオン。腕の修復にフォースを割いている分、フォースを守りが弱くダメージが深くなっていた。


  『雑魚は倒せない、ボスの進行は止められない、腕は治らない。その上ダメージと消耗だけが増えていきやがる。どうしたら……』


  そこまで思考したレオンがある考えに至ったとき、片膝を付いて力なく座り込んで動きが止まってしまった。

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