第181話 ジェイク・フォン・サウザンド男爵
さて、翌朝である。
本日、ここの領主様へ面会を申込みに行く事になり、取りあえずコルトガさんとアケミさんが先陣?いや、先触れって言うんだっけ?をやってくれる事になっているんだけど、俺は朝から気が重い。
よくよく考えると、うちの拠点ってそう言う商業的な交渉事の才覚のある人材が不足している気がする。
普通は番頭的な人が行うのだろうけど、パッと頭に浮かぶ名前が出て来ないのである。
ステファン君は内政的な事に関しては実に良くやってくれているけが、対外的な交渉事には若さ故に海千山千の連中にマンマとヤラれそうであるし、コナンさんはコミュ障が悪化しそうだし。
コルトガさんは、物理的な交渉以外はヤバい香りがしてるし。
という事で消去法で考えると、俺が出向くしか無いという訳である。
俺だよ? 俺。 俺がそんな交渉事とかに不向きなのは俺が一番良く知っている。
これでもマシになった物だと自分で感心するぐらいだが、全然ダメダメなのだ。
という訳で、既に気が重いよりという、胃が痛い。 困ったものだ。
40分ぐらいで遣いに行った2名が返事を持って戻って来た。
回答は、何時でもカモン! って事で、早ければ早い程良いよという事だった。
「やけにフットワークが軽いというか、それだけ切羽詰まっているのかも知れないな。」
「そうですね。本当に驚きの即答でした。」
とアケミさん。
「門番の兵から聞いたのですが、こちらの領主様は、まだお若いそうでござった。23歳ぐらいとか。
実に気さくで、柔軟な頭の持ち主という印象でござった。」
とコルトガさんも情報収集結果を教えてくれた。
まあ、歳も近い(こちらでの年齢的にはだけど)し、腹を括って一張羅を着込み、訪問用の馬車で出発したのであった。
「うぅ……胃が痛いよーー」
「あらあら、大丈夫ですよ? 痛いの痛いの飛んで行けーーー!」
とアケミさんが笑いながら茶化してくる。
こっちは至って真剣なんだがな。
領主館の門に到着すると、そのまま顔パスで領主館の玄関まで通されたのだった。
玄関には待ち構えていた初老の執事が出迎えてくれて、そのまま直ぐに応接室へと通されたのであった。
通常、貴族に招かれた場合、目下の我々が行くと必ず多少は待たされるのである。
確かに予定が押していて、待たせる事もあるだろうが、実際には上下関係をハッキリさせる意図で待たされるのである。
『俺はお前を待たせる事が出来る立場だぞ!』という事を相手に印象付ける意味があるらしい。(By ガバスさん)
だが、驚く事にここの領主は、数十秒でやって来て、気さくな笑顔で握手を求めて来たのだった。
「やあ、初めましてだな? 私はジェイク・フォン・サウザンド男爵……いや、元男爵というべきか。ハハハハ。」
「初めまして、私は冒険者のケンジと申しまして、クーデリアのドワースを一応拠点にしております。
また、スギタ商会という商会の会長もやっておりまして、本日はそのスギタ商会の立場でこちらにやって参りました。」
俺が立場を説明すると、
「ほぉー、つまり何か商会として我々に提案か何かがあるという事かな?」
とニヤリと笑った。
「ご察しの通りです。
私は、元々商人でも無く、交渉事や腹芸が出来る様な人間ではないので、率直に申しますが、当初はこちらの領には関わる気が無く、直ぐにそのまま旅立つ予定でおりました。
しかし、昨日商業ギルドに確認したところ、こちらでは農作物が不足していて、小麦等はかなり悲惨な状態なのを領主様の方で補填して住民に出しておられるという話を聞きました。
私はそれに感銘を受け、何かお手伝いと言いますか、お取引が出来ないか?と思いましてこちらにも拠点を入手して本日参りました。
私には、こちらの領にお回し出来る余剰の農作物等を持っており、独自の流通網も持っております。
なので、こちらで獲れる海産物や塩を適正価格で購入し、こちらの持つ農作物を適正価格で販売出来るWinWinの関係を築けるのではないか?と思いまして。」
「何と!売るだけでなく、こちらの特産品を購入してくれるのか!」
と喜ぶジェイクさん。フフフ、この方もどうやら腹芸が出来るタイプではないらしい。
「ええ、小麦等はこちらはハッキリ言って高いですよね? ここの市価は他の国の都市の約2倍の金額じゃないですか。
領主様が補填されていて、その価格という事は、実際は凄い金額で仕入れされてますよね?
私の方では、幾つか条件を飲んで頂けるのであれば、現在の市価の1/4に近い価格で領主様に卸す事が可能です。
野菜等も同様に適正価格でお出し出来ます。」
というと、前のめりになり条件を聞いて来た。
「条件は簡単な物で、まずは出所や流通網に関する詮索を一切しない事。
更にこちらで指定した海産物を当方に売って頂く事です。これは現在こちらの領では採取されてない物を含みます。
当方の調査では、こちらの海辺ではかなりの量があるのに、放置されている様子なので、勿体無いなと思いましてね。」
「ふぅ~、何だそんな事か。どんな無茶な条件を言われるのかと、ヒヤヒヤしてしまったぞ。ハッハッハ。」
「ハハハ、人の弱みに付け込んで無茶言える程の度胸は無いですから。
先程も申した様に、一人勝ちではなく、WinWinな関係を望んでます。
当方が欲しいと思うこちらの海産物は主に5品目です。
塩、鰯や海藻等、但しこちらの皆さんの分まで取る気はないので、そこら辺は調節しながらという事で。
後はこちらの方達は全く見向きもしていない物なのですが、岩場等に生息している、ウニと言いまして、トゲトゲの毬栗の様な生物ですね。
あと岩場には波で打ち付けられた岩海苔が沢山張り付いている様なので、その岩海苔が欲しいです。
他にもお薦めあれば、是非欲しいです。勿論適正価格で。」
「ほー、何だそのウニや岩海苔ってのは? そんなのを何に使うのか聞いても良いだろうか?」
と興味津々のご様子。
「ハハハ、何にって、食べるに決まっているじゃないですか。 とても美味しいんですよ?
まあ、岩海苔の方は一工夫必要ですが、でも美味しいんですよ。
岩海苔の方は、イメルダ料理とかでも使ったりしてますが、こちらの方では食べないみたいですね。
実に勿体無い。
街の住民に新しい仕事も増えるし、こちらとしてもメリットはあると思います。
如何でしょうか?」
「いや、ありがとう。本当にありがとう。是非宜しくお願いするよ。」
とガッと手を取られ、握手して来たのだった。
この後、
「ところで、ケンジ殿、俺の名はジェイクだ。国自体が無くなった今、貴族等の立場は無くなった物だし、名前で気軽に呼んでくれないか?
俺もその方が楽だし、無理に丁寧な言葉遣いは不要だよ。」
と言って来た。
「判りました。では、ジェイクさんとお呼びして宜しいでしょうか? 殿は何か使い慣れないですし、私もケンジだけで結構ですから。」
「ハハハ、じゃあお互いにジェイクとケンジで呼び捨てにしようか。見たところ、歳も近い様だしな。宜しくケンジ。」
「ハハハ、よ、呼び捨てですか。結構ドキドキします。えっと、ジェイクさ、ジェイク、宜しく。」
と言いながら照れる健二であった。
まあ、スタッフでさえ、『さん』付けで呼んで居る訳だからね。
最初こそ、緊張したものの、これ以降は慣れてきて、旅の話や食べ物の話をして、昼食をご馳走になってから別荘に戻って来るのであった。
「ふぅ~、何とか交渉が成立したよ。 みんなお疲れ様。」
「ケンジさんこそ、お疲れ様でした。」
とアケミさんに言われ、ソファーに沈み込んでホッとするのであった。
ソファーに座った後、サチちゃんが「おちゅかれしゃまー」と言いながら、ソファーと俺の背中の隙間に身体をねじ込んで、肩をトントンと叩いてくれた。
何とも言えないホノボノとした至福の時間だった。
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