Scene3 -2-

 パジャマとまではいかないが部屋着っぽい服装で歩くには似つかわしくない無機質な通路を一分ほど歩くと扉が見えてきた。SFアニメに出てきそうなY字にラインの入った扉はPR3が近づくと左右と上に分かれて開き、奥への通路をあらわにする。その通路は更に先へと続いていた。


  「どこまで続くんだ」


  と思わず口に出すと、


  「機密情報です」


  とPR3が答えた。


  「ここはどこなんだ?」


  「機密情報です」


  「どういった組織なんだ?」


  「機密情報です」


  「さっきの子の名前は?」


  「彼女の名前は……また顔を合わせるのでそれは本人に聞いてください」


  「はぁ?」


  機械的な回答しかしないと思ったが妙な回答をされてアクトは拍子抜けする。

  その後も右に左に曲がりエレベーターで下がり、更に歩くとようやくPR3が止まった。


  「到着しました」


  体から触手が伸びて扉を開けるスイッチを押す。シューっと静かに扉が開き中に入ると十メートル程度の通路の先の部屋が明るく光っている。その通路を抜ると広大なスペースの部屋、いや倉庫というべきだろう場所に出た。

  天井まで悠々三十メートル以上あり横幅と奥行きも五十メートルを超えるであるだろう。見慣れない機材やクレーンのような重機があり、PR3とは形状の違うメカが数台動き回っている。一通り見回すと倉庫の奥にある巨大な扉が目を引いた。その扉には大きく数字が書かれている。Ⅰ、Ⅱ……Ⅵ、その数字の下にはアルファベットで文字が記されていた。


  『L……E……O……』


  「ようこそ、秘密結社ガーディアンズへ」


  後ろからの不意に掛けられた声に驚き、振り向いたアクト。目の前に立っていたのはスラリとした長身のイケメン中年男性だった。鋭い眼光で睨むようにアクトを見据えるこの男は、その雰囲気だけで何か特別な人間であると確信できる貫禄を醸し出しているにも関わらず、それとは相反する静かな存在感だった。アクトはその視線を受けて声も出せずに固まっていた。


  「天瀬空翔、君には三つの選択肢がある」


  「え?」


  なんの脈絡も無くそう言われ、まったく理解できないアクトをよそに、男は目の前に出した手の指を一本立てた。


  「1、今ここで殺されて生涯を終える」


  「な?!」


  「2」


  二本目の指を立てる。


  「どういうこと? 何言ってるんですか?」


  アクトの問いには答えず男は続ける。


  「このまま外界へと戻り、誰とも知らない者に殺される」


  「ちょ、ちょっと」


  有無を言わせないとはこのことだ。突然申し渡されたふたつの選択肢はどちらもアクトの命はないと告げていた。男は秘密結社と名乗った。その名の響きから恐ろし気な組織を連想しアクトは顔を引きつらせる。


  「3」


  三本目の指が立てられた。


  「君の命を捧げて……、」


  あの殺人ピラーロボットと機械虫の脅威、その後この組織に保護され治療までしてもらった末でのこの状況。どの選択をしても『死』は免れない。さっきの可愛い女性とのやり取りはなんだったのだろうか? 名も知らぬ彼女の顔が頭に浮かんだ。


  「……私たちと共に世界のために戦う」


  最後の言葉は女性の声で語られた。


  「その声」


  男の陰から顔を出したのは先ほどの看護師と思われる女の子だった。


  「君はさっきの」


  「さぁ、どうする? この三択、どれを選ぶ?」


  彼女の口元は薄っすらと笑っているが、目は真剣だ。今殺される、外で誰かに殺される、命を捧げて彼女らと共に戦う。


  「あ、それじゃぁ……3で」


  「congratulations!」


  今度は別の男の声でそう叫ばれた。彼女の後ろからひょっこり顔を出したのは金髪に近い茶髪の男だった。アクトより一回りたくましい体躯をしており、明らかに日本人ではないと思われる容姿をしている。


  「1か2を選んだらどうしようかと思ったぜ。一応歓迎会を準備していたから、無駄にならなくて良かった」


  容姿とは裏腹に流暢な日本語でそう話す。


  「え、選ぶわけないだろ!」


  アクトの訴えをよそに白い歯を輝かせて陽気に笑う。


  「俺はルーク、よろしくな」


  そう言ってアクトの肩を叩いた。


  「いてっ!」


  「Oh sory. 肩を撃たれたんだったな」


  涙目のアクトに彼女が寄ってきた。少し上目遣いでアクトの目を見る。


  「私はエマ、ガーディアンズ部隊の隊長。よろしく」


  すまし顔でそう挨拶してきた。


  この子が隊長? アクトがそう思うのも無理はない。看護師でなかったことはともかくとして、どう見ても二十歳そこそこ、アクトよりも年下に見える彼女がルークの上司でこの部隊の隊長と言うのだ。


  「よ、よろしくエマさん。いや隊長か」


  「エマでいい、ルークもそう呼んでる」


  そのルークは手を頭の後ろに組んでニッコリと笑っていた。


  「それとあの人がこの組織の最高司令官」


  秘密結社ガーディアンズの最高司令官がアクトの前に一歩進み出ただけで、迫力ある静かな存在感をに押されてしまい、尻もちをつきそうになるのをなんとかこらえた。


  「そう、私がこの組織の司令官アーロンだ」


  「よろしく……お願いします」


  緊張気味にそう挨拶を返す。


  「アクト、ここは軍隊ではない。便宜上司令官だの隊長だのと肩書はあるが同じ目的を持った同志だ。そんなに固くなることはない」


  初めて見せる優し気な表情と言葉にアクトはようやく心を緩ませた。


  「あのう、アーロン司令。同じ目的を持った同志と言いましたけど、オレにはまだこの組織が何なのかさえわかってないんですけど」


  同志、同じ志を持った者のことだが、それ以前いここがどこで何をするための組織かさえ把握していない。ここに居る者たちが悪意を持つ者ではないであろうと思えたこともあり、警戒心マックスだったアクトは言い出す機会を失っていた質問をやっと伝えることができた。


  「それはな」


  離れたところからルークが説明する。


  「あえて説明してなかったんだ。さっきの三択だって実質選択肢はひとつだったろ。額にそのダブルハートがハマっちまったってことはもうお前の運命は決まってたのさ」


  アクトは改めて額を押さえた。


  「共に戦うって何と戦うっていうんだ?」


  「こいつらを見ればわかるだろ」


  悪戯っぽく笑いながらルークは言った。


  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


  広い倉庫に音が鳴り響いた。その発生源に目をやると、Ⅰと数字の書かれた巨大な扉が上がっていく。二十メートルはあろうかという巨大な扉が三秒程度で上がりきると、その隣のⅡと書かれた扉も上がり始める。そして、奥の暗闇から床に振動を響かせる何かが動き出したのが見えた。

  最初はリズムよく振動を発していたが、その振動と音が複数混ざり合う。その振動を発するモノの正体にアクトは度肝を抜かれることとなった。

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