Scene2 -3-

「敵対者の行動不能を確認しました」


 肩の痛みと吹き飛んだ衝撃とで意識もハッキリしないアクトだったが、朧気に見つめる先は無慈悲な銃口を向ける二台の柱メカ……ではなく、その後方から飛来してくる機械虫だった。


 ズダーン


 アスファルトを砕き地面を揺らして着地したのはB級機械虫。


「機械虫の出現を確認しました。作戦行動の妨害となるので消去します。消去します」


 柱メカは銃撃をおこないアクトには使わなかった小型のミサイルを発射する。だが、B級機械虫にはまったく通用せず、次の瞬間には踏みつぶされて跡形もなくなっていた。


 機械虫の登場で朦朧もうろうとしていた意識が覚醒したアクトは、肩を押さえながら後ずさりする。


『オレは死ぬのか。なにも成し遂げていないのに。こいつらをぶっ倒すためにここに来たのに。なにもしないでこいつに殺されるのか?』


 思考が絶望へと至る中で、それに抗う思考も湧き上がる。


『ふざけるな、死んでたまるか。オレはおまえらをぶっ倒す。ライトさんのかたきを取る。彼の代わりに世界を守る男になる!』


「死んでたまるかぁぁぁぁぁぁぁ!」


 叫ぶアクトが持つ宝石が一段と輝いた。宝石はアクトの手を離れて額へと吸い付きめり込んでいく。宝石はそのまま輝き続け、その光を見ていた機械虫は鳴き声を上げながらあたりを見回すように首を振った。


 アクトは頭から全身になにかが伸びるような感覚と、そこに微弱な電気が走り抜ける感覚に見舞われていた。


 メキベキベキ


 機械虫の七十メートル後方で墜落したヘリと接触して炎上しているトレーラーから音がする。正確にはトレーラーに積まれたコンテナが内側からの圧力で変形している音だ。割れ剥がれたコンテナの隙間から液体と光が漏れ出したことにアクトは気づいていない。ついにコンテナは破壊され、中から光を放ったなにかが出てくると、トレーラーの荷台から飛び上がった。


「うおぉぉぉぉぉぉ」


 あたりを見回していた機械虫ではあったが、再び「キシャー」と鳴いてアクトに顔を寄せてきた。そのとき、後ろから白く輝くなにかが機械虫にぶち当たり、巨大な金属の昆虫は転げながら吹き飛んでいった。


「なんだこいつは……」


 機械虫より大きな光のかたまりが彼の前に立っていた。そう、それは巨人だ。その光る巨人に対して威圧するように叫ぶ機械虫。巨人はわめき散らす機械虫に向かって走り出した。


 まぶしすぎてよく見えないが、あの青い巨人に似た巨人が機械虫を殴り飛ばしている。


 まだアクトの体はしびれたような感覚が続いている。頭も死の恐怖とそれに抗う気勢とが混じり合っていが、巨人が機械虫を殴り蹴るのをまるで自分のことのように頭の中で後押していた。


『そうだ巨人。そこだ打ち込め! もっと、もっとだ!』


 巨人の体の光は徐々に薄れ、その下から純白の体が見え始めた。青い巨人と同様に細身な体は重厚な機動重機とは違うが、素早く滑らかな動きとその力強さが機械虫を圧倒する。


 攻撃するたびに飛び散る機械虫の装甲材。馬乗りになって暴れる脚を引きちぎり、地面に押し付けながら打撃の力が逃げない状態での拳の連打。


 まるでアクトの思いが届いているように巨人は機械虫を破壊していく。戦い方は滅茶苦茶で技術の欠片もないが、その圧倒的な能力でコアを破壊して機械虫を機能停止に追いやった。


 白い巨人はゆっくりと立ち上がると、視線をアクトに向けた。


 アクトは徐々に興奮から覚めていき、深呼吸をして呼吸を落ち着けると跳ね上がっていた心拍数も安定してくる。


 落ち着きを取り戻したが、思考とは違うなにかが脳内を駆け巡り強い頭痛に襲われていた。


『なんだこれ、走馬灯じゃないよな』


 視界はぼやけ立っているのもままならなくなり、遠くにぼんやり見える巨大な白いモノに向かって、


「ありがとう、白い巨人」


 とお礼を言いながら足を踏み出すと、そのまま崩れるように倒れて意識を失った。


 巨人は倒れたアクトに歩み寄っていく。すぐそばまで来て片膝を付いたところで、上空から巨大な飛行艦が降下してきた。その飛行艦は着陸せずに上空に停止すると、ハッチの開いた後部格納庫から青い巨人が飛び降りてきた。


「おい、おまえ……」


 そう声を掛ける青い巨人に、白い巨人は振り向きながら勢いよく立ち上がって殴りかかった。そのまま大振りのパンチを何発も繰り出すが、青い巨人は少しずつ後ろに下がりながらその攻撃をすべてかわす。


「待て、俺は敵じゃない。おまえと同じだ」


 白い巨人はその言葉に耳を傾けず執拗しつように攻撃し続けた。


「やめろ」


 左の拳を顔の前で受け止めて、右のパンチを繰り出そうとするところで手首を掴み取った。ギリギリ押されているのは白い巨人。力での押し合いは青い巨人に分があり、じわじわと白い巨人を押していく。


「おまえは生まれたてだ。無理をするな」


 青い巨人はつかみ取った白い巨人の痛々しく傷だらけの拳を見て言った。


「うおぁぁぁぁ」


 押されていた白い巨人だったが咆哮のような叫びをあげる。その叫びに共鳴するように額の宝石が淡く光り出すと、さらなる力を発揮してその場に踏みとどまった。


「レオン、彼の後ろを見て」


 上空からの声にレオンと呼ばれる青い巨人は組み合っている白い巨人の後ろを見た。


「共命者か?!」


 倒れるアクトを見てそう叫ぶ。


「ということはおまえはシングル」


 レオンは手を放して後方に飛び下がり、白い巨人はその場で再び身構える。


「あいつを守ってたんだな」


 レオンの隣に赤い巨人も降り立った。


「わたしたちは敵じゃない、仲間。彼は今しがたダブルハートと結合してあなたを生み出したために、脳や体に大きな負担が掛かって倒れてしまった。だけど命に別状はない。でもこのままこの場にいるのは危険だから、彼を連れてわたしたちと一緒に来て欲しい」


 赤い巨人は敵意がないと言ったポーズでそう説明すると、白い巨人はゆっくりと構えを解いた。


「わかりました」


 今までの行動とは似つかわしくない丁寧な口調で応え、そのまま視線を外さずに後ずさりしていき、倒れているアクトを優しく救い上げる。


 上空でホバーリングしていた飛行艦が高度さげて後部ハッチを開いたとき、巨人たちの乗る飛行艦より小さな輸送機が対機械虫用防衛機動重機であるガンバトラーとガードロンの二体を乗せて現れた。


「よう、少し遅かったな」


 軽口であいさつした青い巨人のレオンに、ガンバトラーが質問する。


「待ってくれ、おまえたちは何者なんだ?」


 三体の巨人は後部格納庫に飛び乗る。そして、レオンが振り向いた。


「その質問には答えられないが、いつかわかる日がくるかもな。ただ敵じゃないのは確かだぜ」


「ライゼインのことは残念。わたしたちが間に合っていればあんなことにはならなかった。でも、わたしたちもすべての敵に対処はできない。だからあなた達も今まで通り頑張って」


 赤い巨人が丁寧にそう言うと後部ハッチが閉まり飛行艦は大空に向かって舞い上がった。ジェット推進とは違う不思議な動きで方向転換して加速すると、いつも通り空に溶け込むように消えていった。

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