第173話 鬼軍曹の手腕
鬼軍曹たっての願いで、結局出発を1週間延ばす事になり、その間も物資の買い出し等や、久々に冒険者ギルドの依頼等で時間を潰しつつ過ごした。
せっかくの機会だったので、ナスターシャさんをレベリングに誘い出し、1日目でレベル35まで一気に上げ、2日空けた後、2日目のレベリングで45まで頑張ってあげてみた。
ナスターシャさんはあまりに効率良くレベルが上がるので、終始驚きまくっていたが、レベルアップに伴い、弱点であったMPが上がって最終的に大喜びしていた。
更にお土産に魔物の肉を大量に持ち帰って子供らも大喜びだったらしい。
まあ、実際のところ、シスターであるナスターシャさんが一番使うであろう魔法は聖魔法である。
これの熟練度を上げれば、上級魔法のエリア系のヒールも使い放題(魔力さえ伴えば)という訳である。
前回の伝染病騒ぎの際、余りにも役に立たなかったと、自分で自分を責めていたらしく、魔力量が増えた事は、本当に嬉しいらしい。
俺としても長い間約束が果たせなかった事が心苦しかったので、ホッとしたのであった。
◇◇◇◇
そして、1週間が過ぎ、明日出発となった頃には、軍事教練……もとい、剣術の扱きをクリアした子供らは、一端の冒険者の顔になっていた。
「凄いな。変われば変わる物だな。」
1週間前とは既に目つきというか、目に宿る魂の炎が違うのである。
この結果を見ると、流石は剣聖としか言えないな。
総当たりの模擬戦をやっているのだが、とても駆け出しの冒険者のそれではない。
何よりも剣の一振り一振りに、殺気というか、実戦さながらの気迫が籠もっているのだ。
そして、聞こえないが、何やらブツブツと自身を奮い立たせる呪文の様な物を呟いている。
「(生き残るんだ! 敵は殲滅するんだ!)」
「(逃げちゃ駄目だ! 逃げちゃ駄目だ! 殲滅あるのみだ!)」
「(ヤラなきゃ、ヤラれる! ヤルんだ! 殲滅だ!)」
そして、1時間程の最後の模擬戦が終わった。
「良いか、お前ら、お前らは今日で便所のウジ虫から、立派な一流のハエに生まれ変わるんだ!
敵はどうする?」
「斬り殺します! サー・イエス・サー!」
「仲間はどうする?」
「「「救います! サー・イエス・サー!」」」
「敵の攻撃は?」
「「「叩き斬る! サー・イエス・サー!」」」
「敵の魔法は?」
「「「叩き斬る! サー・イエス・サー!」」」
「主君に仇する敵は?」
「「「叩き潰す! サー・イエス・サー!」」」
「敵の軍隊は?」
「「「ひねり潰す! サー・イエス・サー!」」」
「主君には?」
「「「絶対の忠誠を!」」」
「エーリュシオンには?」
「「「繁栄を!」」」
「お前らは?」
「「「我らは仲間であり、エーリュシオンを守る兵士です。 サー・イエス・サー!」」」
「ケンジ様万歳! エーリュシオン万歳!」
「「「ケンジ様万歳! エーリュシオン万歳!」」」
「「「ケンジ様万歳! エーリュシオン万歳!」」」
「「「ケンジ様万歳! エーリュシオン万歳!」」」
あー……一瞬でも感動した俺がバカだった。
「ちょっ! 何洗脳しちゃっているの?
要らないから、そう言う忠誠要らないから!!
兎に角、君らは安全に注意して、決して軽々しく死なない様に!
良いか? 絶対に命を粗末にしちゃ駄目だ! 自分も仲間も!
これが俺からの願いだ!」
「「「サー・イエス・サー!」」」
声を揃え、片腕を胸に水平に置き、跪く少年3人を目の前にし、思わず絶句してしまったのだった。
後で、タンマリとコルトガさんを叱っておいたが、コルトガさん曰く、
「主君、あれぐらいで丁度良いのですよ。 これでこの先、奢らず油断しません故に。
どうです? 目の色が変わっておったでありましょう? あの目なら死にませぬ。
それに最後に主君が命じてくださったので、絶対に死にませんぞ?」
とニヤリと笑いながら返して来た。
うーん、そんな物なんだろうか?
まあ、俺は素人だから、そこら辺はもしかするとそうなのかもな……。
なんか、モヤッとするけどな。
まあ、そう言う一幕もあったのだが、夕食は最後の晩という事で、孤児院の子供らや司教様、シスター達もを庭に呼んで盛大なBBQを行った。
何処かで聞き付けたらしい、ガバスさん一家と、ジェイドさんも駆けつけ、おじさん連中はコルトガさんらと盛り上がっていた。
司教様やシスター達も、卒業した子らが元気に逞しくなっている事に大変驚いていた。
何度もお礼を言われたのだが、その過程を知っているだけに、非常に心苦しい想いをしたのだった。
最後に司教様から呼ばれ、
「ちょっとだけ内密なお話があるのですが。」
「じゃあ、あちらの方で伺いましょう。」
と屋敷の中の会議室へとお通しし、俺のブレンドしたフルティーフレーバーの紅茶を飲みながら話を聞いた。
「今からお話する事は、私の胸の内だけに留めておりますので、ご安心下さい。」
と前置きしつつ、紅茶を一口飲んで、「おや、これはまた絶品ですね。」と呟きながら話し始めた。
まあ、簡単に言うと、前回女神様以外の神様の話を聞いた際に、俺が言った『神殿本部の鐘が鳴った話』や『祭壇の通路のライトアップの話』に纏わる『常識』であった。
曰く、通常、何も無いのに鐘を鳴らす事は無い事。鳴らす際は、何方か徳の高い聖人様や聖女様等をお迎えする際にのみ10秒ぐらい鳴らすらしい。
しかし、今回俺の時の様に、何分間も鳴らす事などあり得ないそうであった。
更に、あり得ない事態と考えられるのは、通常ライトアップの様な演出なんか、厳正なる神殿本部で行う訳が無いらしい。
驚く事に、あの鐘を鳴らすのに、最低でも10人近い人力でロープを引っ張る事になるので、かなりの重労働で、流石に神殿に属する聖騎士でさえ、そんなに何分間も耐えられないという話であった。
「つまり、それらを総合すると、それは女神様からの歓迎の意味があったのでは無いでしょうか?
ケンジ様が仰った様に、その騒ぎで翌日、神殿本部が上を下への大騒ぎになって居た為に、通常ではあり得ない事ですが、参拝者を放置する結果になったのでは無いかと考えました。
よって導き出される答えは、ケンジ様、あなたは女神様の御使い様ですね? いえ、無理にお答えになる必要はございません。
ただ、それをケンジ様がお隠しになってらっしゃるのであれば、私も同様に知らぬ振りを致しますので。」
と締め括ったのだった。
マジかぁ。あの鐘…… そう言う意味だったのか。
「つ、つまり、という事は、あの神殿本部を訪れた際のエピソードは余り人に言うべきでは無い話という解釈で合ってますね?」
と聞くと、静かに頷いていた。
そうなのか――
「えっと、まず始めに、御使い様では無いと思いますし、女神様にお逢いした事も、何かの使命を受けても居ません。
ただ、気が付くと、少年の姿で魔絶の崖の更に奥深くの森の中に横たわって居たのです。
なので、私には、この世界の知識が何もありませんでした。
しかし、女神様のお陰で、こうしてドワースの街まで辿り着き、生き延びる事が出来たのも事実です。
だからこそ、神殿へ、そして同じく両親の居ない孤児達には助力して行きたいと考えているのです。
最後にどうか、この事はご内密にお願い致します。」
と頭を下げたのであった。
「なるほど、やはりそうなのですね。多分ケンジ様がやりたい様にやる事が女神様のご意志なのだと思います。
もし、神殿本部にケンジ様の存在が知れ渡ると、確実に動きにくくなると思われます。
神殿本部だけで無く、各国の王宮も動き出すやも知れません。 ご安心下さい。 決して漏らす事はありません。勿論シスターにもです。」
と深々と司教様が頭を下げて来たのであった。
ドワースの司教様がこの方で本当に良かったよ。
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