第106話 約束

それから30分もしない頃、宿のスタッフが食事を運び込んで来た。

「お食事お持ちしました。今日はまた舟盛りですよ。」

と嬉しいお知らせ。


「おー! 舟盛りですか!! 良いですねぇ。」


アケミさんも舟盛りは初めてという事で、テンションが上がっている。

「へぇ~、面白いですね。舟盛りってこんな感じになっているんですね。

なんか見ているだけで、テンション上がっちゃいます。ウフフ」


「でしょ! 前回美味しくて嬉しくて、沢山食べちゃいましたからね。」


という事で、2人と3匹揃って食事を開始した。


「美味しい!!」

と向かいの席で満面の笑みを浮かべるアケミさん。


アッと言う間に一艘目を撃破し、二艘目を注文し、来るまでの間に小鉢や魚の煮付けを食べて、カニ入りのお味噌汁を堪能する。


「やっぱりこの宿の飯は美味いな。」


「はい、本当に美味しいです!」


「フフフ、板場に伝えておきますね。」


「それはそうと、これはもしかして、茶碗蒸しですか!?」


蓋を開けると、中から懐かしい薄黄色のプリンの様な物が見えて大喜びしてしまう。

ああ、茶碗蒸しもあるのか~ いやぁ~最高だぜ!


小鍋の海鮮鍋と二艘目の舟盛りも完食し、満腹状態になった。

「ご馳走様でした。 とても美味しかったですよ。

しかし、やはりこちらの街に家を買っちゃったので、明日の朝こちらの宿をチェックアウトする事が決定しちゃいました。

ちょっとこの食事は残念ですが、また機会があれば、来ますので宜しくお願いしますね。」

と伝えると、宿のスタッフのお姉さんも残念そうにしていた。


食べ終わったピョン吉達にクリーンを掛けてやると、満腹で気持ち良いのか、既に寝に入っていた。


せっかくだから、ここのお風呂に再度入る事にして、2人で一緒に大浴場へと向かう。


ただ宿の大浴場に入りに行くだけなのだが、「これってもしかして、神○川的な!?」と微妙にドキドキしてしまう、頭の中は昭和世代の健二だった。

しかし、健二自身は気付いて居ないが、1年前の健二だったとしたら、こんな状況でこんな事は考える余裕すら無かった事だ。



風呂から上がって、『神○川』を実行する程の度胸の無い健二は一足先に部屋へと戻った。



さあ、子供達の仕事を考えないとだな。

やっぱりある程度の歳になったら、多少は商売とか何かで食って行く能力を持つべきだろうし、そうなると冒険者か屋台かだよな。

そうなると、屋台で売れそうな物というと、簡単なのだと、ポップコーンやポン菓子か。でもポン菓子は砂糖が高いからなぁ。

後は難易度が上がるけど、海の近くのマーラックだけに、海の幸を使ったたこ焼きだ。

どうやら、見た限り、この街にはたこ焼きが無いから、作れば確実に売れると思うんだよな。

明日、拠点で一回たこ焼きの鉄板作ってみるか。


等と考えて居ると、お風呂から上がったアケミさんが戻って来た。


「良いお湯でした。ここのお風呂も気持ち良いですね。」


「でしょ。本当にここは良い宿ですよ。」


「でも、そもそもここは高級宿ですから、普通の人は泊まれないですよ?」


「まあ、そうなんだけど、従魔達と一緒に泊まれる良い宿を門の衛兵さんに聞いたら、ここをお薦めされたんだよね。

値段は確かに高い部類だけど、でも内容は他の街よりもズッと良いよ? 他の街でこの宿ランクに泊まろうと思うと、おそらくここより高い料金だと思うし。

だからここはお得ではあるな。それにこんな宿自体が存在しないかも知れないし。」

というと、なるほどと納得していた。


そして暫く間が空いたのだが、急にモジモジし始めたアケミさんが、

「なるほど。あのぉ~、ケンジさん。実はお願いがあるのですが。先日テントでやって頂いた髪の毛を乾かす魔法をお願い出来ないでしょうか?」

と言って来た。

ああ、そう言えばやってあげたね。心臓に悪かったけど。


「あ、アア。イイヨ」


俺は平静を装いつつ、アケミさんの近くに寄って、ドライヤー魔法を発動した。

アケミさんが目を瞑って顎を上げ、気持ち良さそうにしている。

いや、その表情とポーズ、結構ヤバいんですが……。

取りあえず俺は視線を外し、違う事を考える様にして平静を装う事に集中した。

約5分間の拷問が終わり、ホッとしていると、


「ありがとうございました。やっぱりこれをやって貰うと、何か幸福な気持ちになれるんですよね。不思議です。」

と俺の顔を見上げながらドキリとする様な事を言うアケミさん。


「ああ、いや、こんな事ぐらい、全然大丈夫だよ? ホント。 い、いつでも言ってくれれば。」

と結構しどろもどろになりつつ何とか答えた。



その後、風呂上がりのミルクを出してやり、飲みながら明日の予定を話し合った。

「なるほど、じゃあやっぱり明日は奴隷商に行くのですね?」


「うん、子供達の世話もお願いしたいし、最悪横槍とか変な奴らが目を付けないとも限らないから、ある程度の力がある護衛向きの人材と、家事や調理が出来る人が必要かな。

あとね、ちょっと考えて居る事があってさ、子供らの仕事になりそうな商売を考えててね。その為の人材も見つかると良いかな。」


そこで、俺は考えて居る屋台の話しを少ししてみた。

アケミさんに確認すると、やはりたこ焼きという物は存在しない事が判明した。

また料理として、ぜんざい等はあるが、全般に砂糖が高価なので、甘味類が少ないらしい事も判明した。

やっぱり、砂糖がネックか。砂糖ってサトウキビだよな? この世界の砂糖って何から作ってるんだろうか?

先々の事を考えて、拠点でサトウキビ栽培するかな……

それはそうと、たこ焼きと鯛焼きを考えていたのだが、餡子が難しいとなると、少し考える必要があるか。

あ! 良い事を思い付いたぞ!

「フッフッフッフッフ」


「ど、どうしたんですか! 急に笑い出して。」


「あ、ごめん。ちょっと素晴らしいアイディアを思い付いたからさ。

多分、滅茶滅茶売れる商品をね。フッフッフ

さあ、明日から少し忙しくなるぞぉ~。」

と俺がヤル気を漲らせていると、アケミさんが少しホッとした表情になり、


「も、もしかしてもう少しマーラックに居る感じに変更ですか? 私、置いてきぼりにならないですか?」

と聞いて来た。


「ああ、明日から少し精力的にやる事が出来たから、少なくとも1週間は掛かると思うな。」

と俺が言うと、


「あぁ~、良かったぁ~。」

と凄くホッとした表情でソファーにドッと背中を預けていた。


「前にちゃんと約束したよね、どちらにしてもちゃんと君に伝えるって。

勝手に黙って居なくなったりはしないから。」


「だって、それって、間に合わないと、一声掛けて置いて行くって事でしょ?

そんなの嫌です!」

と抗議してきた。


「ああ、そう言う解釈もあるのか。

アケミさんは、本当に俺と一緒に俺の拠点に行きたいの?

まあ、こちらにも時たま来る事は来るけど、本当に何も無い所だよ?

本当にそれで良いの? 俺の傍に居るったって、なーんにも無い所で俺以外に知り合い居ない所だよ?」

と俺が聞くと、


「ええ、全然良いです。何も無くてもケンジさんが居るんですよね?

他の全ての物がある所でもケンジさんが居ない所には居たくないです。」

と凜々しい顔でキッパリと断言した。


そこまでなのか。

「判った。じゃあ、アケミさんを一緒に連れて行く事にするよ。

だから、置いてきぼりとかって心配はしないで良いよ。

今のところ、拠点とかのスタッフの連絡では、特に困り事も無いし、事前に用意してある物で回ってるとの報告だから、そうだねぇ、最大で2~3週間ぐらいは居る事が出来ると思う。

その間にギルドの方とか間に合いそうかな? あと、一緒に来るんなら、今借りてる部屋とかの引き払いもしないといけないよね?

今日作った屋敷には部屋が沢山あるから、ここを出発するまでは屋敷に住めば良いんじゃない?

そうすれば、少しは安心出来るんじゃないかな?」

と俺が言うと、


「ありがとうございまずぅーー」とアケミさんが泣きながら抱きついて来た。


あ……ヤバい! 洗い立ての髪の毛の良い香りがヤバい!  『ジェリコの壁』カモーーン!


 ------------------------------------------------------------------------------------------

『ジェリコの壁』に関して、ご意見を頂いたのであくまで健二目線で補足させて頂きます。

 聖書に書かれているジェリコの壁は、角笛を吹くと、その巨大なジェリコの城壁が崩れた とある様ですが、映画のシーンでは、クラーク・ゲーブル自身が、「角笛を持って居ないから大丈夫」と言うシーンがあるのですが、健二は若い頃に見たそのシーンを思い出して自分に言い聞かせている訳です。

 同様に他のドラマでも、これを引用している物を見た事があるので、割とメジャーなのかな? と思ってますが。


 ちなみに、私自身は、割と古い映画好きで、植木等さんの『無責任男シリーズ』とか大好きなのですが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る