第160話 そっちかよ!
翌日から、陰干しでコーヒー豆の作成にも取り掛かった。
朝から、さかなを焼き、香ばしい匂いで目を覚まさせ、お味噌汁(これはちょっと届けるか迷ったのだけどね)、出汁巻き卵とご飯のメニューにした。
奴はやはり窓に齧り付いていた。
昼は、ハンバーガーとポテトフライ、それにフルーツジュースで軽くすませる。
しかしさ、ポテトフライの匂いって、結構堪らないんだよねぇ。フフフ。
食べ終わると、おやつのドーナツをあげてパウダーシュガーを塗し、甘ーーい匂いをお届けしてやる。
飲み物は、紅茶にした。
これまた例の果物の皮を乾燥させた物を混ぜたフルーティーフレバーな俺のスペシャルブレンドである。
「あ、この紅茶、良いな。これ、売れるよね?」
「何んですか、この紅茶!! 滅茶滅茶美味しいです!!」
とアケミさんも大絶賛していた。
「よし、拠点で高級紅茶として生産して売ろう!」
俺が悪い顔でニヤリと笑うと、
「ハッハッハ、主君。この紅茶、絶対に王侯貴族連中の女性陣が取り合いする程に売れますぞ!」
とコルトガさんが太鼓判をつけてくれた。
ちなみに、この世界の紅茶は高級茶葉と言われていても、割と良い香りぐらいはするが、それ程美味いという訳ではない。
コーヒーは飲み物としてまだこの世にないので、緑茶かほうじ茶か紅茶かハーブティぐらいしか無い。
そば茶は俺が作った物で、イメルダ王国にも存在しないのだ。
ふむ、飲み物シリーズをラインナップするのも面白いな。
俺はおやつの間、30分だけ休憩したが、そのままパイ作りに熱中する。
ミートパイや、アップルパイ、ピーチパイ等を作り、空きスペースに竈(オーブン)を作り、焼き上げる。
甘くて香ばしいパイの焼ける匂いが堪らない。 勿論これもお届けしてあげた。
野外にオーブンを作ったので、今度は夜メニューにロースト・チキンならぬ、ロースト・ロック鳥を焼く。
ついでに、ミノタウロスのローストビーフも作った。
夕食は洋風として、メインディッシュはロースト・ロック鳥とローストビーフのオレンジソースとラズベリーソース添えにし、付け合わせのサラダとスープに焼きたてのパンを出した。
これまた大好評で、焼きたてのパンとバターの香りも堪らない。
デザートは、昼間に焼いたパイとコーヒー。子供らにはホットミルクにしてみた。
◇◇◇◇
それから5日間、悶絶している様子は判るのだが、本当にしぶとい。
菓子パン等焼いたり、様々な波状攻撃を掛けたが、ギリギリのところで踏ん張っているのだ。
焼きそばを作ってみたり、餅つきをして、きな粉餅やあんころ餅を作ってみたり、ぜんざいを作ったりもした。
タンドリーチキンを作ったり、兎に角、一般的に美味そうな匂いのする物を手当たり次第に作ってみたのだった。
ふぅ~……。
「いやぁ、本当に敬服するよ。あの根性には。 ここは一旦リフレッシュするか。
ああ、久々にユッタリしたいなぁ。」
連日頑張った所為で、俺も精神的に結構疲れが溜まったようだ。
という事で、空いたスペースに温泉を出してみた。
「主君! こ、これは!?」
と食い付くコルトガさん。
「ああ、これは、温泉と言って、地中深くにある温かいお湯が出る天然のお風呂だよ。
ただのお風呂と違ってね、効能があってさ、身体の疲れとかを取ってくれたり、お肌がツルツルになったりするんだよ。」
「ほーー! 天然のお風呂ですかな! そりゃまた凄いですな!!」
温泉に『女神様の恵み湯』の看板を取り付けて完成だ。
「わー! 久しぶりの温泉ですね。 サチちゃん、早速一緒に入りましょう!」
とはしゃぐアケミさん。
「じゃあ、リックとコルトガさん、早速俺達も入りましょうか。」
テントから、着替えを取って表に出ると………
開かずの間と化していた小屋のドアが、ガタンと開き、1人の男が走ってやって来る。
「なっ! こ、これはお風呂なのか!! なあ、お風呂なんだろ!? おい!!」
と見知らぬ男が俺の両肩を掴んでガックンガックンと前後に揺らしていた。
『ご対~面~♪』であった。
こ、こいつがあのコナンか!!!
まさかの、一発大逆転だった。
だがしかし、温泉に惹かれて出て来るとはなぁ~。
試合に勝って、勝負に負けた様な気持ちだ!!
なんだろう? この虚しさは。
ルール無視で勝手に反則負けされた様な、台無し感が半端無い。
俺はこの男の掌で勝手に踊っていただけだったのか!
俺が望んでいた絵ではない!!!
まさか、まさか風呂好きとはな……。
俺は、呆気ない幕切れに愕然としてしまい、暫しの間、ガクガクと前後にコナンから揺られるがままとなっていたのだった。
ゼィ、ハー、ゼィ、ハー、と息をしながら、聞いて来る男を見て、頷くと
「お、お願いだ! ぼ、僕にも入らせてくれ!!」
と懇願して来た。
そして、俺が頷くと、慌てて小屋に入って着替え等を一式慌てて手に抱えて満面の笑顔で戻って来たのだった。
そして、温泉に入り、入り方のマナーを教えてやり、シャンプーやトリートメントの使い方も教えてやった。
「うっっほーー、こりゃあ堪らん! き、気持ちいいーー!」
と頭を洗いながらシャンプーの洗い心地を満喫する男……コナン。
「まあ、それは良いんだが、まずは挨拶をしようか?」
と俺が言うと、泡まみれの頭のまま、ハッとした顔をするコナン。
コルトガさんも余りの急展開に苦笑いしている。
リックなんかは、事態に着いて行けずに固まっていたりする。
「あ、あ、あ、ぼ、僕は、コナンって言うんだな。だな。」
とこれまでの饒舌っぷりが嘘の様にしどろもどろになるコナン。
ああ、本当にコミュ障らしい。
俺は思わず生暖かい笑いをプッハーと吹きだしつつ、
「俺は、ケンジだよ。こっちは、リック。 コルトガさんとは旧知の仲だから知って居るよね?」
「あ! コルトガ……ひ、久しぶり。」
「ハハハ。ホントに久しいのぉ。」
「さて、まあシャンプーは良いんだけど、その鬱陶しい髪の毛をまずは切ってスッキリしないか? 後で良いけどさ。」
「あ、ああ、そう言えば7年ぐらい切ってないかも?」
しかし、コナンという名からゴリゴリムキムキのマッチョを連想したり、罠の巧みさから、頭脳明晰なやり手の渋い親父風を連想したりもしていたんだけどなぁ。
まさか、ぽっちゃり君の見た目20代……しかもエルフが出て来るとはね。
何か、良く判らないけど、エルフってスリムなイメージあったのに、白ポチャが居るとは凄く驚きだよ。
身体も洗い終わり、温泉に入ると、
「フォーーー! こ、これは効っくーーーー!」
と変な雄叫びを挙げる白ポチャエルフ。
そして湯船の中で、この残念エルフと色々と話をするのであった。
どうやら、亜人という事でちょっとした差別と、ポチャっとした体型でイジられてしまい、それが元でコミュ障になってしまったと。
更に、好きで信じ切って居た女性には、手痛い仕打ちを受けて身包みを剥がされてしまい、完全に心が折れてしまったと。
ふむ……なるほど。俺にも納得の理由だ。何せ同じ経験あるからね。
「そうか、コナン、お前もか。 解るぞ、同志よ。 詳しくは言わないが、俺にも同じ様な経験があるんだよ。
でもな。人は生きて行かねばならん。生きて行くには、まず食う、そして生きて行く上での楽しみを持たないと。
俺の場合は、食だ! そして旅行。 温泉もだ! これが俺の趣味であり、生きて行く上で必要な事だ。
一番の復讐は、コナン、君が殻に引き篭もるのではなく、活き活きと幸せに暮らして行く事だと思う。
まあ、健康の為に、少し痩せる方が良いと思うけど、五体満足で健康なら良いじゃないか。
そんな事で裏切る様な女なんかこっちから突き放してやれよ! さあ、俺達と一緒にみんなで幸せを謳歌しようぜ!」
と俺は柄にも無く熱く語ってしまった。
言った後にハッとして、思わず照れながら、
「まあ、そんな偉そうな事を言える程に俺も吹っ切れては居ないんだけどね。
俺も一時期、引き篭もってたからねぇ。君には負けるけど。」
そして、
「まあ、急に現れて、イキナリは無理かもしれないけど、まずは同じ様な経験をした同志って事で友達になろうよ。」
と俺が言うと。
「そうか、ケンジ君も同じ経験があるのか。のか? なかなか人は見かけによらないって事だな。そうか……同志か。」
と呟きながら、暫く考えた後、「それも悪く無いかも……」と言っていた。
「幸いな事に俺の拠点に集まった奴らって、みんな似た様に酷い目にあった連中でね、人の心の痛みが分かる連中だよ。
どうせ引き篭もるんなら、うちの拠点に来ないか? 美味しい食べ物もあるし、温泉だってあるぞ?
やっぱり、たまには誰かと話したり、一緒に笑える仲間が居る方が、楽しいぞ?
まあ、直ぐには返事しなくても良いけど、考えてみて欲しい。」
「わ、判った。」
と呟いていた。
湯船から上がって、休憩室で、冷たいミルクを飲みながら、ホッと一息ついたのだった。
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