第270話 地獄の収穫祭

舐めていた訳ではないけど、ヤバ過ぎた。


収穫祭が俺のスピーチと花火魔法を合図に華々しくスタートした。


俺達は早速スタンバイしている屋台へと移動し、お手伝いのスタッフ6名と共に開店準備を済ませた。

鉄板を温め、油を馴染ませ、俺が焼きそばを焼き始めるとジュージューという音と共に良い匂いが辺りに漂う。

アケミさんは横で8枚ずつお好み焼きを焼き始めている。


初めて見る焼きそば、お好み焼き、アメリカンドッグに収穫祭にやって来たお客さんの目は釘付けである。

一回目が出来上がる頃には、既に屋台に行列が出来ていた。

そして、初めて食べるこの3つのメニューを食べた人達が、美味い美味いと連発するものだから、物珍しさと相まってドンドンと行列が伸びて行く。


昨日1日掛けてストックしてある分を売り捌きながら、全開で作っているのだが、全く需要に供給が追いつかないのである。


こうなると、もう地獄の耐久戦である。


伸びて行く行列にアケミさんも苦笑いしている。

最初は屋台の後ろで美味しげに焼きそばやお好み焼きを食べていたリックとサチちゃんも、今は売り子でお手伝いしてくれているのだが、昼前になると昼食用に買おうとする人達が更に増え、更に状況が悪化してしまった。


「や、ヤバいね。 そっちは大丈夫?」


「何とか交代して焼いているので、持ち堪えてますが、正直厳しいです!!」

とアケミさん側も悲鳴を上げている。


俺自身は交代無しで焼きそばを作り続けているのだが、一旦交代して貰う事にし、その隙にヘルプ要員を確保すべく連絡を取り、焼きそばとお好み焼きを焼く簡易キッチンを出す事にしたのだった。


15分程でヘルプ要員が到着し、目の前に出来ている長蛇の列に顔色を青くしていた。


「えらく人が並んでいるなぁとおもったら、ケンジ様が原因だったとは……」

どうやら、こっちに向かう最中、既に嫌な予感がしていたらしい。



ヘルプ要員8名の参加でやっと朝から働き詰めだった俺達も順番に休憩を挟む事が出来る様になり、その間に食事やトイレを済ませる。


ちなみに、うちの住民達は、実にマナーが良い。

順番待ちの列に横入りしたり、ゴミを散らかしたり、其処らで用を足す様な者が居ない。

まあ、そう言う風にルールを決め、公共のゴミ箱や公衆トイレを設置したお陰でもあるのだが、余所の都市に行くと、その民度の差は歴然である。

このドリーム・シティのオープン式典に来てくれた魔王国以外の重鎮達は、その違いに大変驚いて衝撃を受けて帰っていったぐらいであった。



閉店予定は午後3時を予定していたのだが、お客さんの列が切れず、強引に最終のお客さんを決め、やっと午後4時過ぎに閉店出来たのであった。

参加者18名全員で材料費等を除いた利益を山分けにしたのだが、その日給に驚いていた。


「け、ケンジ様、こんなに頂いて宜しいのでしょうか?」

と分け前の大銀貨1枚と銀貨8枚(日本円換算で約18万円ぐらい)を手にしてプルプルと震えている。


「勿論。完全に経費を抜いて利益を全員で均等割した分だから、遠慮無く堂々と受け取って欲しい。」


「「「「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」」」」

俺の説明に納得した全員が声を揃えていたのだった。



そう、屋台と言えば、別荘のある都市で、孤児達と屋台をやっている数カ所から、お好み焼きと焼きそば、それにアメリカンドッグの屋台もやりたいと打診を受けたので、後日増産して送る事になった。

作り方に関しては、屋台完成時に、今日ヘルプに入ってくれた人達が持ち回りで教育係をしてくれる事に決まった。


そうそう、心配したコナンさんだが、屋台で爆買い&食い倒れにはなっていない。

一時期は、「きっとコナンさんの胃袋は異次元空間に接続しているに違いない」と真剣に思っていた程だったのだが、あの寝込んでいた3日間の後、胃が小さくなった様で、普通にコルトガさんと同レベルの食欲に落ち着いている。


収穫祭が終わってみたら、コナンさんが元の体型に戻ったりしてたら!? と少し心配していただけに、ホッとした。



流石に収穫祭で頑張りすぎたので、2日程マッタリ過ごす事にし、温泉に浸かったり、リックやサチちゃんと遊んだり、アケミさんと買い物に出掛けたりして過ごした。



秋が深くなると、新しくなった俺の部屋のバルコニーから眺める魔宮の森の紅葉が素晴らしい。

特に夕暮れ時になると、夕日に照らされ、より赤く染まる紅葉は、確実に元の世界でも絶景と賞賛されるだろう。

こんな贅沢な景色を心静かに眺められる様になるとは、前世で死ぬ間際の俺には思いも寄らなかった。

もし、俺が前世の記憶無く、この境遇に生まれ育ち、この風景を眺めているとしたら、きっとこの風景を眺められる境遇の幸せを噛み締める事は出来なかったのでは無いだろうか?

そう思うと、前世の辛い思い出も、無駄では無かったのかも知れないな……。

また、そう言う考え方が出来る様になった自分が居る事にも驚いてしまうのだがな。


部屋のドアがノックされ、アケミさんがやって来た。


「エヘヘ、今日の買い物で買って頂いたお洋服、着てみました。」

と嬉し気にクルリとその場で一回転して見せるアケミさん。


「うん、とても似合ってるね。 カメラがあれば、写真を撮りたいぐらいだよ。」

思わずそう口走ったのだが、


「かめら? しゃしん?」と首を傾げるアケミさん。


「あ! ああ、まだ構想段階なんだけどね、カメラって言うのは、その瞬間の風景や人物の映像を記録しておく魔道具かな。

写真とは、その映像を紙にリアルな絵にした物だよ。」

と苦し紛れに説明した。


「へぇー、それは凄いですね! 出来そうなんですか?」


そう聞かれて、改めて頭の中で構造を考えてみる。

前回フルカラーのチラシを作る際、魔力的に映像を再現して印刷したのだが、あれの応用で記録媒体に魔力変換して保存出来れば……出来そうだな。


「うん、多分出来ると思うんだよね。」


「わぁ~、是非それは欲しいですね! そうすれば、今のケンジさんやリック君やサチちゃんも成長の過程を記録出来るんですよね? 良いなぁ~。 是非作って欲しいです!」


そうだな。 確かに。 折角の第二の人生だし、色々と良い記録を残して置きたいな。


「よし! ここは一つ頑張ってみようかね。 フフフ、楽しみだね。」


「ええ、是非!! わぁ~楽しみだなぁ。」


アケミさんとバルコニーで紅茶を飲みながら、秋の夕暮れ時を過ごすのであった。

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