Scene4 -1-

  エマに案内された共命者用の部屋は最初寝ていた部屋と違って豪勢な作りだった。寝室は別、風呂とトイレもあり、家具家電も一通り揃っている。


  「ではまた明日」


  エマと挨拶を交わして各々の部屋に入った。


  「うほー!」


  取り合えず布団に寝転がったアクトはベッドの柔らかさと肌触りに思わず声が出た。


  「研修先の宿舎も悪くなかったけどその上をいくな」


  そんなフカフカのベッドに横になりながら今の状況を思い返してみた。

  神王寺雷翔に憧れたことから始まった神王寺コンツェルンへの就職は、少しでも彼の手助けをしたいという思いから彼の意志を受け継ぐという思いへと変わった。それはライゼインが敗れたあのときからだ。機械虫を憎み自分の手で倒したいという思いが対機械虫用防衛機動重機のパイロットになることを強く欲し、それを原動力に更なる努力を積み重ねた。自分以外にも同じような思いを持って就職を希望した者がいることは、本気かどうかはともかくとしてネットの動画やSNSで見て知っていた。その中で自分が勝ち取れるのか? それ以前に神王寺財閥の者たちがそれを承認するのか? そんなことさえ分からなかったが、何も持たずに行けば目の前にチャンスが現れたときに掴むことができないと考え準備は怠らなかった。しかし、今回の事件と事故によって違う形で機械虫と戦う手段を得るに至ったのは予想外の快事だ。

  アクトは拳を天井に向かって突き出した。

  一般人だった自分が恐ろしい機械虫と戦うために戦場に出る。巨人との共命度がランクB1という残念な結果だと言われても、あの神の使いとまで言われた驚異的な強さの巨人と共に戦えるのだ。アクトは機械虫と戦えるという望みが叶ったことの喜びに打ち震えていた。

  だが、やはりそれは戦いを知らない、命懸けの戦場を知らない、素人の浅はかさだと、のちに思い知ることになる。

  高揚する気分を鎮めるために風呂でリラックスしようとしたアクトだったが喜びと期待で高まったモノは衰えることなく心を弾ませていた。眠気もないが時間を潰すための私物もない。やることのないこの部屋でベットに横たわりながら天井を見ていると、博士に「明日までに共命体の名前を考えておくように!」と言われたことを思い出す。


  「名前かぁ。ゲームなんかだとなんとなく言葉の響きで決めるけど、名は体を表すって言うし意味があった方がいいかな」


  既にガイファルドというロボットアニメのタイトルにもなりそうな主人公然とした名が冠されているが、これは固有名詞ではない。ルークの共命体レオン、エマの共命体ノエルといった巨人の名は人間の名に近い。


  「つまり、ガイファルド=レオンとかガイファルド=ノエルってことか」


  名前に意味を持たせているのかはわからないが、名前の響きは悪くない。もし白い巨人にロボアニメのような名前を付けるとガイファルドと被ってしまう。ロールプレイングゲームの主人公は自分の名前を使うし、そうでない場合でも欧米的な名前を使うことが多い。ロボットの名前なんてそんなに考えることないしなぁと思ったところで、アクトの頭にあることがよぎった。

  機械虫が現れ、更に神王寺コンツェルンへの就職を志した頃から忙しくなり、ご無沙汰となってしまった少し懐かさを感じるあのことを。記憶の片隅に追いやられていたモノを取り出そうとしていると、ドアの呼び出し音が鳴って、脳内の作業は一時休止させられた。

 壁に設置されたモニターには柱状のオブジェが映し出されていた。この基地で働くAIロボ、固有名詞はPR3。アクトを襲った謎の柱状のロボと似通ったPR3に、アクトは若干の警戒心と恐怖を抱いていたため、すぐにドアを開けることができなかった。

  部屋の外でしばしアクトの応答を待っていたPR3は、再度触手状の腕を伸ばして呼び出しボタンを押した。二度目のコールでやや重い腰を上げ、ゆっくりとした動作で立ち上がりドアの前に進む。そして、PR3が三度目のコールをしよとしたときにようやくドアを開けた。


  「休んでいるところにすみません。少しお時間は大丈夫ですか?」


  シンプルな円柱形のボディーから丁寧な言葉がイケボで発せられる。


  「あぁ大丈夫だよ。なんだい?」


  「いえ、日常から突然このような状況になって、いろいろ不安なこともあるのではないかと思い、様子を見に来ました」


  「様子を見に? ロボットのおまえがか?」


  「はい、極太な神経のルークでもそれなりに精神の乱れがあって、少なからず不眠や体調不良になりましたので、一般人のアクトにはメンタルケアが必要だと判断しました。部屋へ入ってもよろしいですか?」


  『おいおい、おまえが来る方が精神的にストレスがかかるんだけどな』


  トラウマレベルの体験を思い出す柱ボディーを輝かせたPR3の入室希望を断れず、なかば仕方なしに許可すると、「では失礼します」と一言添えて入室する。

  ふたりきりとなった部屋にはカチンと凍るような静けさが漂っていると感じていたのはアクトだけだ。なんとも言えない緊張感の中でデスクの椅子に腰を掛けるとそれを待っていたかのようにPR3が話し始めた。


  「まずは偶発的にガイファルドの共命者になってしまったことを心からお悔やみすると共に、あなたが望んでいた力を手に入れたことをお喜び申し上げます」


  「お悔やみしながらお喜びってなんだよ」


  ロボットから出た可笑しな言葉に無駄に張りつめていた空気が緩む。そして、アクトの突っ込みに対してPR3は丁寧に答えた。


  「機動重機といった不完全なモノのパイロットを目指して機械虫と戦うことを望んでいたあなたにとって、ガイファルドの力を手に入れたことは喜ばしいことでしょう。しかし、パイロットになるハードルが高いとはいえ、ガイファルドたちが戦線に登場した今の状況なら、共命者になるより機動重機に乗ってガイファルドたちの支援をする方がよっぽど良かったと思います。きっと共命者の戦いは辛く苦しいものになるはずです。それは、最前線で戦っていたライゼインよりもずっと」


  PR3は機械とは思えない神妙な声色でそう告げた。憧れの象徴である機動重機を『不完全』と言われ少しイラっときたのだが、それはどうにか抑え、そのあとに続くPR3の言葉をしっかりと吟味し言い返した。


  「だけど巨人が現れて以降機械虫の出現数は減っているし戦いも断然優勢じゃないか。ライゼインのいなくなったGOTも機動重機をバージョンアップさせてるし、世界の同盟軍も新兵器を導入して巨人や機動重機が駆け付けるまで機械虫に応戦している。悪い傾向とは思えないけど」


  「確かに機械虫には今の戦力でも問題ないかもしれません。しかし、エマやルークはともかく共命度B1のあなたは今後どうなるかわかりません」


  問題なのは共命度B1の自分ということか、とPR3の言いたいことを推察する。


  「決して低くは無いがこちらが望んだものほど高くはない」と言った博士の言葉を思い出してアクトの心を少しだけ締め付けた。


  「おまえはオレの精神を乱しに来たのか?」


  「まずは陥ってしまった現状をしっかり把握する必要があると思います」


  「そんなの今更把握するまでもない。さっき説明も受けたし。成り行きとはいえガイファルドって巨人の共命者になったことは望むところだ。この力で機械虫どもをぶっ倒してやるだけさ」


  意気込むアクトを見てPR3はモノアイを回転させてわずかな時間沈黙する。


  「あなたのその思いは十分にわかっています。ですが、ガイファルドだって本当に無敵というわけではありません。まだ共命体と一緒に戦っていないので実感できないでしょうけど……」


  「わかってるって、共命度B1なんだから相応の努力はするさ。戦場の足手まといなんて御免だからな。ふたりのように強くなってやる」


  今の気持ちが高揚しヤル気に満ちたアクトは多少の不安などかき消してしまい、PR3の心配から出るお小言など届かない。ルークでさえ少しは不安、心配、慎重といったネガティブ思考だったのに対して、アクトはかなりポジティブだったためにPR3は当初の予定とは反対に、少し不安を煽るように話そうと切り替えたのだが、それは逆効果になったのかもしれない。


  アクトの言った「この力で機械虫どもをぶっ倒してやるだけさ」という一方的な意思の言葉が、そのことを表していると判断できる。それが落とし穴であるのだが、そのことを説明するにも、もう少し時間を置いてからでないと伝わらないのだとPR3は判断した。


  実際アクトはPR3が『共命度B1という事実が今後の戦いの不安要素である』と指摘してるのだと受け止めていた。そして彼が「わかっている」と受けてめているのは共命度B1という事実であり、それに対する今後の在り方などは真剣に考えている。しかし、PR3が伝えたいことはそこではなく、アクトの燃え上がるようなヤル気に隠れて見えない部分であることには気づけていなかった。


  「そうですか。ではこの話の続きはまた明日以降の合身テストなどをおこなってからにしましょう。そのときはまた違った思いと角度から現状を把握できることでしょう。それでは次はアクトからの質問があれば言ってください。答えられる範囲でなんでも回答いたします」


  「答えられる範囲って」


  言い回しに少々怪訝な表情を浮かべつつ、アクトは天井を仰いで頭を整理する。


  「んじゃぁまずは……ガイファルドっていったいなんなんだ? 巨大ロボットじゃないってことだけど」


  「ガイファルドとは、ダブルハートとソールリアクターを備えた生体人形/ホワイトドールという素体が、対となるダブルハートと一体となった共命者の命を受けて生まれたモノです。その体は生体金属と言ったような特殊な物質で構成されています。現状人間の科学力では作り出すことは不可能です」


  質問した回答が更なる謎を生んだ。


  「不可能って、じゃぁ誰が作ったんだ?」


  「不明です」


  「不明? じゃぁなんで巨人たちがここに存在するんだよ」


  「発見しました」


  「発見? どこで」


  「機密情報です」


  「またそれか、今はもうこの組織の一員になったんだからいいじゃないか」


  「この情報は共命者ルークにもまだ知らされていません」


  「エマは?」


  「…………機密情報です」


  「それじゃぁあまり機密になってないだろ」


  ルークは知らないがエマは知っているということのようだ。


  「次は、共命度について」


  「共命度……、上からS、A、B、C、Dというランク付けをしており、高いほど共命体の力を発揮できるとされています」


  「されている? 明確な実験データじゃないのか?」


「そうです、現存するガイファルドの数からわかる通り、多様な実験データは取れません。解読した情報を元に予想したものです」


  「解読?」


  「……機密情報です」


  「お前隠し事が下手なんじゃないのか?」


  「…………続けます」


  続いては共命体の人格について。博士に聞いたとおり潜在意識が影響するとのことだが、もうひとつ面白いことがわかった。

  精神波が第一領域であれば合身状態であっても意識が同時に存在することが可能であるということだ。それにはそれなりに練度が必要であり、ルークとノエルはすでにそれを任意におこなう術を身に着けているという。


  「オレも慣れれば合身しながらあの巨人と会話ができるんだな」


  「追加情報として、ダブルハートの繋がりによって共命者と共命体は離れていても意思の疎通が可能であるということですが、これも相応の練度が必要だそうです」


  アクトは驚きと喜びに目を輝かせる。


  「ほんとか?! ルークとエマは?」


  「すでに習得済みです」


  「いいなぁ、オレも早くそうなりたいよ」


  「半年近い訓練を要したと聞いています」


  先は長いようだ。


  ガイファルドはおよそ共命者の十倍の体躯を持ち、人間の数百万倍のパワーを誇る。生体金属と言った物質で形成された体はしなやかな筋肉と頑強な鎧、精密で丈夫な機構を構成し、共命者の力を受けてその能力は上昇するという。そして、共命者は額のダブルハートは文字通り共命体である巨人と命を共有している。更にダブルハートは共命者の潜在能力を引き出し、一般人でもアスリートを超える力を発揮できるらしい。鍛えぬいた者ならば超人と言える能力を持ち得ると予想できるのだが、現状アクトはその実感はなく、首を捻った。


  「アクトはまだ共命者になったばかりです。漫画のように都合よく強くなることはできません。その体は少しずつ変化していきますが、その力を発揮できるかはアクト次第です。ということで体作りには栄養と休息が不可欠です。肩の傷の治癒を早めるためにも規則正しい生活をしましょう」


  そう言ってPR3は柱状のボディーの下部を開け、二本の触手を使ってその中の物を取り出した。


  「おぉこいつは」


  取り出したのはトレイに乗った温かい食事だった。それを見たとたん忘れていた食欲が沸き上がり、胃袋が活発に活動し始めた。


  「召し上がってください。そしてゆっくり休んでください」


  「おまえが作ったのか?」


  「いえ、ワタシは料理はしません。ここにはちゃんと料理を作る者がいますので、その者に頼んで作ってもらいました。ですがメニューはあなたの状態を診たワタシが考えた物です」


  PR3はトレイをテーブルに置くと反転してドアに向かう。


  「ありがとう」


  去り行く円柱型のロボットにアクトはお礼を告げた。


  「おまえいい奴だな」


  「食事ひとつで警戒心を解くなんてアクトはチョロいですね。ならばまた次の手も考えておきます」


  半歩歩み寄った言葉に対してPR3は軽口でそう返した。


  「今の言葉訂正する。おまえいい性格してるな」


  その言葉を聞いたPR3は触手を振りつつ軽快な電子音を発して部屋を出ていった。

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