第282話 男としての踏ん張り処

決心した筈なのに、心が揺らぐ。


心拍数が上がる……自分が自分で無いみたいな、フワフワとした地面から浮いている様な気がする。

もう一口紅茶をゴクリと飲み、口を開いた。


「あ、アケミさん!」

イカン……き、緊張で声が裏返った……


情けない! 男だろ健二!! 言うと決めたんだろ? ここで、ここまで来て、この胸の内に隠してた思いを告げるんだ!


「アケミさん。 それで……重要な事を聞いてほしいんだ。 えっと――」


い、イカン。 頭が真っ白になってしまう。


「えっと、お、俺はアケミさんの事を大事に思っているんだ。」


とここで、アケミさんの顔がパーッと明るい笑顔になって行く。

ああ、眩しい! 眩しすぎる……


「大好きだし、既に家族の一員だと思っている。 そ、それでね。 言いたいのは、俺では、アケミさんを幸せに出来ないかも知れないと……」


「な! 何でですか!! わ、私はケンジさんの傍に居られるだけで幸せなのに?」

と食い気味に身を乗り出して反論するアケミさん。


「いや、ま、まずは落ち着いて。 ね? お願いだから、一応最後まで聞いて?」


すると、再度椅子に腰を着けて聞く態勢になってくれた。

しかし、顔はさっきの笑顔から、この世の終わりの様な顔になっている。


思わず、顔を逸らし話を続けた。


「えっとね、凄く恥ずかしい事なんで、今まで誰にも言った事が無いんだけどね。 俺、どうやらダメなんだよ。 その、つまり息子が独り立ち出来ないというかね? エーッと判りづらいかな?

身体的には問題無い筈なんだけどね? その心理的な物? 精神的な物?で男性としてのその機能がアクティベートしないというか、アクティブな状態にならないというか……」


こ、これで判ってくれたかな?


とアケミさんの方をチラリと見ると、キョトンとした顔で何言ってるの? って顔をしている。 アレ??


「エーッと、何言ってるのか、ちょっと判らないんですけど? ど、どう言う事なんでしょう? わ、私には難しい話?

あ! え?? も、もしかして!? け、ケンジさん、女性には興味が無いというか、だ、男性にしか興味無いって事ですか!?」

と言いながらガーンって顔をするアケミさん。


「ち、ちっがーーーーう! そうじゃないって。 だ、男性にって、そう言う趣味無いし!! エーッとね、つ、つまりね、俺のアソコが、れ、レディー状態にならないから、け、結婚してもコネクト出来ないって意味!

あー、もう……  た、勃たないんだよ。 ピクリとも。 だ、だから子供が出来る様な事を行えないの。 今はなんだけどね。」


俺は一気に勢いで喋ってしまい、グッタリと縮こまってしまった。 身体だよ!?


すると、ガッと椅子を立ったアケミさんが俺の後ろに回り込んで、優しく後ろから抱きしめてくれた。


「なーんだ。 フフフ、そんな事ですか。 やっと理解しました。 ケンジさん、それはそれで大事な事だとは思いますが、結婚して一緒に暮らすって、それだけじゃないですよ?

私の事を思ってそう言って下さっているんでしょうけど、余計なお世話です! 私を見くびらないで下さい。 私は一生貴方の傍に居られたら、いや、居られる事が第一条件です。

その他の事は、その第一条件の土台の上に、後から時期が来れば、きっと色々積み重なるんでしょうけど、土台は貴方と共に『居る』 それだけなのです。

逆にそれが無くては、私の幸せなんて無いも同然なんですよ? それに、『今は』ですよね? 試してもダメならダメで良いじゃないですか! そんな細事に心を痛める必要は無いのです。

こうして一緒に引っ付いて居られるだけでも、私はどれだけ幸福な気持ちになるか。 そんな前世の嫌な思い出なんて、私の貴方への思いで吹き飛ばしてあげます! だから1人で悩まないで!」


そう言いながら、アケミさんが優しく俺の頭を撫でてくれた。

こんな事を女性からされた事が無い――


温かい……アケミさんの心臓の音が俺の頭を挟み込む様にして聞こえて来る。


思わず、安らかな気持ちになり、知らず知らずの内に、頬を何かが濡らして行く――


「あ、ありがとう! こ、こんな俺でも良いかな? こんな俺と一緒に人生を歩んでくれる?」


口から気持ちが漏れていく様に言葉を呟く。


「はい。喜んで!」


アケミさんの言葉に、俺は後ろに向いてアケミさんの顔を見ると、アケミさんも泣き笑いしていた。

俺は、椅子から立ち上がり、正面からアケミさんを抱きしめた。

そして、アケミさんに唇に吸い寄せられる様に――――



斯くして、俺の一世一代の超恥ずかしい告白タイムは終わった。




こ、こう言う事の後って、みんなどうしているんだろうね?

お、俺には経験無くて良く判らないんだけど、あの桃の木の麓にテントを出して、中のソファーに座り、2人で赤面しながらお茶を飲んでるんだよね。


「……なんか、照れるね?」


「え、ええ。 妙に緊張しちゃいますね……」


「みんなに、何て報告すれば良いのかな?」


「あ! えっと、け、ケンジさんにお任せします。」


マジかぁ~。


「じゃあ、正式に婚約しました 的な感じかな? あ、でもそうするとさ、もしかして、国にしちゃったから、結構大変な事になるのかな?」


ステファン君やコルトガさん、出来る男に生まれ変わったコナンさんの熱狂振りが脳裏に過ぎる。


「あーー」

とアケミさんも同じ事を連想したのか、苦笑いしていた。


この世界の王族とかのジミ婚って無いのだろうか?


「ねぇ、アケミさん。 この世界での結婚式ってさ、どう言う感じなの? 余り庶民ではそんなの無いって聞いた気がするんだけど。 やっぱり、王侯貴族とかだと、神殿とかで何か式とか儀式とかやるのかなぁ?」


「ケンジさん、前世の世界の日本でしたっけ? そこでの結婚ってどんな感じなんですか?」


「そうだね、法律的には、婚姻届ってのを役所に出して初めて夫婦と法的に認められるんだけどね、それ以外に教会……神殿的な所とか、神社とかで神様へ結婚の誓いを立てたり、披露宴って云ってね、親戚や友人達や仕事関係の人とかを呼んでお披露目のパーティーを遣ったりする感じだね。

村ではどうだったの?」


「ああ、ランドフィッシュ村ですか? そうですねぇ。 披露宴って程では無いですが、仲間内で持ち寄りの宴会するぐらいですね。」


「そっか。 何か俺達の場合、派手な事になりそうな予感がするなぁ。

あ、ちなみにだけど、元の世界では、結婚が本決まりになって、こう言う式とかの準備をすると、それが大変が故かは知らないけど、マリッジブルーとか言って、精神を病んで結婚自体を止める人が出たりするんだよね。

まあ、それ位大変って話なんだけど。」


俺が説明すると、アケミさんがややキレ気味に反論してきた。


「わ、私はそれ如きには負けませんよ? 止めませんからね? 実際の所、式なんてどうでも良いんです!! 住む所だって。

ここでこのテント暮らしでも贅沢なぐらいです。 一緒に居られる事が重要なんです!」


どうやら、余計な事を言ってしまったらしい。




オヤジ、お袋! 俺、もう一度幸せになれる様に頑張ってみるよ!

アケミさんのお義父さん、お義母さん、アケミさんと一緒に歩むこれからの人生、見守って下さい。


俺は心の中から天国の4人に向かい誓うのであった。

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