Scene6 -6-

  ガイファルドのハンガーへ向かう途中の館内放送で、PRG部隊に追われていた侵入者は手傷を負って基地より敗走したと報告が流れた。これで出撃中に基地内のことを気にかける必要がなくなったと、ルークとアクトは心配の種なくなりホッとする。そんなふたりがハンガーへと続く通路を抜けると剛田と博士、そして三体の共命体たちが待っていた。


  「エマは大丈夫か?」


  担がれたエマを見てふたりは駆け寄ってきた。


  「頭を強く打ったらしくて気を失っているが大丈夫だと思う」


  心配する剛田にエマの状態を伝えたルークはエマをベンチに寝かせてレオンに向かった。


  「レオン合身するぞ!」


  合身前からすでにレオンとひとつになったように荒々しく吠えるルーク。それほど今回の件で気持ちが高ぶっているということだ。


  「セイバー」

  「はい」


  アクトの呼び声に反応してセイバーも合身の準備する。


  「私が必要ですか?」


  手を出しだしたセイバーは穏やかな口調でそう質問した。


  「あぁ必要だ。ボロボロのオレの体に代わって奴らと戦うために力を貸してくれ」


  電撃が走るような痛みを抱えながらもどうにかセイバーの手に上がると、セイバーはそんなアクトを胸部のソールリアクターへと運んだ。


  「心の底から本気でそう思っているのなら、例え心を恐怖が支配していても、私はアクトと一緒にその恐怖と対峙します。そして、その恐怖に抗うことでこの体はより強い力を発揮することでしょう」


  そのときアクトは安心感と戦う勇気という感覚を感じていた。そして、セイバーの言葉は戦う恐怖に押し潰されそうなアクトを励まし、支えとなって心に刻まれたのだが、その奥でもうひとつ重要なことをアクトに告げていることに、そのときはまだ気づけずにいた。


  「さぁ手をかざしてください」


  セイバーの心臓部、ソールリアクターの深紅の輝きは正に心臓の鼓動のような波動を発していた。その鼓動はアクトにしか感じられないのだが、それがアクトに安心感と血潮がたぎるような戦う勇気も与えていたのだ。

  いまだ微かに震える手をセイバーの心臓部へとかざして大きく深呼吸をすると、吸い込んだ息と一緒に心に光がみなぎった。


  「合身!」


  アクトのボイスキーを受けてソールリアクターはより強い光を放ち、その光はアクトを優しく照らし包み込む。アクトとセイバーの合身を知らせるように、セイバーの体のスリットにイエローのラインが引かれた。


  「よし、行こう」


  レオンはうなずきセイバーと並んでイカロスへと向かった。

 



  いつもよりも気合の入った声を上げて連結機械虫を相手に立ち回るレオン。その後ろで群がる低級機械虫を相手にひとり奮闘するガンセイバー。ガイファルドのガン・スタイルとして開発された新兵装を身に纏い、二丁のバリアブルガンを駆使して二十体を超える機械虫相手に奮闘していた。その戦いは中遠距離からの支援ではなく、戦場の中を駆け回って近接戦闘をしつつ射撃するという荒々しく奇抜な戦い方であった。

  そうした戦法に至った経緯は死中に活を求めるという意図もあり、恐怖による無駄な思考を無理やり省くためのものであったのだが、それが可能となったのは、基地内を襲った恐るべき強さの侵入者との戦闘によって、アクトの能力が覚醒したためだった。


  『思った通りあれだけ痛かった体もセイバーの中だとどうということはない』


  初戦闘のときに負傷していた肩の痛みがなかったことを思い出し、合身時には自分の体の痛みを無効、もしくは緩和するようなシステムなのかもという予想をしていたのだ。


「残ったC級機械虫たちが連結を開始しました」


  アクトとレオンが立ち回る戦闘領域の後方で、残っていた機械虫が連結する。アクトは残った二体の機械虫のコアを蹴り潰し撃ち抜くと、両手に装備した二丁のバリアブルガンを連結させてロングライフルモードに変更した。


  「伏せろ!」


  振り向いて背後で戦うレオンに合図を送ると、直列接続することで使用できるバリアブルガン最大の火力を誇るフルバーストを撃ち放った。フォースによって高エネルギーを圧縮された光弾がレオンと戦う機械虫の腕を吹き飛ばした。そのチャンスを逃さずレオンの拳がコアを打ち砕く。コアをひとつ失って力場を弱めた機械虫にレオンの猛攻が炸裂した。

  それを見届けることなくセイバーは新たに連結することで誕生した機械虫に向かって走り出す。


  「セイバー戻ってください。フルバーストを使ってバリアブルガンは使用不能です。ひとりであの機械虫の相手は危険過ぎます」

  「大丈夫だ!」


  セイバーはオペレーターの指示に逆らいそのまま機械虫に向かって突進した。ガン・スタイルをパージして身軽になってさら加速し、機械虫の渾身の一振りをギリギリで避けて腹部に体当たりする。

  質量の差があり過ぎて転倒させることはできなかったが、セイバーも弾き返されることなくその衝撃を十分に伝えたことで機械虫の力場が弾ける光が見えた。続けて繰り出した拳や蹴りも確実にダメージを与えていた。


  「またあの力が荒れ狂っているのか?」


  剛田の問いにオペレーターは首を振った。


  「セイバーのリアクター出力は八四〇万馬力です。以前と違うのはセイバーはフォースフィールドを生成しています」


  ガイファルドの強さの源であるフォースによってセイバーの攻撃力は大幅に上がり、それに耐えうるために体も強化されている。あのときのようにリアクターの出力が莫大なエネルギーを生み出してはいないが、今の出力でも効率よく能力を向上させていた。


  「ですが、フォースは波を打つように不安定です」


  その原因は、セイバーが受ける痛みはアクトが生身で戦うかのような恐怖を感じさせるからだ。その恐怖が時折アクトの体を硬直させる。そんなアクトの背中をセイバーの心が支え、前に踏み出す手助けをすることで、なんとか今の状態を保っていた。

  歯を食いしばりながら激しい打撃戦を繰り広げるセイバー。だが、そんな中で起こる一瞬の体のすくみによって強烈な一撃を受けてしまう。


  「あぁぁぁぁ」


  軽々と押し飛ばされるセイバーを受け止め支えたのは戦いの先輩であり相棒であるレオンだった。


  「待たせたな」


  連結機械虫を倒したレオンが助けに現れた。


  「被害が大きくなる前にさっさとこいつを倒すぞ」


  セイバーを投げるように起こしたレオンは力強い踏み込みで機械虫の間合いに飛び込むと、セイバーと同じように激しい打撃戦へと突入する。だがセイバーと違うのはその攻撃を受け流してダメージを半減させている点だった。攻撃においてもセイバーより少しだけ大柄なレオンの拳は的確にコアを守る装甲へと打ち込まれていた。


「どうしたセイバー、まだビビってるのかっ」


  レオンの挑発を受け、力の抜けた膝に活を入れるが足が動かない。


  『こんなときは……』


  アクトはPR3の言葉を思い出す。


  『ひとつだけ……今できることに……意識を集中させる』


  その『今できること』とは、まずは根が生えたように動かないその足を前に一歩を踏み出すことであった。

  戦いのことすら意識から外して、ただ目の前の地面だけを見つめる。一点に絞られた視界によってだんだんと意識も集約されていくような感覚となる。時間にして二十秒ほどだろう、乱れ暴れていた恐怖という感情はその力を失わないまでも、視界と共に振り幅を狭めていき、そのことはイカロスでセイバーをモニターしていた者たちにも伝わっていた。


  「不安定だったフォースが安定していきます」


  いつしかセイバーの視界には黒いモヤのようなモノが現ていて、それがアクトの中の恐怖を具現化したモノだと気が付く。そのモヤは手の形を作り出し、アクトの作り出した心象イメージは心臓をわし掴みにするために迫りくるのだった。

  命に届きうる脅威。常に何かに守られて生きてきたアクトでは知りえないモノだった。そして、強い力を得ることのリスク。それはより強い者との戦いによって死ぬかもしれないという現実。戦うということを一方的な攻撃としてしか考えておらず、攻撃される側であること、殺される側でもあるのだという覚悟のなさが恐怖心を何倍にも膨らませてしまったのだ。


  『戦いに恐怖は付きモノだ。恐怖を感じないのならそれは戦いですらない。戦いとは恐怖との共存』


  戦いに対する考えは人それぞれの認識はあるだろう。これはアクトの出した答えである。

  根を引きちぎるようにゆっくりと足が持ち上げられたが、それはまだ前には出ない。軋む音が聞こえそうなほどに前に出ることを拒むのは、その一歩が今までのアクトの生き方を変える境界を超えるために踏み出す一歩だからだ。


  『この一歩はただの一歩じゃない。漠然とした恐怖におののかず、等身大の恐怖と向かい合い、その恐怖から逃げださないという覚悟の一歩だ!』


  何者かの手が鳥の羽が落ちる程度の力でアクトの背中を押した。それによって持ち上げられていたセイバーの足は大地を踏み割らんばかりの勢いで打ち下ろされた。

  そのひと踏みによってアクトを握りつぶそうと包み込み闇に閉ざしていた場所に一筋の光の道を見出した。これは恐怖心に捕らわれても迷わないというアクトの新たな心象イメージだった。

  壮絶な震脚によって土煙が弾け広がると、すでにその場にセイバーは居なかった。


  「せいやぁ!」


  レオンが突き出した拳と同じ場所にセイバーの拳が重なる。覚悟の一歩は恐怖を引きつれたままセイバーを前へと押し飛ばした。

 乱れていたセイバーのフォースは静かにたぎり、セイバーの変化を見た者はそれがアクトの心を状態を映し出しているのだと理解した。

  機械虫はふたつの衝撃によって力場と装甲が吹き飛び、レオンの二撃目によってコアは完全に破壊される。だが、そこから上下に割れた体はそれぞれの個体となって再び活動を再開した。


  「そっちは任せる」


  「おう」


  握った拳をぶつけて意思を伝え合ったレオンとセイバーは肩を並べて構えを取る。ふたつに分かれ小さくり素早く動くようになった機械虫を相手に、競い合うように怒涛の攻めを見せたレオンとセイバーは、二体の機械虫のすべてのコアをほぼ同時に破壊し終えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る