第172話 鬼軍曹
会議の後、コルトガさんは孤児院を卒業した少年らに剣の稽古をつけてやる約束をしたとかで、早々に去り、コナンさんは残った。
「コナンさん、昨日着替えは結局買えたの?」
と聞いてみると。
またハッとした表情で目線を逸らした。
「か、買う気はあったんだな。本当なんだな。だな。
でも、さ、サイズが無くて……だな。」
と。
マジか。吊るしの服は無理なのか!
俺はコナンさんの肩をソッとトントンと叩き、
「ダイエットするか……」
と呟いた。
すると、急に驚いた様な――まるで虐殺者を見る様な目で俺を見ている。
口がパクパクと酸欠状態の金魚の様に開いては閉じ開いては閉じを繰り返し、言葉が出て来ない様だ。
えーー、そこまでなの? 逆に俺の方が驚きだよ!! 屠殺場に送られる豚さんじゃないんだから。
思わず苦笑してしまうのだった。
「まあ、じゃあ拠点の方で服は作って貰う事として、旅に向けて取りあえず救援物資用の食料とかを買い出しに行くかな。」
すると現金な者で、パーッと明るい顔をして、
「お、美味しい所、み、見つけて置いたんだな!」
と自慢気であった。 いや、食い物屋ではなく、あくまで買うのは食料品だからな?
「ああ、ところでさっきの常設型のゲートだけど、何か参考になる文献とか必要素材とかってしってたりする?」
と常設型ゲートの事を聞いて見たら、
「うーーん、お、お伽噺の中には『転移門』って名前で出て来るんだな。だな。 ただ素材とか方法は皆無なんだな。」
つまり、発想自体は昔からあったか、もしくはロストテクノロジーとなったかだな。
「転移門か考え方次第では、床に刻む感じでも良いのか。まるでスター○レックみたいだな。
こうなったら、俺の持つSF知識を総動員してイメージを試すかな――」
街に出掛け様と庭を通過していたら、そこには鬼が居た。
ビリー隊長よりというは、ハートマン軍曹であった。
庭に横たわる死屍累々の屍と化した子供達……。
その屍に嬉々として罵声を浴びせるコルトガさん。
いやまあ、息はしてるけどね。なんかちょっとの時間で既にボロボロですよ。
「わぁーー、な、何やっちゃってるの? 手加減をしなきゃ!!」
と慌ててコルトガさんに詰め寄ったのだが、
「ダメです、主君。此奴らの事が可愛いのであれば、敢えて崖から突き落とし、必死で自力で登って来させ、そこを突き落としてこそですぞ!
そして、そこから再度立ち上がる事を学ばねばならんのです。生きる事、生き残る事への執着心と不屈の精神を学べば、生き残る確率が上がるのですぞ!
ここは彼らの為にも、グッと堪え心を鬼にするのでござる。」
と据わった目で諭されたのだった。
そ、そうなのか。俺は甘すぎて、逆に優しい虐待という奴だったのだろうか?
ここは、見て見ぬ振りをするのがベターなんだろうか?
過ぎたる優しさは人を弱くする……か。
ふむ。
「あ、ああ、そ、そうなのね。うん、じゃあ、ちゃんと死なない程度にしてやってね?」
そう言いながら振り返ると、アケミさんはドン引きの真っ最中で、コナンさんは苦笑いしていた。
「大丈夫ですぞ! 主君。そこら辺のギリギリの匙加減は、某の最も得意とするところ故に。」
と悪い笑みを浮かべていた。 いや、その笑み、本当に怖いからね?
俺は、少年らの健闘を祈りつつ、ソーッとその場からフェードアウトして市場を目指すのだった。
メインストリートに出て、ピョン吉達のお薦めの屋台で買い食いをしながら移動していたのだが、行く屋台行く屋台で、コナンさんが顔になっていた。
「お!昨日のあんちゃんじゃねーか。 ああ、なるほど、モフモフマスターの縁者か! 道理でなぁ。
今日も沢山買ってくれるのか?」
とコナンさんに微笑みかけている。
それも一軒や二軒ではない。行く店行く店全て、パーフェクトにである。
何やっちゃってるの? この人は……。
しかも、いつの間にか俺、モフモフマスターとか呼ばれちゃっているし。
それに、『道理でなぁ』って反応にも、納得いかないのだが? 何処に同じ様な要素が? と。
「コナンさん、あんたどんだけ1日で顔パスになってるの? どんな事をしたらここまで?」
と聞いたのだが、プィッと目を逸らし教えてくれなかった。
俺も怖いので、深追いせずにソッと心の中の疑問箱の蓋を閉じたのだった。
市場で小麦粉等を中心に救援物資で放出した分を多少補充した。
と言っても、一気に補充すると、品不足になるので、あくまで一部を補充というレベルである。
これから行く場所では、恐らくかなり困窮している場所な訳で、場合によっては救う可能性もあるからなのだが、どうなる事やら。
昼前には買い出しも終了し、冒険者ギルドに情報を貰いに行く事にしたのだが、コナンさんは先に戻るとの事で、俺とアケミさんとピョン吉とコロで向かう事となった。
冒険者ギルドに入ると、昨日はノーアクションだった受付嬢が、満面の笑みで出迎えてくれた。
どうやら、サンダーさんとロジャーさんから通達があった様だな。
「い、いらっしゃいませ、ケンジ様、アケミ様」
とヤケに丁寧である。
アケミさんは昨日の態度を知って居るだけに、冷めた目で見ていたけどね。
こうも露骨に態度を換えられると怖いよね。
「どうも。昨日頼んでおいた情報を貰いに来たのですが、どうなってますかね?」
俺が受付嬢の1人に尋ねると、
「ああ、承っております。少々お待ち下さい。」
と奥へ消えて行き、1分ぐらいで戻って来た。
「どうぞ、こちらの方へ」
と先導されて応接室へと通されたのであった。
暫くすると、ステファニーさんが紙を片手にやって来た。
「こんにちは。ちゃんと纏めて置いたわよ。
もう、大変だったんだから。」
とステファニーさんがボヤ気ながら前のソファーに座った。
「ああ、すみませんね、お手数をお掛けしてしまって。」
「フフフ、良いのよ? まあこれもお仕事ですから。」
貰った資料を読んでみると、まずタンク・カウは結構な目撃数があった。
極最近の目撃情報では、ここから北西に100km程行った草原に約150頭の群が居たという2ヵ月前の話があった。
ほほぅ。これは結構近いな。うちの拠点からだと更に近いんじゃないかな?
「この北西の草原って、結構広い場所なんですか?」
「ああ、あそこは、広いわよー。ドワースというかそもそも国外になっちゃうけどね。
どこの国にも属してないわね。」
「へー、空白地帯って奴ですかね?何か理由があるんですか?」
「え? あ、そうか君は余り知らないんだっけ? えっとね、その手前にデカい渓谷があるのよね。
通称、『竜の墓場」という名前なんだけど、聞いた事ない?
そこはなんかねぇ、卵の腐った様な匂いとかしてて、絶えず煙り?が出たり、時々黄色い粉が舞い散ったりするのよね。」
ほほーー! それはまた面白い。
黄色いのも匂いも、恐らく硫黄だよな? なるほど。
じゃあ、煙って湯気なのかな? もしそうなら温泉もありそうだよね。
「なるほど、面白い情報ですね。 勿体無いなぁ。フフフ」
俺は思わず満面の笑みを浮かべてしまう。
そして、資料を読み進めると、アンゴラ・シープの情報は3年前の古い物で、約300km程離れた山岳地帯、ゴールデン・シープの目撃情報は無しだった。
やっぱり、そうそうお目には掛かれないよなぁ。
「やっぱりゴールデン・シープとかそうそう居ませんよね?」
と聞いてみると、
「ええ、かなりレア入ってますからねぇ。」
と頷いていた。
して、次のページのウーコッコーだが、10年前の物で、噂程度の物だった。
但し、方向としては、同様に北西方面である。
なるほど。
「色々ありがとうございました。お陰様で有意義な情報を頂けました。
これ、少ないですが、美味しい物でも食べて英気を養って下さい。」
とチップを渡したら、喜んで受け取ってくれた。
そして、「お心遣いありがとうございます。また何かあれば、是非お声をお掛け下さいね。」と満面の笑みで応えてくれたのだった。
さあ、取りあえず、行く方向は決まったな。
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