第105話 ジェリコの壁
さて、そうなると、やはり早急に管理者を雇う必要があるな。
時刻は午後3時半、今の内に子供らの食事でも作って置いてやるかな。
育ち盛りの子供らの為に、宿舎のキッチンでハンバーグやトンカツ等を色々と作って置いた。
「これで、明日の昼食までは、ここの作り置きを食べれば何とかなるな。」
服類の買い出しは意外に時間が掛かる様で、子供らが嬉し気な顔で手に荷物を沢山抱えて戻って来たのは既に5時に近い時間であった。
インターフォンのチャイムが鳴り、門のを遠隔操作で開けてやると、中を見た子供らもアケミさんも驚いてしまって、呆然と立ちすくんでいる。
俺は慌てて、門の所まで出迎えて、
「大丈夫か? 驚いたかな?」
と声を掛けると、
「「「「「「すっごーーーい!」」」」」」
「「お屋敷だ!」」
「け、ケンジさん、これは!」
と騒いでいる。
取りあえず、先に敷地の中に入れてから、宿舎に連れて行き、部屋割を済ませるると、部屋を見た子供達がね、喜ぶ喜ぶ。
「フカフカのベッドだよーー」
「あー、綺麗なお部屋だよー!」
「おいら、こんな良い所に住んで良いのかな?」
「あー! トイレも付いてるよー!」
と。
「これで、安心して暮らせるだろ? ここは1年中、温度調節もされているから、冬でも寒くないし、夏も暑くないぞ。
それにな、何とお風呂も付いているんだぞ!」
と風呂場に連れていったのだが、
「お風呂場って何する所なの?」
と聞かれ、凄く悲しい気持ちになってしまった。
お風呂も知らず、日々の食べ物に困る子供ら……元の世界でもそう言う国はあったけど、平凡に安心して暮らせる幸せすら無いこの子らに心から悲しい気持ちになってしまう。
なので、男の子と女の子に別れ、それぞれ俺とアケミさんでお風呂に入る入り方を教える事にした。
いやぁ~、3人ぐらいを洗ってやるのはまぁ、良いんだけど、5人6人となると、流石に疲れるよね。
幸い12歳の男の子がそれなりに頼りになったので、軽減されたけど、いや本当に子沢山って大変だよ。
でもさ、前の人生では、我が子を風呂に入れる楽しみすら無かった事を考えると、それはそれで嬉しかったりする。
聡が小さい頃、よく近所の風呂場から、子供とお父さんやお母さんの会話が聞こえて来て、凄く羨ましいと思った事が何度あったか。
全員、身体も頭も洗い終わり、スッキリしたところで、湯船に浸かる。
「わぁー! お風呂って気持ち良いよ! ケンジ兄ちゃん!!」
と小さい子らがはしゃぐ。
「だろ? でも小さい内は、大きい子と一緒に入らないと危ないからな?
お風呂で溺れる子供って結構多いから、気を付けるんだよ?」
というと、小さい子チームが元気に「「「「はーーい!」」」」とお返事していた。
一通りの風呂場のルールを教え終わって、風呂から上がると、冷たいミルクを出してやった。
子供らの中には、ミルクを飲んだ事が無い子も居て、ここでも目頭が熱くなる。
12歳の年長の男の子はジョウタロー君というらしい。
この場所には、孤児院に入れなかった子供らが代々来て住み着き、子供らの安住の地となっていたらしい。
ふむ……そうすると、この先他の子らが困る事になるのか。
どうするかな、ここが一杯になるまでは受け入れて行くか? 反対側も開いてるスペースあるし、今の内に建てて置けば、多少は違うか。
女の子組も風呂から上がって来たので、冷たいミルクを出してやって、今後の話をした。
基本的な雇用条件を決めて、10歳未満は一律お小遣い程度とは言え、この世界だと破格値らしいが、10歳以上14歳まではは成人の半額程度、それ以上は他のスタッフ達と同じ金額よりやや安い金額設定に決めた。
仕事内容は、今は特に無いが、取りあえず、字の読み書きを覚える事と、計算が出来る様になる事。
後は当面、大きい子は、小さい子の面倒みる事と、庭の手入れや掃除、お遣い等としておいた。
「まあ、そのうち、何か良い商売でも考えてやるよ。屋台とかやれるなら、結構売れそうな物を知ってるし。
後は追々考えようか。
俺達は、一旦宿に戻るけど、明日からはこっちに移動するから、また明日な。」
そして、夕飯を出してやって、食料庫やキッチンの使い方も教えて置いた。
一見10歳中身15歳のエランちゃんにキッチン周りや食事関係を任せた。
「任せて大丈夫だよな?」
と念を押すと、
「ええ、こう見えても成人年齢なんだから、お任せくだしゃい。」
と最後を噛んでいた。フフフ。
そうそう、エランちゃんにこれまでの経緯を少し聞いたが、やはりチョコチョコと新入りが入って来て居て、年齢が上がって出て行く子と、入って来る子で、ある程度のバランスが保たれていたらしい。
しかし、エランちゃんしか幽霊役を出来ない事もあり、出て行くに出て行けない状況だったとか。
決して見た目が10歳だからでは無い! と強くそこだけは否定していた。 うん、責任感のある優しい子だ。
「じゃあ、また子供が増えそうな時は、今までと同じで受け入れちゃって良いよ。そうしないと、その子らの行き場が無くなるからね。」
と俺が言うと、
「ありがとうございます。それが本当に気掛かりでした。」
と満面の笑みで頭を何度も下げていた。
「多分、母屋側に明日辺り、大人を何人か入れる予定だから。あとみんなには、ここの秘密を口外しない様にだけは言い含めて置いてくれるか?
ほら、子供って何でも喋りたくなるだろ? そうすると、悪い大人達が寄って来る可能性もあるからね。そうすると、文字通り住む場所が無くなっちゃう可能性あるだろ?
まあ、君らに渡したブレスレットが無いと、この敷地に入る事すら出来ない様になっているから、敷地の中は安全だけど、外はそうじゃないからね。」
と話すと、内容をちゃんと理解して、
「確かにそうですね。ちゃんと言い含めて置きます。みんなの安全にも関わる話しですからね。」
と言っていた。
アケミさんと屋敷を出て、歩きながら話をした。
「本当に一日ご苦労様です。アケミさんが居て助かったよ。家まで送るけどせっかくだから、宿で一緒に夕飯食べて行かない?」
と俺が打診してみると、もうそれは嬉しそうに「はいっ!」とバックに花びらが舞い散っている様な錯覚を覚える程の笑顔であった。
急いで宿まで戻り、夕食を1人前追加でお願いしたのだが、
「ああ、ケンジさん達は沢山お食べになるので、最初から余裕持たせているから大丈夫ですよ。」
と言われた。 まあ、確かにここの飯は美味いからツイツイ食べちゃうんだよね。
「面倒だから、今夜ここで泊まっていけば? 俺が色々案内してくれたお礼に宿代出すし。」
というと、またもや嬉しそうに「はいっ!」と即答したので、宿のスタッフに部屋の空きを聞いたのだが、残念ながら本日は満室との事。
「ああ、でもケンジさんのお部屋でしたら、十分にお二人でもお泊まり出来る広さなので、お布団2つ敷いときますね。」
と足早に去って行ってしまった。
「え?」と固まる俺。
「いやいや、それは流石に拙いだろ! ねぇアケミさん。」
と同意を求めると、
「あ、わ、私はべ、別に、問題ないというか、ど、どうせテントでも一つ屋根の下に住んだ訳ですし、も、もう大人でしゅし、の、望むところでしゅ」
と真っ赤な顔で嬉し気にしている。
いやいや、それ俺が眠れなくなるパターンじゃん。
テントとは言え、うちのテントは屋敷並だからなぁ。一つ屋根の下の意味がかなり違うんだが。
まあ良いか? 最終的には俺がリビング側で寝れば良いし。
なーに、リビングと寝室とを遮る引き戸があるじゃないか! 謂わば、これは壊す事も超える事も出来ない『ジェリコの壁』だ。
と昔見た映画のシーンを思い出して、心の中で唱えてみる。
あの映画の『ジェリコの壁』は毛布1枚だったじゃないか! それよりは強固な壁だと……。
しかし、本音を言うと、このまま別れるのが少し寂しいというか、後ろ髪を引かれる感じなんだよね。
凄く女々しい気もするんだけど、この子ともう少し、話をしていたいし、美味しい物を食べてる笑顔を見たいという気になって居る……気がする?
なので、引き留めてしまった。
部屋に入ると、ピョン吉達がドーンと飛びついて来た。
<主!遅い!! 飯ーー!>
<酷いにゃん! 腹減ったにゃー!>
<のどもかわいたよーー!>
と頭の中で叫び声がしている。
「ああ、ごめんごめん。もうすぐ夕食だから、取りあえず水と少し軽めの物で良いかな?」
シートを敷いて、軽めのサンドイッチと肉串と泉の水を出してやると、3匹ともガッツガッツ、ゴクゴクと飲み食いしていた。
どうやら、頑張ってと言った手前、ギリギリまで我慢してくれていた様だ。可哀想な事をしてしまったな。
サリスはテーブルの上に出された果物と泉の水をマイペースに食べている。
まあ、そんなピョン吉達のお陰でさっきまでのモヤモヤは吹き飛んでしまい、2人で微笑みながら食べて居る姿を見ていたのだった。
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何時もお読み頂きありがとうございます。
また誤字脱字等のご報告、本当にありがとうございます。
ところで、知らない方も多いと思い一応補足で記載させて頂きました。
健二が言う『ジェリコの壁』ですが、元は聖書のヨシュア記の6章に出て来る物らしいです。
白黒時代の映画『或る夜の出来事』では、主役のクラーク・ゲーブルが富豪の令嬢と同室で泊まる事になった際に、部屋にロープを張り毛布を掛けててジェリコの壁だと主張する場面がありまして。
その映画から連想したセリフだったのです。
ご興味ある方は見てみて下さいm(__)m
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