Scene3 -1-

  空調の効いた部屋の柔らかいベッドの中でアクトは目を覚ました。ここは小さな明かりの灯る小さなひとり用の部屋で、窓のない密閉されたところだった。


  『病院?』


  白い壁、白い天井、白い扉、シンプルなその作りからなんとなく病院を連想したが、良くある心電図のモニターや点滴などは見当たらない。横を見るとデスクがあり、床や壁は金属質だが旅行に行ったときに宿泊したホテルのシングルルームとよく似ていた。

  デスクに置かれたデジタル時計は二十時十二分と表示している。アクトが気を失ってから十一時間と四十分ほどの時間が経っていた。


  「無断欠勤してしまった」


  今朝あったあの大騒動を忘れたわけではない。普通の人間なら肩を撃たれたこと、機械虫と遭遇したことなどの非日常を突き抜けた異常事態を思い出すに違いない。少なからずパニックに陥り、無断欠勤などと考えもしないはずだ。だが、彼は妙に頭と体がスッキリして心も冷静だった。


  『近くで見たのは初めてだけどあの巨人デカかったな。白い巨人は新しい仲間か。なんで光ってたんだろう。それにあの柱状のメカは何だったんだろうか。アレが探してた物はきっとあの宝石……』


  そこまで考えたときアクトはガバッと起き上がった。


  「痛っ」


  右肩には包帯が痛々しく巻かれて固定されていた。肩を撃たれたのだから痛いのは仕方ない。だが怪我の度合いから考えると良く動くのはどういうことだろうとアクトは考えた。あの大出血は肉が弾け跳んだのかと思えるほどだったのだが、意外と軽傷だったようだ。

  それはさて置きベッドから降りたアクトは、部屋の隅に備え付けてある洗面台へ向かった。

  そして鏡を見ると垂らした前髪の隙間に何かが……。


  「あぁ?!」


  洗面台の鏡を見て、アクトは驚きと疑問の叫びを上げた。


  「やっぱり夢じゃなかった」


  額にはジュラルミンケースに入っていたあの宝石が張り付いていた。恐る恐る指先でつついてみる。コツコトと固い感触が返って来たが痛みなどは特にない。ただ、額に張り付いているのではなく、どうやら埋まっているのだということも骨に伝わる感覚で理解した。

  なぜこんなことに? これはどういうことだ? なんのために? 多くの疑問が沸き起こるが答えは出ない。

  そのまま洗面台で顔を洗って備えづけられたタオルで水気を拭き取る。自分がどこにいるのかを把握すべく扉から外へ出ようとした扉横の開錠スイッチと思われるボタンを押すが反応がない。扉を叩いてみるが揺れる隙間のない扉は振動もしないのでドンドンと音が響かず拳で叩く音だけがコンコンと自分の耳に跳ね返るだけだった。


  「誰かいませんかー」


  念のため部屋の音声を拾っていなか叫んでみたがやはり応答がない。再度開錠スイッチを連打しつつ、これは軟禁かと考えたそのとき、シューと静かな音でドアが開いた。


  「うわぁぁぁぁぁ!」


 入室してきたモノを見て、アクトは反射的に悲鳴を上げて壁際まで後ずさりしてしまう。そして、開かれた扉の外に居たモノを見たことであのときの恐怖がフラッシュバックし体が硬直してしまった。その原因となるモノ、アクトを殺しかけた柱状のメカが目の前に現れたのだ。


  「目が覚めたのね」


  逡巡の間にかけられたその声は、あのときのメカよりも幾分幼い感じだ。アクトは両手をワキワキして部屋を見渡すが武器になりそうな物はない。


  「ちくしょう」


  幸いにも柱メカもあの触手を出していない。まだ扉が開いている今なら外に出られる。そう考えたアクトは一拍の間も置かずには走り出していた。


  「どうかした?」


  とそのメカが声を発した直後、柱と扉の隙間をすり抜けようとしたアクトの前にその柱メカの陰から人が顔を出した。


  「きゃぁっ」


  女の子だった。髪が短く小柄で少し派手な制服っぽい物を着た可愛らしい子だった。

  一瞬でそんなことを確認しつつ踏み出した右足で急制動をかけるが止まらない。体を捻りよけようとするが間に合わず接触してしまう。手のひらで受け止めて腕をクッションにしながら回転して倒れ、彼女をかばうつもりだったのだが、倒れたときにはなんと彼女に羽交い絞めされていた。


  「んぐっ、くるひぃぃぃぃ」


  息苦しさに悶えていると彼女はハッとなって腕の力を緩めた。


  「ごめんなさい、突然のことでつい」


  そう言いながらも羽交い絞めは外さない。


  「とにかく落ち着いて。あなたに危害を加えるようなことはしないから」


  この状態は十分危害と言ってよいモノだと思ったが、背中に当たるわずかな胸の感触にかき消されて口には出なかった。


  「わかった、わかったからこれを解いてくれ」


  彼女はそっと手を放して立ち上がった。

  喉を抑えながら立ち上がるアクトに彼女はもう一度謝罪する。


  「大丈夫? ごめんなさい」


  「いや、苦しかったけど大丈夫だよ」


  そう返事するアクトの横にススっと柱メカが出てきた。

  慌ててアクトは彼女の後ろに回り身構える。


  「そんなに警戒しなくても平気。この子はあなたを襲った個体とは違う」


  彼女の言う通りこの柱のデザインとカラーリングは襲ってきたやつとは違う。モノアイの色も青緑色をしている。


  「あなたは天瀬空翔さん二十一歳で間違いない?」


  「ん? え、あぁそうだけど……」


  自己紹介もしていないのに名前と年齢を確認されたことで怪しさが二割増しとなったが、整った彼女の顔を見ているとその懸念はすぐチャラになってしまった。


  「肩の具合はどう? 再生手術と輸血を施したけど問題ない?」


  そんな質問をしてくる彼女は看護師なのかもしれないと思いながら答える。


  「ちょっと痛いし筋肉が張ってて可動範囲が狭いけど問題無さそうだよ。痛かった頭もなんともないし逆にスッキリしてるくらいだ」


  あのときの体のしびれや頭痛はすっかり治まっていた。


  「あなたはここに運ばれてから約二日半眠っていた。その間に脳内と神経系の整理が完了したのだと思う」

  「二日半も?! じゃぁ三も会社休んじゃったのか」


  トホホといった顔で落ち込むアクトをよそに、彼女はタブレット操作を続けていた。


  「PR3(ピーアールスリー)、彼をスキャンして」


  指示を受けた柱メカは青緑のモノアイはアクトに向けて光を照射した。


  「ぴーあーるすりー?」


  「この子の名前。ピラーロボット三号、略してPR3」


  オレのネーミングセンスと近しいなと思っているとPR3はモノアイからの光の照射を止めてピコピコと電子音を鳴らした。


  「バイタルチェックをおこないましたが問題ありません。右肩の状態も良好です」


  アクトを襲った柱の声は感情の乏しい女性の声だったが、PR3が発した声は品性のある優し気な男の声だった。


  「ありがと」


  看護師の女の子はタブレットに何かを打ち込むと視線を上げてアクトの顔を見た。


  「ハマってる」


  「え?」


  「いえ、なんでも。それより、具合も悪くなさそうだからこのまま移動していい?」


  そう彼女に促され、アクトは「あぁ、いいよ」と答えた。


  「ではPR3のあとに付いて行って」


  彼女はPR3が案内する方向と反対の通路に向かった。

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