第84話 健二、うな重に泣く

何とかギリギリに宿の前に戻っては来たものの、必要以上に汗を掻いて、ビッチョリになってしまった。

夏なので多少なりとも汗を掻くのはしょうがないが、これから女性に案内して貰って食事に行くのにこれは拙いと、慌ててクリーンを掛けて、臭わないかを自分でクンクンと確認してしまうのであった。


実は、これも悲しい前世で染みついた癖である。

夏になると、妻から汗臭い、加齢臭がする、ジジイ臭いと言われ続けた結果、ついつい汗を掻くと自分の匂いをチェックする癖が付いてしまったのだ。

まあ、本人は既に癖となっているので、この悲しいエピソードを忘れてしまっているのだが……実に悲しい習性である。

一応、健二の名誉の為にも補足しておくと、離婚までの間、そんな妻と子の暴言を気にして、出来る限り気を遣っては居たので、特に臭かった訳でもワッキーさんでもなかった。



健二が宿の前で、間に合った事で安堵していると、背中をトントンと突かれて、振り向いた。

「ども。お待たせしました。 さ、早く行きましょう!」

と満面の笑みのお姉さんが居た。


「はい、案内宜しくお願いしますね。」

と言ってる傍から、お姉さんの腕が俺の腕に絡められ、引っ張られる。


「そんなのは良いから、早く行きましょうよ、お客さん!」

とグイグイ引っ張られ、呆気にとられている内に、なんか普通に店に到着してしまった。


ん?? 何処がややこしい道順だったんだろうか? とは思ったものの、それより何よりまずはうな重だ!


「おじさーーん、お客さん連れて来たよーー!」

と店の奥へ向かって声を張り上げるお姉さん。


なるほど、知り合いの店なのか?


「お! その声はランちゃんか! 久々じゃのう。」


「ハッハッハ。だっておじさん所って美味しいけど、高くてなかなか食べられないんだもん。」

と口を尖らせるお姉さん。


「あ、あのぉ、従魔が一緒なんですが、店の中は拙いですよね?」

と俺が横から会話に入って聞いてみると、


「ああ、ごめんな、中はちょっと拙いから、裏庭の方で待たせる感じで良いかい?」

とおじさん。

まあ、食い物屋さんだからなぁ、それが普通だろう。


俺はピョン吉達に伝えて、裏庭で待つ様にお願いした。


<主ぃーー、ちゃんと俺らの分も頼むよーー!>

<頼むにゃん!>

<ぼくのもーーー!>

と念を押して来るので、


<持ち帰りになるかもだけど、ちゃんと確保するから!>

というと、ブーイングが収まった。


取りあえず、お薦めのうな重(特上)を5つお願いし、従魔達に出して貰う様にお願いすると、おじさんが滅茶苦茶驚いていた。

「いや、良いんじゃが、うちのウナギ、結構良い値段するぞ?」

とヤンワリと諭して来る。


「ああ、お金は大丈夫です。

うちの従魔、滅茶苦茶グルメなんですよ。

なんか店の雰囲気とか匂いで判るらしくてねぇ、ここの店は間違い無いらしくて、さっきから五月蠅くせがまれてるんですよ。

あと、お土産とかも後でお願い出来たりしますか?」

と俺が言うと、おじさんが満面の笑みで


「おぅ! 味の分かる奴なら大歓迎じゃ! 特別美味しいのを食わせてやるぞぃ!」

とケラケラと笑いながら厨房へと消えて行った。


テーブルに座って待っていると、もう何とも言えない懐かしい匂いが充満して来る。

「ああ、この匂いだけでご飯3杯ぐらいイケそうだな。」

と思わず口の中に溢れてくる涎を飲み込んでいると、目の前に座って居るお姉さんは、涎がリアルに垂れていた。


ハッとしたお姉さんが、手の甲で涎を拭いて、澄ました顔をしているが、頬がちょっと赤くなっていた。

そして、誤魔化す様に、俺に喋り掛けてきた。


「本当にここのタレは絶品なんですよ。この堪らない匂いを嗅ぐと、居ても経っても居られなくなりますよねぇ~。

創業以来130年4代掛けて日々熟成を繰り返したここのタレは他の店の追従を許さない程なんですよ?」


「確かに、これは堪らないですよねぇ。

こちらの店には良く来るんですか?」


「いやいや、そんなに高給取りじゃないから、頑張って年に4回ぐらいよ。

それに鰻の捕れる時期とかもありますからね。」


「そうか、まあ確かにこの匂いだけでも美味しいのが判りますからね。

そうなのか……ちなみに、ここら辺はウナギって結構獲れるんですか?」


「うーん、そうね結構昔からウナギは有名って聞いているけど、毎年獲れる量が少ないのよね。

だから高級品扱いなのよ。」

と説明してくれた。

もっとジャンジャン獲れれば、どんなに嬉しいかと、少し悲しげに語っていた。


なるほど、日本みたいに養殖とかここにはなさそうだもんね。

あれ? ウナギって確か回遊するんだったっけ?

等と思っている内に、うな重とお吸い物のお椀が運ばれて来た。

蓋を開けると、湯気の中から、ビッシリと並べられた、ふっくらとしたウナギの蒲焼きと、その下にはタレの浸みた白米がチョコッとだけ顔を出している。

良いな、このビッチリ感。

日本で大分昔に食べた記憶では、2切れぐらいしか載ってないのに、凄い値段だった記憶がある。

それ以降、たしか漁獲高が減ったとか、異常気象だとかで、ドンドンと俺の口の中には入る気配すら無い値段帯となったんだったなぁ。



悠長に回想や食レポなんかしている場合じゃないので、サクッと手を合わせて頂きますをして、箸で一口分を切り取って口に含むと、思わず口の中が天国になった。


ああーーー、これだ! これが食べたかった。 何て美味しいんだ。

もう言葉を喋る間さえ惜しむ様に、2人とも無言でガツガツと食べた。

そして、最後の1粒まで綺麗に食べ終わり、


「ああ、生きてて良かった。」

とシミジミとした言葉が口を突いて出た。


すると、お姉さんが食後の放心状態から復帰して、

「なんか、お客さん、本当に懐かしそうに、嬉しそうにイメルダ料理を食べるよね。

しかもまた泣いてるし。」

と言われ、思わずハッとして頬に手をやると、確かに頬が濡れていた。


慌てて、涙を拭い、

「まあ、美味しい物を食べて感動したんだから、しょうがないです。」

と照れ笑いをするのであった。


しかし、そんな俺の様子をみた店のおじさんが、凄く嬉しかったらしく、お土産の弁当を特別に10個作ってくれたのだった。

「ありがとうございました。また機会あれば、絶対に来ます!」

とお礼を言って、店を出た。


「お客さん、ご馳走様! 本当に美味しかったわぁ。また行く時は誘ってね!」

とウィンクしながら、お姉さんは午後の仕事に戻って行ったのだった。

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