Scene6 -5-
「無事ですかアクト、遅れてすみません」
そう言って振り向くPR3には、侵入者が振り下ろしたダガーが深々と切り込まれていた。
「おまえこそ大丈夫なのか!」
「ワタシには痛みも恐怖もありません」
侵入者はすでに起き上がり身構えている。
「侵入者を消去します」
PR3は腹部にあるシャッターを開けて銃口を露出させた。
「アクト、発砲の許可を」
「撃て!」
アクトの許可を受けて腹部にある二門の銃口が火を噴いた。だが、侵入者は素早いステップとアクロバットな動きによって右に左に銃撃をかわす。
「照準機構に不具合があります」
最初のダガーの一撃によって機能不全を起こしてしまったPR3の銃撃は侵入者を上手く捉えることができない。それを察してか背中からもう一本のダガーを引き抜くと、真っ直ぐに突進して弾丸を一発弾いたあとに跳び上がった。これほど接近されては上方への銃撃できないため、脇腹から飛び出した二本の触手を鞭のように叩き付ける。
一方を蹴り弾き、一方を背中で受けながら直上から振り下ろしたダガーがPR3を頭を切り裂き、返す刃で腹部を突き刺した。
アクトの叫びにならない叫びが息と共に漏れる。
切り裂かれたPR3の内部メカがバチンと弾けたとき銃口が火を噴いた。密着して回避不能状態の侵入者に銃弾が直撃すると、腹部を抑えて後ろに横転し、続けてPR3も床へと倒れてしまう。
「PR3!」
二本のダガーによって大きなダメージを負ったことはアクトにはわかった。
「おい、しっかりしろ!」
何か言葉を返しているようだが耳障りな電子音で何を言っているかわからない。知り合って間もない、それもロボットであるPR3。その彼の機能停止寸前の姿を見てアクトは涙していた。
ザラつく電子音が止まり一瞬間お置いて、鮮明な声が発せられる。
「アクトへの伝言を再生します」
バチバチとショートする音に混ざり、PR3の声が流れる。
「戦うとは、怖いということ。そして、その恐怖から逃げないこと」
「前に踏み出せないときは、ひとつだけでいいので、やるべきことを決めてそれだけに意識を注いでみてください」
このふたつは以前もらったアドバイスだ。
「もうひとつ、例え敵を倒すために力を振るえなくても、大切な何かを守るためにならどうでしょうか? ワタシは勇気は自分の内側から絞り出すものだと教わりました。勇気とは挑むこと、抗うことです。どんなに威勢がよかろうと、大きな抵抗のない中ではそれは勇気とは言いません。ですがあなたはもう二度も経験しています。どんなに恐怖に慄
おのの
こうとも振り絞る勇気で何かを守るために一歩踏み出しっ」
バチンとひと際大きな音を立てて回路が弾け煙が上がる。それによってPR3の機能は完全に停止した。
「おい、マジかよ」
ショックを受けてPR3に力なく歩み寄るルークの側頭を跳び起きた侵入者が蹴り抜いた。間髪入れずに跳び出した先は気を失い倒れているエマだ。
スローモーションのように流れる映像。『エマを助ける』脳が発するその指令を恐怖が抑制する。それに抗うようにPR3の言葉が頭の中で幾度も再生されと、その言葉によってアクトに絡む呪縛が砕け散った。
アクトの拳が黒いマスクが覆う顔面を打ち抜いた。踏みとどまった侵入者だったが既に懐深くに潜り込んだアクトの肘が腹部に突き刺さり、くの字に折れて下がった顎へ掌底を突き上げ、宙へと舞って動けないその体を後ろ回し蹴りで突き飛ばす。
倒れながらアクトを見るルークはその動きを見て目を疑う。虚を突かれた黒い侵入者は素早く立ち上がると向かってくるアクトに応戦する。ダメージがあるのかないのかと測りかねるルークだったが、ふたりは互角に渡りあっている。悪魔かと思いたくなる黒い侵入者を相手に爆発的な力と速度で攻めるアクト。しかし、技術で劣る分追い込み切れない。ぼんやりとおぼつかない頭を振って立ち上がったルークは再度息吹によって戦闘態勢を整える。
「あぁぁぁぁ」
アクトの精神状態は本来なら戦いに向くものではないはずなのだが、ギリギリのところで理性を保っている。これはセイバーでの初陣で起こった現象と同じである。土壇場で力を覚醒させたアクトによって黒い侵入者はすべての意識をアクトとへと注ぐことになった。そこへ息吹によって少し力を取り戻したルークが参戦し状況が変わる。
ルークの声はアクトに届かないであろうことを考慮し、サポート役になることで上手く連携を取ると、劣勢だと判断した侵入者は後退し始めた。
「逃がすか!」
追い詰められつつあった侵入者は煙幕を張り躊躇せずに出口から立ち去っていったのだが、その先からはPRG部隊が迫る音が聞こえる。
咳こみながらも煙幕を掻い潜ってPRG部隊と挟み撃ちにしようと追いかけるルークだったが、通路を曲がったところでPRG部隊と出くわしてしまった。
「そんな、逃げ場なんてないはずだろ」
挟み撃ちにしたはずだったのだが、黒い侵入者は忽然と姿を消してしまった。
「一号から六号は奴を探せ。見つけたらぶっ殺していい。七号と八号は俺に付いてこい」
捜索と抹殺の指示を出したルークは急ぎアクトの居る部屋へと戻ると、薄れてきた煙幕の中で倒れるアクトを発見する。
「大丈夫か、しっかりしろ!」
「うっ、あいつは?」
「すまん、逃げられた」
「そうか」
アクトはルークに肩を借りて立ち上がった。限界を超えるような力を発揮した反動によって全身に激痛が走る。そんな体のアクトはゆっくりゆっくり歩きながら気を失ったエマとその近くに横たわるPR3のそばにやってきた。
エマを抱き起したルークは彼女の状態を確認する。
「エマは大丈夫みたいだ」
彼女の無事を確認したふたりは、機能を停止したPR3を見て改めて怒りと悲しみの感情が湧き上がっていた。そんなふたりの耳に新たな危機を知らせる警報が飛び込んできた。
「くそっ、こんなときに機械虫のお出ましか。あの野郎のことも気になるが機械虫は放っておくわけにはいかないか」
体の痛みに耐えながらアクトはガイファルドのハンガーへと足を進めると、ルークはアクトの肩を掴んだ。
「やめとけ、そんな体で。それにお前は合身できないんだろ」
「知ってたのか?!」
「あぁ、みんな知ってる」
「なんだよ、どうやって話そうかとか謝ろうかとか色々悩んでたのに。だからセイバーでの訓練もしないし出撃もなかったわけか」
痛みに歪む表情に混ぜて苦笑うアクト。
「大丈夫、とは断言できないけどPR3が教えてくれたんだ。戦うっていうことを。エマはこんなんだしやってやるよ」
「そうか、ならしっかりサポートしてくれよな」
その言葉にサムズアップで応える。
「あの野郎が共命者を狙っているなら、エマをここに置いてはいけない。一緒にイカロスに乗せた方が安心か」
ルークはエマを背中に担ぎPRG部隊の警護を受けつつハンガーへ向かった。アクトもそれに付いて行くと、侵入者との戦いで散らかったトレーニングルームの出口で一度振り返り、機能を停止して静かに横たわるPR3を見る。
「じゃぁ行ってくる。終わったら知らせに戻るからな」
アクトはそう一言告げて部屋を出た。
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