第95話 不思議な感覚

 ああ、あの日から、私の中の私が変なのです。

 あの日あの時、身体中にピリッと走った感覚以来、身体がフアフアしている感じで、落ち着かないのです。

 何でしょう? 私はどうしちゃったんでしょう? 確かに凄い美形でしたが、そんなのはどうでも良いのです。

 匂い? 雰囲気? 何か魂が引きつけられる様な感じなのです。

 何か懐かしい様な、昔なじみにやっと逢えた様な変な感覚なのです。

 生まれて19年、こんな事は今まで一度も体験した事が無いのです。


 あの方がお見えにならない。何故でしょう?

 もう精算の準備は終わっているのです。(私が発破を掛けまくりましたから)


 4年前にギルド職員に成り、一人で歯を食いしばって、誰にも迷惑を掛けない様に、一人で生きて行ける様に、一人前のギルド職員として生きて行ける様にと頑張って来たのです。

 都会は恐ろしい所なのです……だから、誰にも付け込まれない様にと生きて来たのに。

 寂しくなんか……一人に慣れなきゃと、泣いてなんか居られない……そう思って4年間必死で耐えて来たのに。

 あの日あの時、逢って以来、逢えない時間がもどかしいのです。切ないのです。心が苦しいのです。


 ああ、女神様、私はどうしちゃったんでしょうか?

 仕事に集中出来ないのです。非常事態なのです。ピンチなのです。


 ――そうですね。何時でも逢いにおいでと言って下さったのですよね? 海王亭ですよね?



 ◇◇◇◇



無事に最高の寿司を堪能出来たので、ソロソロ次のステージへと旅を続けなければならない。

という事で、明日はそろそろランドフィッシュ村へ出発だ。


既にランドフィッシュ村の情報は、この街の商業ギルドからも貰っていて、予習も万全である。

ランドフィッシュ村で最低限買う物や食べなきゃならない物はリストアップ済みである。


宿の部屋でイソイソソワソワしながら、他に見落としが無いかを考えていたのだが、忘れ物が向こうからやって来てしまった。


部屋のドアがノックされ、

「ケンジ様、お客様がお見えですが、部屋にお通ししても宜しいでしょうか?」

と宿のお姉さんが聞いて来た。


「あ、はい。」

と答えたものの、誰だか判らない。というか、心当たりが無いよなぁ?

首を傾げて考えていると、ドアがノックされ、「どうぞ」と言う返事に対して食い気味にドアが開けられ、冒険者のギルドの受付嬢がやって来た。


「あれーー? えーーっと、冒険者ギルドの……」


「アケミです!! 19歳です!! って、私の事お忘れでしょうか?」

とアケミさんが悲しげな顔をする。


「えっと……いえ、ちゃんと覚えてますよ?」


若干挙動不審になりながら、しどろもどろになってしまう。


ヤッベーなんかあったっけ?


「えっと、今日は何かご用でしたか?」


「え? 買取の査定の精算がありますよね? 昨日か今日には来て頂けるというご約束でしたよね?

それに、何時もで宿に訪ねておいでと……」と。


あ!!!! ヤッベー! そうだったな。

ライゾウさんとかの一件で、すっかり精算の件があったのを忘れていた。

あれ?でも俺は、『何時でも宿に訪ねておいで』なんて、記憶がないのだが?



「おまけに、宿の方の話では、明日どちらかに発たれると聞きましたけど?

先日ギルドで仰っていた、ランドフィッシュ村に行かれるって言う件でしょうか?」

と身を乗り出して、若干攻める様な涙目で詰め寄るアケミさん。


いかんな、何か問題あるんだっけ? 俺、何か言ったっけ?



「えーーっと……あ、アケミさん?でしたね。

明日発つと言っても、ランドフィッシュ村に獲れたての魚を1,2日食べに行くだけですが?」


ちょっと展開が良く判らないのだが、まあ、落ち着けよ! と。



「そ、そうなのですね? それは急ですね。 また逢えなくなっちゃいますね。

それは困りましたね……

では、しょうが無いですね。私が案内しますか……。

それしか無いですね。

どうせ暫く帰ってなかったので。 ソロソロ一度行かなきゃとは思ってましたからね。」

とアケミさんがウンウンと頷きながら納得している。


「え? うぇ??」


何言っちゃってるんだろ、この子。え? ちょっと理解出来ないんだけど?


話の展開に着いていけずに焦る俺を余所に、アケミさんが満面の笑みで、俺の急所を突いて来た。


「ウフフ、ケンジさん、ランドフィッシュ村の美味しい海鮮丼とか、漁師料理にご興味ないですか?

獲れたてのイセ海老や魚のアラなんかが、贅沢にぶっ込まれてる最高のお味噌汁とかってご興味ないですか?

最高の海鮮汁ですよ? あれを食べちゃうと、他の海鮮汁が、物足りなく感じちゃう一品ですよ?

あと、最高の配合比で作られた豪快なつみれも最高なんですよ?

海辺で獲れたてのウニやアワビや牡蠣を焼いて醤油を垂らして食べるのは最高ですよ?

勿論、生牡蠣も身が分厚くて濃厚で……地元民のみに許された最高の贅沢ですよ?」

と。


あ、悪魔だ! お巡りさーーん、ここに美人さんの悪魔が!


しかし、もしかしてランドフィッシュ村の出身なのか? 

そうなら心強いよな? それに、やっぱりこの子は怖くない? 変だな。

しかも、提案内容が魅力的過ぎる。


「(ゴクリ)きょ、興味あります!! え? 何ですか? アケミさん、もしかしてランドフィッシュ村出身者ですか?」


すると、ドキリとする様な魅力的な笑みを浮かべ、更に殺し文句を追加して来たのだった。


「ええ。こう見えてもバリバリのランドフィッシュ村生まれです。小さい頃は両親のお手伝いで漁とかにも着いて行ってましたよ。

だから、色々と美味しいお店とか、海鮮物のお見立てとか出来ますよ?」と。



マジかーー。

なんかライゾウさんと言い、ランドフィッシュ村に縁があるなぁ。とワクワク感が絶賛鰻登りだよ!

そうすると、良いお店を効率良く廻れるのか! うむー、それは確かに大変にありがたい話だ。


果たして、その生牡蠣等は、その場で購入したり出来るのか?

あれーー? そう言えばレモンってこっちにあったっけ? まあ無ければ食糧倉庫から持って来れば良いか。

ああ~、生牡蠣とか久々だよ? 牡蠣フライとかも食べたいなぁ。 あと取れたてアワビのバター焼きも美味いよなぁ。


もうね、目眩く脳内妄想が暴走中で止まらない。自然と涎が口の中に溜まって行く………。

ウニがあるからウニ丼も食えるのかな?

わぁ~、俺の胃袋の容量足りるかなぁ?



頭が明日からのランドフィッシュ村で待ち受けて居る食べ物の事だらけになっていると、いつの間にか、明日のランドフィッシュ村行きにアケミさんが同行する事が決定していた。


そして、気付いた時には、

「では、私は、明日の朝、こちらの宿に8時ぐらいに来れば宜しいでしょうか?」

と言われ、ウンと頷いた後であった。


アケミさんの交渉力……恐るべしだよ。


ただね、不思議なんだよね。

何だろう? 割とグイグイ来て居る気がするのに、何故か不思議な感覚なんだよね。

初めて見る子なのに、懐かしい様な、邪気を感じ無いというか、目的が違う? 下心が無い? 裏が無い? 不思議な感覚なんだよね。

何なんだろう? 好きとか嫌いとか恋愛感情とか、そう言うのとはまた違う感じ? うーーん、判らんな。

でも嫌とか怖いってのは無いんだよねぇ。不思議だな。

多分、今までの俺なら、全力で逃げる気がするんだがな。 うん、嫌ではないな……。



頭の中で、この不思議な感覚や明日の事なんかを考え込んでいる内に、気付くと冒険者ギルドに移動していて、買取等のお金の一部を受け取っていた。

残りは例の如く、現金が足り無いので、口座へと振り込みになるらしい。


俺も殆ど冒険者ギルドの口座を確認してなかったのだけど、振り込み手続きをしたアケミさんが、残高を見て驚いたらしく、少し青い顔でブルブルと震えていた。


まあ、確かに、前世と今では、口座の残金の桁数が真逆に近い程にかけ離れているから、実感が湧かないんだよね。

多分、この世界って全部硬貨だから何処まで行ってもジャリジャリと音がする訳で。

日本だと、札束なんだけど、硬貨=少額ってイメージがどうしても拭えなくてね。

数字として見ると、凄い金額でも、実際に硬貨で貰うと一々数字に換算し直さないと、高いのか安いのかがピンと来ないんだよね。

嵩張るし重いし、何で硬貨なんだろうね。紙が高くて印刷技術が無いからなんだろうけどね。

実際の所、未だにほぼ女神様が用意してくださったお金だけで、全然賄えて居るという状況だし。

前世との最大の違いと言えば、食事や宿泊をする際に、懐具合を相談せずに食べたり泊まったり出来る事だな。


お陰様で、前世とは全く違い、食うにも住むにも困らない生活をさせて貰えている。

それが例え野外であってもである。

好きな物を食糧倉庫から出して、好きに作って食べる事も出来る。しかも食糧倉庫の食材は新鮮で美味しくて、減らないのだ。



入金手続きを終えたアケミさんが「少々お待ち下さいね。」と言い残し、足早に奥へと引っ込んで行った。

ん?? まだ何かあったっけ?



そして数分奥の方や上の階で何やら多少ゴタゴタとしている雰囲気があった後、満面の笑みで戻って来て、

「大丈夫です! 明日から4日間お休み勝ち取りました!」

と言っていた。


うむ……なるほど、完全に退路を断って来たか。

何か、あれよあれよと乗せられた感もあるが、久々の里帰りと言ってたから、良いか。

暫く帰って無いのであれば、親孝行もしたいだろうしなぁ。

『親孝行をしたい時に親は無し』というからなぁ~元気な顔を見せるだけでも親は嬉しい筈。

その後悔の経験者が言うのだから、間違いはない。



宿に戻り、マダラ達に、餌とは別に果物や泉の水をあげつつ、明日からの旅の話をすると、運動不足で少々溜まっていたらしく、

<<やったーーー!>>

と大喜びされた。



そして、風呂の後、本格的な海鮮鍋と茹でたカニをメインとした夕食に歓喜の声を上げながら完食したが、お腹が苦しすぎて眠れず、暫くお腹を擦っていたのだった。

この調子で食べまくっていると、何か太っちゃいそうだよ………。

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