第90話 舟盛りに撃沈

俺はテーブルの前に、逸る心を抑え、正座して待って居る。

ピョン吉達が大人しく待つ場所には既に食事用のシートが敷いてあり、準備も万端だ。


「ど、どうぞ!」

と俺が返事をすると、宿のお姉さんがドンドンと料理を運んで来てくれた。


そしてついに、舟盛りが登場した!


「キターーー!! 舟盛りだーー!」

と俺が叫ぶものだから、お姉さんがビクッとして船が沈没しそうになっていていた。


「あぁぁぁ……す、すいません。テンション上がっちゃって。」

と頭を掻きながら、謝った。


その後は、ゴクリと生唾を飲みながら、静かに用意が終わるのを待った。


「さ、どうぞ。お待ちかねの海鮮尽くしですよ。フフフ。」

とお姉さんが笑う。


「い、頂きます!」

と手を合わせ、小皿に醤油を入れ、舟盛りに手を出す。

やはり、ここはまず白身の刺身からであろう。

ワサビを少し刺身に付けて、醤油の小皿にちょんと漬けてから、待望の刺身を口に放り込む。


「!!」


思わず目をカッと見開き、鼻から突き抜ける様なワサビと、少し甘みさえ感じる高貴な味に暫く放心状態となった。



「美味い。あああ美味いよーー!」


もう後はご飯と刺身でバクバクと食べる。

元妻は最悪だったが、刺身のツマは刺身と一緒に食べると実に美味い。

大葉も大好物の1つで、主にマグロの赤身と一緒に食べるのが堪らない。

ブリやマグロ、甘エビ、そしてアジの刺身だけでお茶碗2杯のお代わりをお願いした。


「宜しければ、追加の船を用意致しますが?」

等と魅惑的なお誘いを受け、


「是非!もう一艘お願いします。」

と即答し、追加の船までも空っぽにしてしまう。


次は煮え始めて、湯気を出して居る小鍋である。

昆布出汁とハマグリ、ブリ、小ぶりの伊勢海老?、それに豆腐や長ネギ等が入った一品である。

お姉さんが取り皿に取り分けてくれたのを、フーフーと冷ましつつ、汁を味見すると、濃厚な海鮮のエキスが染み出た素晴らしい味に意識を持って行かれそうになってしまう。


「素晴らしい味です。ああこれですよ、この味、最高です。」

と言いながら、小鍋も完食し、その間にご飯をお茶碗2杯お代わりした。


次は、小鉢や焼き魚である。

どうやら、鯖の塩焼きの様だ。横に添えてある大根おろしに醤油を垂らして、解した身を大根おろしと一緒に口に入れ、後追いでご飯も搔き込む。


美味い! 味噌汁は豆腐とワカメのオーソドックスな物だが、ワカメがトロトロで柔らかく、とても美味しい。

堪らんなぁ!


やっと、俺が全品を食べ終わり、満足気にお茶を飲む頃には、多めに持って来ていたというおひつのご飯は空っぽになっていた。


「いやぁ、お客さん、本当に美味しそうに食べるねぇ。 外国の人で、ここまで上手にお箸を使う人も初めてだけど、これ程の量をペロリと食べた人も初めてだわ。

相当にイメルダ料理に飢えてたんだねぇ。」

と感心した様に言っていた。


「ああ、そうだねぇ。本当飢えてたんだよ。

幾らお金があったとしても、食べたい物が無いって辛いよね。

しかも、刺身は勿論、煮こごりにしても鍋にしても、この小鉢にしても、全てが滅茶苦茶美味しかったよ。

やっぱり、イメルダ料理は心と身体に染み渡るよ。

お姉さんも、食事の間色々お世話してくれて、ありがとうございました。

これ、心ばかりですが、お姉さんと板場の方達で、分けて下さい。

そして、本当に生きてて良かったと思える味でしたと、お礼をお伝え下さいね。」

と銀貨を10枚手渡しておいた。


「え? こんなに頂いて宜しいのですか?」

と驚くお姉さん。


「いや、本当に感謝の印程度なので、遠慮無く。

あ、ちゃんと板場の方にも渡してね? フフフ。」

と満面の笑みで言うと、


「判ってますよ。フフフ。ありがとうございます。」

と言いながら、お膳を下げて言った。


ピョン吉達も大満足したらしく、凄く幸福そうに目を閉じ始めている。

サリスは、刺身を食べたがらなかったので、いつもの様に用意したフルーツの切り身をガッツリ食べていたので、こっちも満腹らしく、ピョン吉にもたれ掛かってウトウトしていた。

ジジは丸くなって大きな欠伸をしながら、自分の前足の間に顔を埋めているし、コロは大きくなった身体なのに、ジジに甘える様にくっついて目を閉じている。


フフフ、みんな幸せそうだな。




俺は、長年の夢が1つ叶い、やっと一段落付いた様な気持ちになっていた。


前世の記憶があるからこそ、辛い事もあるけど、それがあるからこそ、感動や幸せ感も大きいのかも知れないな。

人生のリセットか。

一度失敗しているからこそ、二度目は同じ失敗をしないで済む様にも出来るよな。

少しずつでも前進していけてるのだろうか?


俺が夢見て手に入らなかった、温かい幸せな家庭……家族……俺が接した周りの人々がそれを手に入れて、代理で幸せになるのを見せてくれれば、多少はそれも癒えて行くのかなぁ。

女性不信というか、恐怖症は払拭される日が来るのだろうか?


ここのところ、穏やかな女性や一途にご主人を想う女性を見ている分には、問題無いが、何かの拍子に豹変し、ヒステリックに叫ばれるとぶり返しそうな気もする。

もっと精神的に強くならねばと思うのだが、こればかりは、なかなか思う様に鍛えられないんだよね。

まあ、こんな事を考える余裕が出来たのは進歩なんだろうか?



まずその為にも明日の寿司だな。とパンパンに膨らんだお腹を擦りつつ、心に決めるのであった。



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 舟盛りと言うと、昔某観光地でとんでもない金額を請求された事がありまて、舟盛り=ヤバい と言うイメージが未だに拭いきれない。

 確かに、美味しい事は美味しかったんですけどねぇ~。ハハハ………

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