第86話 安心して働ける環境

翌朝、朝食後に嵐山亭をチェックアウトした。

出発の時、態々板さん達も出て来てくれて、えらく盛大にお見送りされてしまった。

例のうな重のお姉さんは、若干悲しそうにしていたが、またの機会には誘うからと小声で言うと、凄く良い笑顔になっていた。



サツキさんとピョン吉達を馬車に乗せ、俺とショーキチさんが御者席に座り、この街の新しい別荘へと出発する。

朝からメインストリートは人や馬車が行き交い、時間が掛かったけど、30分で昨日完成した別荘付近まで到着した。

まあ、これもいつものパターンであるが、見物人が門の前に多く、入るのに苦労した。



「なぁ、あんちゃん、これ昨日まで何もなかったよな? どうやって建てたんだ?」

と野次馬の1人が目を輝かせながら聞いて来る。


「ああ、私も詳しい事は知らないのですが、どうやらここのご主人が高名な魔法使いを呼んで来て、一気に魔法で建てさせたそうですよ。

ビックリですよねぇー。」

というと、

「なるほど、スゲーな!」と驚いていた。



門のロータリーに馬車を駐め、サツキさんを降ろし、ショーキチさんに案内する様にお願いし、マダラ達を解放して好きにさせてやると、嬉しそうにパカパカ走り廻っていた。


そうそう、結局追加の人員の件だが、サツキさんの本心としては嬉しいのだが、甘え過ぎじゃないかと遠慮していたが、

「でもさ、ショーキチさん1人で全部出来ると思う? 例えば産気付いた時、サツキさんの傍から離れて、産婆さんを呼びに行くとか、結構不安じゃない?」

というと、「はい……」と小さい声で答えていた。


という事で、早速1人料理や家事が出来る人をライジ商会まで求めに行ったのだった。


詳細は省くが、キヨコさんという17歳の女性で、この街の先にある農村の出身で、どうやらお母さんの怪我を治す治療費の為に借金奴隷になったらしい。

お父さんは4年前に魔物に襲われて亡くなってしまったらしいので、所謂母子家庭である。

しかも、下に12歳の妹と5歳の弟が居たので、何とか小さい弟妹の為にも母親の怪我を治したかったらしい。

頑張って中級ポーションと引き換えに借金奴隷となったのだが、肝心のお母さんは動ける様にはなったものの、障害が残ってしまったらしく、中途半端な状態らしい。


で、その出身地のサルク村は、好都合な事に、この街から馬車で半日程度の距離だそうで。

何か前に似たパターンもあったし、今回は糞領主は居ないようなので、そのお母さんと弟妹だけで済むのではないかと考えたのだ。

出産経験者であるお母さんが居れば、サツキさんも心強いのではないか? とね。


俺は、キヨコさんと契約した後、近所の店で服や着替えを購入させて、こざっぱりさせた。

そして、一度別荘に戻り屋敷を一通り見せて、ショーキチさん達とご対面させて、ここでの仕事内容や労働条件等を話し、理解して貰った。

「えっと、ご主人様、私お給料まで頂けるんでしょうか?」

とキヨコさんが驚いている。

「ああ、他の拠点でも奴隷として契約したけど、ちゃんとみんなに給料も払っているし、週に1日は休んで貰っているよ。

そこら辺は、みんな共通だから気にしなくて良いよ。あと、俺の事は、ケンジで良いから。ご主人様はちょっと心臓に悪いので、止めて欲しい。」

とお願いすると、クスッと笑いながら、

「では、ケンジ様で宜しいですか?」

と確認して来たので、

「ああ、それくらいでお願いします。」

と答えると、


「何か他国の方だからか、ちょっと変わってますね。」

と言っていた。

ハハハ、割とズケズケ言うタイプなんだな。


「でだよ、話は変わるけど、キヨコさんのお母さんだけど、何処に障害が残ったの?」

とズバリ聞くと、凄く驚かれた。


「ああ、悪いと思ったけど、毎回奴隷商の所では、色々チェックする為にちょっと特殊な鑑定スキルを使ってるんだよ。勝手に調べてごめんね。」

と謝りつつも、


「それで、お母さんの怪我は結局中級ポーションでは治り切れなかった訳でしょ? 障害の度合いによっては、残されたお母さんも弟妹も大変でしょう?

なので、こっちに一緒に引き取って、ここで働いて貰えれば助かるなぁと思ったんだ。 ほら、お産経験者だし、キヨコさんだって、家族が傍に居れば目が届くから心配要らないでしょ?

あと、お母さんの治療を俺がやれば、おそらく完全に元気になると思うんだ。 ね?ショーキチさん。」

とショーキチさんに話を振ってみると、


「ええ、それは間違いないでしょう。なんせ、私もケンジ様に治療して頂いたからこそ、こうして元気に動き廻れる様になりましたし。」

と満面の笑みでショーキチさんが言う。


「キヨコさん、私に見覚えないですか? 多分直接はお話してないですが、同じ奴隷商の所に居たので、私はお見かけした事がありますよ?」

とショーキチさんに言われて、キヨコさんが、ジッとショーキチさんの顔を見、何かを思い出そうとしている。

そして暫くすると、


「あ! えぇ? 嘘!! もしかしてショーキチさんってあの足が片方無くて、片腕が動かなかった人ですか?」

と聞いて来た。


「ええ、そうです。あのショーキチです。 今、私がこうして居られるのも、妻と生まれて来る子を自分の手で抱く機会を与えて下さったのも、ケンジ様に治療して頂いたからですよ。

だから、ここはケンジ様を信じ、ご家族を迎えに行く事を、強くお勧めします。」

と言いながら、ズボンの裾を捲り上げ、ちゃんと自分の足である事を見せていた。


「ああ、それが本当なら、私が奴隷になった事も報われる。 ケンジ様、この身を如何様になさっても構いません。どうか母を、そして弟妹を助けて頂けませんか?」

と切実な顔で目を見てお願いされた。


「うん、最初からそのつもりで、君と契約したんだよ。あと、身も命も捧げなくて良いけど、裏切りだけは無しにしてね。

後は、ちゃんと働いて、毎日ご飯を3食食べて、楽しく暮らしてくれれば十分だから。」


「はい。宜しくお願い致します。」

と頭を下げていた。



という事で、今から出れば、おそらく、夕食までに戻って来る事が出来そうなので、早速出発する事にしたのだった。


馬車の中で、簡単に巾着袋の中の物で昼飯を済ませ、ピョン吉達をモフってマッタリ過ごすつもりだったが、暫く宿の厩舎に居た為、走る事に飢えていたマダラ達は凄かった。

片道半日という事だったが、1時間半ぐらいで村に到着してしまったのだ。

あまりの早さに、キヨコさんが絶句していた程だった。


村に到着したマダラとB0は、非常にご機嫌で、疲れた様子すらなかった。

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