Scene6 -7-
イカロスがガイファルドを回収しすると、すぐさまふたりは合身を解除してエマの下に向かった。エマはセイバーたちが戦いを始めて間もなく目を覚まし、すでに検査も終えて問題なしと診断されていた。異常なしという結果を聞いて胸を撫でおろすも、エマは元気なく暗くうつむいている。それは機能を停止したPR3のことを思ってだろうとアクトもレオンも話しかけることができなかった。
基地に戻り発進口からハンガーに上がってくると、そこには装甲を切り裂かれてもう動くことのないPR3とアーロンが待っていた。
「ご苦労だった」
横たわるPR3を見たアクトの頭にはあのときのことがフラッシュバックしており、アーロンの労いの言葉は聞こえていなかった。
そばに駆け寄り傷ついたPR3のボディーを撫でる。
「ごめん、オレが不甲斐ないからこんなことに。でもおまえのおかげでまた合身できるようになったし、戦うってことを理解できたんだ」
ルークも横に座りPR3に手を置いた。
「お前って機械のくせに妙に人間臭かったよな。オレが最初にここに来たときも、いろいろ助けてもらったよな」
「ホントにな」
こぼれる涙を拭って悲しみを押し殺し笑顔を作るアクトとルーク。
「お前に教えてもらったことは忘れない。これからも戦って戦って戦い続けて、機械虫どもを根絶やしにしてやる。だからその戦いをずっと見ててくれ」
アクトは拳を握ってPR3に誓い、ルークも拳を合わせる。
「きっと見続けると思いますよ」
そんなふたりの背後からその誓いに応える男の声がして振り返る。
そこには見知らぬ男が立っていた。
「誰だ?」
ルークも知らないその男は一八〇を超えるルークよりも長身で服装は少しデザインは違うが黒の制服を身に着けている。少し長めの黒髪と端整な顔立ちは見たことはないが、ふたりは彼と会ったことがあるような既視感を覚えた。
「恐怖に負けず戦うことができて良かったですねアクト。PR3の助言が役に立って安心しました。PR3はこんなことになってしまいましたが、これだけのことをした甲斐があるというものです」
見た目に違わず品の良い口調で話すその男はアクトの事情を知っているようだ。
「これだけのことってなんですか? あなたはいったい誰なんですか?」
「申し遅れました。ワタシはパートナル=ロイド三世と申します。これからあなた方共命者たちのお世話をする者です」
自己紹介を受けてルークはアーロンに説明を求めて視線を移す。
「彼はある場所での任務を終えてここに配属となった。今言った通り彼の仕事は君たちの世話をすることだ」
「世話ってのは具体的になんすか?」
「すべてだ。おそらく彼にできないことはないだろう」
「できないことはないぃぃぃ?」
ルークとアクトはアーロンの言葉を聞いてパートナル=ロイド三世と名乗る男に疑問の視線を送る。彼はその視線をニッコリとして笑顔で受け止めた。
「ワタシはあなた方のためならあらゆる手段を講じて力になります」
自身に満ち溢れる言葉と態度から少なくとも冗談で言っているのではないことだけは伝わった。
「そう、例えば……戦うこととは? 恐怖というモノとは? それをどう対処してよいのかわからずに、戦えなくなってしまった人にそれを理解させたりとか」
アクトの肩が震える。
「どういう意味だ?」
「端的に言えば合身できなくなってしまった共命者を立ち直らせるために、策を講じたりもするということです」
レオンの拳が顔面に向かって撃ち込まれた。
「素晴らしい反応と動きです」
だがその拳はガッチリと受け止められている。
「でも本気ではありませんでしたね」
男は手を放し一歩後ろに下がりふるふると拳を受けた手を振った。
「どういうことか詳しく説明してもらおうか」
身構えたままのルークの凄みの効いた言葉を受けた男はポケットから黒い物を出した。そして指で摘まむように持ったそれは、袋状をした物であった。
「それは?!」
それを見たアクトは激痛でろくに動かない体を無理やりに動かして男を飛び掛かった。それと同時にルークも殴りかかる。その理由は男が見せた黒い物が侵入者が被っていたマスクだったからだ。
「お前があのときの!」
逆上したふたりの攻撃を男はすべて捌き、合気道のように相手の力を使って投げ飛ばした。
「待って下さい。このマスクを見せただけでワタシが侵入者だと思って跳び掛かってくるのは先走り過ぎです」
「なんだと」
立ち上がり再び構えを取ったアクトとルークに男は言った。
「ワタシが侵入者を捉えたとは考えないのですか?」
「?!」
そう言われてふたりは固まる。その瞬間ふたりは踏み込んできた男に足を払われてすっ転んだ。
「こんな言葉ひとつで思考を止めてしまうようではまだまだですね」
「てめぇ!」
「やっぱりおまえがPR3をっ!」
「その通りです」
ふたりは歯が砕けそうなほどに食いしばり怒りの炎を燃え上がらせ、周りの状況さえもまったく目に入っていなかった。
「待て、ふたりとも」
怒り心頭のルークとアクトをそれまで黙って見ていたアーロンが制した。
「彼は合身できなくなったアクトのためにその身を犠牲にしたのだ。お前がそうならなければこんなことをしなくても良かったことはわかるな」
自分の弱さを深く実感しているアクトはアーロンにそう言われて動きを止めた。
「ロイドもそのくらいにしておけ」
ロイドは一礼して姿勢を正す。
「だがよ、司令。こいつがその身を犠牲にしてとか言いやがったが、俺たちふたりを相手にしてもピンピンしてるじゃねえか。本当に犠牲になったのはPR3だぜ! なぁみんな」
だがエマも博士も剛田も下を向いて押し黙ったままだった。
アクトは自分のせいでPR3が犠牲になったことは重々理解している。だが、やはりこの男がしたことを許せるものではなかった。
怒りを内に抑え込みながら、アクトはロイドに対して無理を申し付けた。
「おまえがなんでもできるっていうならPR3を元に戻せ!」
そんな言葉をぶつけてもコンピュータとメカニックのエンジニアであるアクトは良く理解していた。AIといえど人格を持っている者は心があるということ。人道的にもそうだが、例えバックアップから復元できてもそれはまったく別の個体なのだ。きっと本人もそんなことは望まないだろう。
その無理難題を聞いてか、ルークは眉をしかめてアクトを見ていた。
「アクト、そんなに悲しまないでください。あなたが立ち直ることに役立ててワタシは嬉しいです」
拳を床に叩きつけてその言葉に対する非難を態度で示す。
「不愉快な思いをさせてしまったことは謝ります。ですが、アクトが合身できないというのは可及的速やかに対処しなければならない事態でしたので」
そこまで聞いたアクトはハッとなって顔を上げ、目の前に立つロイドを見る。そして、先ほどの声が後ろから聞こえてきていたことに気が付いた。
振り向いたその場にはドラム缶より少し細く長い柱型のロボットが立っていた。
「ま……さか。PR3。バックアップから再生したのか……?」
アクトは振り向いてロイドを睨みつけた。
「ロイド!」
AIロボが普及して数十年。第五世代のAIロボがメインとなった世の中で、機動重機に搭載されていた超AIは別格としても、グレードⅢのAIをコピーすることは一般的な常識としてタブーとされていた。PR3はグレードⅢを超えるAIであることは間違いない。それをこんなにあっさりとバックアップから復元してしまったことに、アクトは驚きと戸惑い、そして、怒りと悲しみを感じていた。
体の痛みも忘れて両の拳を再び握りしめ、押さえこんだ怒りを爆発させようとしたアクトの前をPR3が遮る。
「待って下さい。今回の件はロイドではなくワタシが発案したのです。それに、ワタシはもともとコピーされたモノです」
「コピー? おまえがオリジナルでそこのPR3がコピーだったっていうのか?」
そばで機能を停止して倒れているPR3を指さした。いつからコピーだったのか? 侵入者が現れる間際か、励ましの言葉をくれたときからか。または、初めて会ったときからなのか……。
「違います」
その一言でアクトの予想をすべて否定して、PR3は触手を使ってロイドを指さした。
「ワタシはもともとパートナル=ロイド三世のコピーです。ロイドが任務によって共命者のそばに居られなかったため、ワタシが代わりに共命者の世話をしていました」
…………?
「なーーーーーーっ!」
ガイファルドのハンガー内にアクトとルークの声が響き渡る。ふたりは大口を開けてロイドとPR3を二度、三度と見直した。
「そういうこと……なんだよ」
「博士は知ってたのか? どういうことか説明してくれ」
先に我に返ったルークが博士に聞き返す。
「知っていたのはPR3がロイドのコピーであること。でも厳密にはコピーというよりはPR3はロイドの遠隔自立思考型の外部端末とでもいうものだろうか。可能な限り常に情報を共有するシステムになっている」
「今回の件は博士や剛田にも知らせていませんでした。下手な演技でバレてしまってはすべてが水の泡ですので」
「そうさ、俺たちもすっかり騙された。館内の放送もPRG部隊の出動も全部PR3とロイドが操作してやがった」
剛田はむすっとして不機嫌そうだ。
「PRGも? そうか、だから侵入者が逃げてPRGと挟み撃ちにしたはずがっ! PRGはお前をスルーして逃がしてたのか」
「ご名答」
「アクトが合身不能である可能性からそれを確認し、問題解決のためのプランを立案しました。そのためにオリジナルであるロイドの協力が必要であると判断したため、ロイドのに侵入者役を要請した次第です」
「それはつまり、PR3のオリジナルであるそいつに共命者暗殺役を頼んで俺たち襲わせて、それを庇う形で自分を破壊させたってことなのか?」
「ビンゴです」
ルークとPR3のやり取りを聞いてアクトは開いた口が塞がらない。ロイドへの怒りもどこへやら。なぜならPR3はロイドなのだ。自分の頼みで自分を破壊したというのに、そのロイドにロイドを破壊された怒りをぶつけるというおかしな状態が理解できず頭が混乱してしまっていた。
「とりあえず状況は把握していただけたようですね」
ロイドはそう言うとその場に片膝を付いた。
「改めまして三人の共命者の方々。本日より直接あなた方のお世話をすることになりましたパートナル=ロイド三世です。ロイドとお呼び下さい。日常生活から戦闘訓練、そしてカウンセリングなど、なんなりとお申し付けください」
「そして、ワタシはPR3バージョン2.0です。引き続きあなた方のお世話をさせていただきますので、よろしくお願いします」
ロイドとPR3は丁寧に挨拶をした。
「PR3の声は少しこもって聞こえるけど、声もしゃべり方もそっくり」
そう述べるエマの前にロイドとPR3は行き、二人して頭を下げた。
「アクトのメンタルヘルスのためとはいえ女性に手を上げてしまったことをお許しください」
「そう、アクトのメンタルが弱いからこんなことになってしまったのです。しかし、エマのおかげでアクトが立ち直ることができたようです」
「そうですね、気を失っているあなたを庇うために跳び出した彼の胆力は大したものです。そして、その彼を庇うために跳び出したPR3も素晴らしい。世話人の鏡です」
「いえ、それがワタシの任務ですから。ロイドの冷酷なまでの侵入者役がルークやアクトを本気にさせたのです。それによってアクトの共命者としての能力は覚醒し始めました。これは嬉しい誤算です」
PR3の自作自演の事件によって、合身不能となったアクトのメンタルは改善の方向に向かった。確かにPR3のおかげなのだが、あの悲しみと怒りはなんだったのかとアクトとルークは振り上げた拳と流した涙の意味にしばらく困惑するのだった。
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