第283話 出陣の時

「ねえ、アケミさん、どうせだから、ここで2日ぐらいユックリして行かない?」


午後4時を過ぎた頃、思い立って提案してみると、


「そうですねぇ、ここで2人の時間を過ごすのも良いですね。」

と顔を真っ赤にしながら小声で応えるアケミさん。


そんなアケミさんの反応に焦りつつ、「そう言うつもりでは……」と口にしそうになったが、思い止まったのだった。


ステファン君に連絡し、2日程ユックリ廻るからと伝えて連絡を切った。


再び訪れる静寂……


「あ、アケミさん、一緒に夕食でも何か作ろうか?」


「そ、そうでしゅね!」


「な、何を作ろっかなぁ? 何が食べたい? 出来れば、お刺身とかイメルダ料理が良いなぁ。 あ! 季節も良い頃合いだし、お、おでんも良いなぁ!」


「あ、ああ、そうでしゅね、お、おでん、作りましょうか。」


等ともどかしい空気を払拭する様に2人でキッチンへと向かうのであった。


2人で黙々とおでんの大根を剥いたり切ったり、コンニャクに格子状の刻みを入れたり、つみれを作ったりと下準備をする。


練り物は、マーラックで仕入れた出来合の物の他に、さつま揚げも独自で作ってみた。




「何か、いつもの癖で、作り過ぎちゃいましたね。」


「そうだね。 ハハハ。 まあ、作りすぎてもみんなへのお土産にすれば良いし、大丈夫だよ。」


「そ、そうですよね? ウフフ。 でも何かこうして、ケンジさんと2人で作ってると、それだけで楽しいです。」


「そうだね。 ちょっと妙に緊張しているけど、何時しか、これが普通になる日が来るんだよね? これからも宜しくお願いします。」


「こ、こちらこそ!! ふ、不束者ですが、末永くお願いします。」


と頭を下げ合う2人であった。



そして、夕方になり、おでんも良い具合に味が染み込んだ頃合いである。

アケミさんは、更に魚を捌いて、お刺身の盛り合わせも作ってくれた。

ランドフィッシュ村のオジサンの海鮮汁もお椀に用意し、炊きたてのご飯を茶碗によそって、二人揃って頂きますをした。


さて、待望のおでんだが、味の浸みた大根が美味しい、熱々のコンニャク美味しいんだけど、少し口の中を火傷してしまって、ライト・ヒールを掛けつつハフハフと食べる。

卵も良い感じに味が浸みていて堪らない。


「アケミさん、美味しいよ!」


今度はお刺身を頂く。


「お! 大根で刺身のツマまで作ってくれたんだね?」


「ええ、妻だけに!」

と顔を真っ赤にしながら、言っていた。

フフフ、珍しい、アケミさんのオヤジギャグである。 何か滅多に見られない物を見てしまった。



2人の楽しい夕食が終わり、コーヒータイムとなった。

俺は、アケミさんに取って置きの一品を出してみた。


「ケンジさん、これは?」


「これはね、アケミさんが栗が好きって言ってたから作ってみたんだ。

栗ベースのクリームをつかった、モンブランって言う、栗のケーキだよ。 そんなに強烈には甘くしてないけど、食べてみてくれる?」


「まぁ! 私の為に!? ありがとうございます!! アケミは幸せ者です!!」

と満面の笑みでフォークを手に持ち、ソーッと崩さぬ様に慎重にフォークで一口分を切り分け、口に運んで行く。


「ああ、美味しいです! 初めて食べる味です。 これは美味しいです!!」


どうやら気に入ってくれたらしい。


まあ、俺は甘栗は好きなんだけど、モンブランはそれ程でも無い。

昔、お袋がモンブランが大好きで、お袋の誕生日にお小遣いで買ってプレゼントしてたけど、大人になってもモンブランはそれ程好きにはなれなかったから、余り善し悪しが分からない。


『アケミさんの為に』とは言ったけど、実際は店舗のデザートの新メニューを考えた時に、アケミさんが栗が好きだと聞いて、お袋のモンブラン好きを思い出して、作ってみたんだよね。

だから100%アケミさんの為だけではないんだけどね。 内緒内緒。




デザートタイムも終わり、いよいよお風呂の時間となった。


「さて、そろそろ、お風呂に入るか。」

と何気無い気持ちで呟いたのだが、アケミさんの反応に度肝を抜かれた。


「じゃあ、今日から、お風呂は一緒ですね!? ウフフ。 何か照れますねぇ。」

と顔を真っ赤にするアケミさん。


「え!? そ、そうなの?」


「ええ、そうですよ?」


「え? それが普通なの?」


「ええ。」


マジかぁ……。 それはそれで恥ずかしいというか、イキナリだな。

いや、そもそも婚約だよね? えええーー? 婚約中でもそう言うイベントは有りなんでしょうか?

アケミさん曰く、それがこの世界の常識らしいんだが、そう言われると、俺も反論出来ないしなぁ。


「わ、私と一緒じゃ、お嫌ですか?」

俺が焦っているものだから、アケミさんが気にして聞いて来た。


「いや、そんな事は、な、無いよ! ああ、う、嬉しいなぁ…… ハハハ」


大丈夫なのか? 俺!? 何かトントン拍子に流されている気がするけど、大丈夫なのか?

でも、ここで拒絶するのも何か拙い気がするし、度胸を決めるしかないのか? あれ? そう考えたら、俺、女性とお風呂に入るのって、お袋と小さい頃に入って以来、初めてなんじゃね?


わ、わぁーーー、どうしよう!? 何か滅茶滅茶緊張して来たぞ?


いや、ふ、普通の事だから、ご、『郷に入っては郷に従え』って言うしなぁ……。


心の中では、大混乱中であったが、何とか平然を装いつつ、風呂場へと向かおうとしたら、アケミさんに呼び止められた。


「あ! ケンジさん!! あ、あのぉ~、こ、こう言う場合、じょ、女性が先に入って準備するんです! だ、だから10分ぐらいして声を掛けますので、少しだけお待ち下さいね?」

と真っ赤な顔でお願いされた。


「あ、ああ、そうなんだね? 判ったよ。 じゃあ、大人しく待ってるね。」


ソファーに座り直して、もう1杯、コーヒーを出したのだが、緊張で一部を除き身体中がガチガチである。


妙に喉が渇く。


「そ、そうだ! マインド・ヒール!」

ボワンと身体が光り、マインド・ヒールが発動したが、全然効かない。 直ぐにガチガチに緊張する。


「ダメじゃん、マインド・ヒール……」

思わず、マインド・ヒールに突っ込みを入れるのであった。




「ケンジさーーん! どうぞっ!!」

とお風呂場からアケミさんの声がした。


俺は、両手で挟む様に両方の頬をピシャリと叩き、気合いを入れた。


「いざ、出陣だ!」

と自分に号令を掛けるのだが、情けない事に最初の1歩がなかなか踏み出せない。


心と身体で葛藤を繰り返していると、再度お風呂場から、「ケンジさーーん!」とアケミさんの声がする。


「ああ、判ったーー! 今行くよー!」

と返事をして、やっと1歩目を踏み出す事が出来たのであった。

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