第161話 レッツ イメチェン!

些か料理に熱い想いを抱く俺にとっては不本意な天岩戸のご開帳だった訳だが、風呂から上がってミルクを飲みながら聞いたところ、それは杞憂であった。

ちゃんと効いていたのだ! というかやせ我慢に我慢を重ねた状態だったらしいのだ。

「が、我慢のし過ぎで、身が痩せる想いだったんだな。だな。 あ、あの凄い料理は、一体全体、ど、何処の料理なんだな?

こ、こうなったら、僕にも食べさせるべきなんだな!だな!!」

と強くお願いされた。


フッフッフ。 そうかそうか。


という事で、今晩の夕食に招待する事になった。

流石にこの髪の毛のままだと、食い辛いだろうし、見苦しいって事で、早速サクッと切って貰う事にした。


え? 俺? 俺は無理だよ。人様の髪の毛なんて。


「という事で、どうだろう? 取りあえず、コルトガさんかアケミさん、お願いしますね。」


「え!? わ、私ですか? 私、自分の髪の毛の毛先ぐらいしか切った事ないんですが? えー、大丈夫かな? 何か耳とか切っちゃいそうで怖いんですけど、良いですか?」

と青い顔のアケミさん。しかもハサミを持つ手が震えている。


「だ、ダメなんだな! 耳は切っちゃダメなんだな!だな!!!」

とこれまた青くなってるコナンさん。


「ガハハハ、安心めされよ。不詳、このコルトガが見事に変身させましょうぞ!」


するとサチちゃんが、

「えー、コルトガ爺ちゃんだけ? サチも床屋さんゴッコしゅるーー!」

と駄々を捏ねていた。


「しょうがないのぉ~、じゃあサチちゃんも一緒にやるかのぉ?」

と好々爺の面持ちでサチちゃんの頭をナデナデしている。


「いや、そこは流石にダメだろ?」

と俺が突っ込んだのだが……。


「えー、サチもおてつだいしゅるのー!」


「えへへ、か、可愛いんだな。だな。 じゃあお願いするよ?」


向こうの方で、イソイソとリックがシートを敷いて、真ん中に椅子を置き、サチちゃんは、踏み台を用意して、大きなハサミをプルプルとしながら両手で持っていた。(コナンさんの後ろで)


まあ、後の事は若い人にお任せして、俺はコナンさんのリクエストに応じて、夕食の準備に取り掛かったのだった。



そうそう、あの究極の職人芸を見せていた心を抉る罠の数々だが、本気で人を来させない為の物で、殺傷能力は持たせなかったらしい。

で、心を折る方向にしたらしいのだが、あの看板の文面で、悲しい事実が判明した。

あの看板の心を抉る言葉は、全部自分が人や女性に言われた言葉だったそうな。

几帳面なコナンさんは、その言われた事をちゃんと一語一句違わず日記に書き留めて居て、それをチョイスして書いていったらしい。


「ぼ、僕にはあんな台詞は思い付かないんだな。だな……」

と言っていた。


思わず俺は、ポンポンと肩を叩いて「同志よ――」と慰めてしまったよ。


まあ、そんな同志は、現在和気藹々と髪の毛を切って貰って嬉しそうな声が時々聞こえている。


「あーー、っそこは、そこは、耳なんだな!!」

「キャハハハハ!」

「あ、ダメだよ、サチーー」

「ガハハハハ!!」



俺は、コナンさんの強い要望で、うな重の作成を開始していた。

「鰻屋のおやっさん、ありがとう! お陰で美味しいうな重が食べられるよ!」

と夜空にお礼を言いつつウナギを焼く。焼く!

辺りには、美味しそうな何とも言えない香りが立ち籠めている。


「あぁ~、贅沢ですねぇ~。こんな美味しい物を日を空けずにまた食べられるだなんて。

幸せ過ぎます! お父さん、お母さん、アケミは幸せです!!」

とアケミさんも夜空に宣言していた。


今夜の付け合わせは、ランドフィッシュ村の海鮮汁にした。


あれは、最高に美味いからね。 こう云う日に使わずして何時使う!?って事だよ。


そして、準備が終わる頃、断髪式を終えたコナン関が戻って来たのだった。


ブホォッ! いかん、ふ、噴き出してしまったじゃないか!!

カッコ良くして前髪も後ろ髪も食べ物に入らない程度って言ったのに、誰が坊主にしろと?

ちょっ! 何でイキナリ坊主にまでしたの? プププ

ただでさえポッチャリで、キャラ的にも喋りが被ってるって言うのに、なんで坊主に――


俺は、思わず目を逸らし、視界に入れない様にしながら、これ以上笑わない様にして、


「ああ、良いね。かなりスッキリしたじゃないか? さ、冷める前にご飯にしようか。」

と言って、席を勧めた。


髪の毛だが、サチちゃんが手伝った結果、右を切りすぎて、左も長さを合わせ――これを前後左右繰り返している内に、徐々に短くなってしまって、最終的に長さ3cmぐらいの坊主になってしまったらしい。

まあ、例のキャラの被ったお方を知って居るのは、取りあえずこの場に俺しか居ないので、他の人には、俺が何故ツボに入っているのかは理解不能な訳である。

当の本人は人から髪の毛を切って貰っただけで嬉しいらしく、耳まで赤くしながら、「ど、どうですか? 良い感じになったんだな?だな?」と言っていた。


本人が良いなら、問題は無い。俺が笑いさえ堪えられれば……。

救いがあるとすれば、黒髪ではなく、金髪というところと、衣装があの定番の衣装ではないという事である。


兎に角、食事の際の席は視界に入らない位置にしようとしたのだが、何か準備をしている内に、空席は真正面だけになってしまったのだった。


俺は自分の『精神異常無効』スキルを信じ、『笑ってはいけない』夕食に耐える覚悟をしたのだった。



「さあ、じゃあ改めて、出会いに感謝しつつ、みんなで食べよう。 頂きまーす!」

と言って、うな重の蓋を開けると、湯気と共に封じ込められていた、ウナギの暴力的な咆哮ならぬ芳香が解き放たれた。


「これだーー! この匂い! これが堪らなかったんだ!」


コナンさんが、饒舌に叫んでいた。

思わず呆気にとられてしまった。


コナンさんだが、元々は内気な性格ではあったが、昔は普通に喋れていたそうだ。

では、何故あんな喋り方になったのか?というと、まあエルフの里を出て、人族の国に来た当初、それが運悪く旧アルデータ王国だったらしい。

その結果、酷い差別に合い、流れ流れてクーデリア王国を超え、更にマスティア王国まで来たらしい。

そして、生まれて初めて恋をしたらしいのだが、その相手が悪かった。

凄い性悪女で、色々聞くと、何でそんな女を好きになったの?って思う程だった。

だが、根っからの真面目な性格が裏目に出てしまい、尽くしに尽くしたらしい。

いやぁ~、バカな男って俺以外にも居るんだね……。

心抉る罵倒を受ける毎日が徐々にコナンさんの心を蝕んで行き、とうとう喋るのが怖くなってしまう程だったと。

その結果焦って何かちゃんと喋らなきゃ!というのと変な事を言ってしまわないか?という精神的な物が影響し、ドモリ癖がついてしまったと……。

精神的なストレスからか、その頃から徐々に太りだして、その喋りと体型が元で、貴族絡みでトラブルもあり、一気に嫌気がさして、ここまで逃げて来たらしい。


ただ無意識に大好きな食べ物の事とかになると、無心で喋るので、昔の様に喋れたという事の様だ。


そんなコナンさんは、「美味しい美味しい」と涙を流しながら食べてくれている。


「まあ、色々美味しい物が沢山あるから、楽しみにしててくれよ。」


俺がそう言うと、本当に嬉しそうに頷いていたのだった。

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