第96話 アケミさんの里帰りとは
翌朝、朝食を早めに済ませ、馬車の用意を手早く済ませる。
マダラ達の漲るヤル気と鼻息が朝から凄い事になっている。
これは、今後何処かの街で泊まる時も、お金を少し払って運動をさせてやらないと可哀想だなと少し反省してしまった。
時刻は午前7時45分を過ぎた頃、宿屋のお姉さんが、アケミさんがやって来た事を教えてくれたので、馬車を裏庭から表に回した。
「お、おはようございます。ほ、本日はお、お日柄も良く……」
と朝から何か緊張気味で頬が少し赤いアケミさん。
「おはよう。こっちはもうOKだけど、アケミさんはもう行ける感じ?」
と微笑みながら、朝の挨拶をしたのだが、更にアケミさんが耳まで赤くしながら、「ひゃい。」と少し噛んで答えた。
うーん、馬車に馴れてないから緊張しているのかな?
「大丈夫だよ? 馬車馴れて無くても、こいつ達は優秀だから、揺れたりしないし、安心して良いよ?」
と緊張を解そうと声を掛けた。
じゃあ、行くかな。
「お客様、またお早いお帰りをスタッフ一同心よりお待ちしております。」
と宿のスタッフ達大勢に見送られ、宿を出発した。
俺が御者席に座ると、何故かアケミさんも車内には乗らずに御者席の隣へと座る。
朝の街はなかなかに人も馬車も多く、進みが遅い。
「やっぱりこの時間帯って、かなり混雑してますね。」
と俺がアケミさんに話し掛けると、
「ひゃい、そ、そうですよね。」
と返してくる。
「しかし、今日も良い天気で良かった。」
「ひゃい、そ、そうですよね。」
「あ、アケミさん、朝ご飯は済んでますか?
俺は宿で済ませちゃったんだけど、まだだったら、何か屋台で買って行きますか?
どうせこの調子だと、街から出るのに時間掛かりそうですし。」
「ひゃい、そ、そうですよね。」
「アケミさん、何か緊張してませんか? ちょっと良いですか?」
と言いつつ、アケミさんにライト・ヒールを掛けてやった。
「あ、温かい………」
とアケミさんが呟く。
「どう? 少しは気分が楽になった?」
と俺が聞くと、
「はい、すみません。何か想いが叶って、ちょっと浮かれ気味だったみたいで。昨夜も嬉しくてなかなか寝付けなくて。」
「そうか、久々に帰るって言ってたよね。もうどれ位ランドフィッシュ村に帰ってないの?」
「あ、え? えっと、4年ですね。こっちに来てからは1度も帰ってません。」
「そうか、じゃあ本当に久しぶりなんだね。」
「け、ケンジさんの生まれ故郷って、やはりクーデリア王国のドワースなんですか?」
「ああ、俺の故郷か、いや……遠く離れた場所だね。もう帰る事は出来ないけど。
それに帰っても逢う人も待って居る人も居ないからねぇ。」
そうなんだよね。
出来れば親父とお袋の墓参りぐらいはしたいけど、そもそも俺の遺骨ってどう言う扱いになったんだろうか?
やっぱ無縁仏コースなのかなぁ。
「え? そうなんですか?」
「ああ、俺の生まれ故郷は、多分遠すぎて帰り方さえ判らないぐらい遠い所でさ、あまり記憶も無いから。
それに気付いたら山奥に一人で居たからね。今でこそ、ドワースの近くで拠点あるけど、それまではズッと一人だったね。」
と微妙に誤魔化しつつ教えると、少し悲しそうな顔で俺を見ていた。
「ああ、でもね、今は村も出来て、人も結構居るし、従魔達も居るから、寂しくはないんだよ?
それにドワースにも知り合い何人か居るしね。
周りの人に恵まれて助けられてるから今があるんだよね。
大分長い間留守を任せっきりにしているから、冬になる前にはお土産沢山買って戻らないとだなぁ。」
と俺が言うと、
「え? やっぱり帰っちゃうんですか!?」
と衝撃を受けた様な顔をして考え込んでいた。
暫く進んだ所でアケミさんが思い出した様に声を上げた。
「あ、この道を曲がった所に美味しいお寿司屋さんあるんですよ?
ランドフィッシュ村出身の人がやってるお店なんですよ! 多分、この街一番のお寿司屋さんですよ。
今度ご案内しますね。」
「え? もしかしてライゾウさんの雷寿司?」
「あ、え? ライゾウおじさんを既にご存知でしたか?」
とちょっとシュンとした表情になる。
なので、ここ数日のライゾウさんの事を軽く教えてあげた。
「知らない間にライゾウおじさんにそんな事があったなんて……」
「ああ、でも今は元気にしているよ? もうちょっと気付くのが遅かったら流石にヤバかったけど、今は麻痺も無く、元気に寿司を握っているよ。
いや、あのお寿司は本当に美味しいよね。 もう昨日は感動しちゃってさ、ハハハ。」
すると、アケミさんは神妙な表情で、頭を下げてお礼を言われた。
「あの。ライゾウおじさんを助けて頂き、本当にありがとうございました。
私、こっちに出て来た時、かなりお世話になったんです。
今の私がこうして居られるのもライゾウおじさんのお陰なんです。
だから、その、本当にありがとうございました。」
「そうか、じゃあランドフィッシュ村から戻ったら、一度一緒に顔を見せに行こうか。」
「はい!」と笑顔で応えていた。
そんな話をしている間に、漸く門まで辿り着き、門から少し離れた場所で一旦馬車を駐めて車内へと移動した。
アケミさんは、不思議そうな顔をしていたけど、
「じゃあ、マダラ、B0、危なくない程度のペースで頼むね。」
と俺が声を掛けると、
<<了ー解ーー!>>
と一気に加速し始める。
「え? え?? えーー!?」
と驚くアケミさん。
「け、ケンジさん! 馬車が勝手に!」
と叫んでいるが、俺はお茶をコップ入れてやり、手渡した。
「まあ、落ち着いて落ち着いて。
マダラもB0も優秀だから、ね? ほら、馬車も全然揺れてないでしょ?」
と説明すると、
「あ!本当だ! 馬車が全然揺れてない。 えーー! 何ですかこれ?」
とやっぱり絶叫気味であった。
10分ぐらいすると、やっと状況に馴れたのか、はたまた驚き疲れたのか、アケミさんが通常に戻り、
「ああ、こんな馬車での旅なら、全然苦痛じゃない処か、寧ろ快適ですね。」
と柔らかくなった表情で呟いていた。
さっきは緊張で有耶無耶になったけど、どうやらアケミさんは朝食を取ってなかったらしく、緊張が抜けたせいか、お腹から、「クゥー♪」と可愛い鳴き声が聞こえた。
咄嗟に真っ赤な顔になるアケミさんに、
「あ、朝ご飯まだでしたか。 こんなので良ければ、どうぞ。」
と俺は巾着袋から、ハンバーガーとポテトフライ、そしてミネストローネスープのカップを出してやると、ピョン吉達も<<<食わせろ(にゃ)!>>>と一斉に騒ぎ出す。
なので、ハンバーガーを更に4つ出して、俺も含め全員で1つずつ食べる事にした。
アケミさんは、始めて見るハンバーガーに興味津々で、俺達の真似をして包みを解き、ガブリと齧り付いた。
「美味しい!!」
初めて食べるハンバーガーに、目を丸くして小さく叫ぶ。
「これはハンバーガーと言って、今ドワースで流行っているみたいです。」
と説明すると、
「これがクーデリア料理なんですね?」
と呟きながら、アッと言う間に完食していた。
どうやら、お気に召したようだ。
「まあ、これはクーデリア料理よりというも、ドワース限定ですね。
パンも柔らかかったでしょ? 少しずつですが、結構美味しい物が増えて来てるんですよね。」
ハゲの頑張りのお陰で! とは言わなかったけどね。
人心地着いた様なので、これからの予定を聞いてみた。
「アケミさんは、ランドフィッシュ村に着いたら、まずはご実家ですかね?」
「あ、実家はもうないんです。 お墓に参ったら、後は何も予定ないですよ?」
「え? えっと、もしかしてご両親のお墓なんですか?」
「ええ、4年前に船の事故で2人とも亡くなってしまいまして、遺体は何とか流れ着いたので、弔う事が出来ました。」と。
あらら………。
4年前にの事故は恐らく海の魔物による事故だったらしく、打ち上げられた遺体はかなり損傷が酷かったらしい。
そして、親戚等も居なくて、天涯孤独になり、アケミさんは、両親との思い出の詰まった村からマーラックへと一人で出て来て、何とか潜り込めたギルドで働き始めたとの事だった。
その時にライゾウさんとも知り合い、ギルドに潜り込めたのは、ライゾウさんのお陰らしい。
「そうだったんですか。それは辛かったですね。
そうか、アケミさんもご両親を亡くしたんですね。
てっきり久しぶりに親孝行でもしに行くのかと思い込んでました。」
俺も居たたまれない気持ちになってしまう。
「ええ、でもやっと少し両親のお墓にお参りする気持ちになったんですよ。
当時はなかなか気持ちが追いつかないというか、認めたくないというか……。
昨日まであると信じていた明日が、突然無くなったのが信じられなくて、まだ親孝行さえちゃんと出来てなかったのに。」
と言いながら、目に涙を溜めて俯いてしまった。
「そうか、一人で頑張ったんだね。
じゃあ、ちゃんとマーラックで頑張ってる事を報告しに行かないとだね。」
と言いながら、思わず頭をヨシヨシと撫でてしまった。
自分でもビックリするぐらい、ごく自然と手が出てしまったのである。
そして、頭を撫でてしまってから、ハッとして焦る。
ヤバい! セクハラで訴えられたらどうしよう? と。
前世で会社に居た気の良い、孫ラブなおじさん……山田太郎(当時56歳)の哀れな末路が目に浮かぶ。
彼は、非常に面倒見が良く、新卒で入って来た新入社員の教育係として、真面目に面倒を見ていた。
が、ある女性社員ミスを指摘し、落ち込んでいたので、嫌らしい意味でなく、普通に「大丈夫だよ。次は気を付ければ良いんだから。」と肩をトントンと叩いたのだが、それが拙かった。
結果、彼は定年を待たずして、セクハラで訴えられ、泣く泣く会社を去っていったのだった。
ああ、そう言えば痴漢の冤罪で訴えられて、お金を取られたちょっと小太りで内気な佐久間さんも居たなぁ。
確かそれが原因で、結局奥さんと離婚したんだっけか……。
俺がそんな事を思い出して背中に冷や汗を掻いていると、アケミさんが俺の胸に抱きついて来て、嗚咽を漏らしながら泣き始めた。
多分、これはノーカウントだよね?
きっと4年間、誰の胸も借りてなかったのだろうなぁと、ぎごちない動きでヨシヨシと頭を撫でてやるのだった。
そんな状況を打破するかの様にマダラ達から知らせが入った。
<主ーー、村が見えて来たよーー!>
と。
<じゃあ、通常のペースに落としてくれるか?>
<<了解ーー!>>
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※本小説はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。
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