第82話 嫌な予感………

 トールデンの城門を潜り、衛兵のおじさんに、従魔と一緒に泊まれる割と良い宿を聞くと、『嵐山亭』と言う宿を紹介された。

 勿論、馬車も馬もOKらしい。

 取りあえず、心配だし、先に冒険者ギルドへ行く事にして、街の中を進んで行く。


 この街もかなり栄えていて、屋台も色々と面白い物がある。

 俺は、まさかこの世界で、『立ち食い蕎麦屋』の屋台を見つけるとは思わなかったので、もうそれだけで、テンションが上がりっぱなし。

 しかし、そんなテンションも、冒険者ギルドの看板を見つけた瞬間に、冷めてしまった。


 冒険者ギルドの前に馬車を止め、中から妊婦の女性……サツキさんと言うらしい を降ろして、ギルドの中に入って行く。

 受付カウンターに居る黒髪受付嬢に、ギルドカードを見せつつ、話掛けた。


「こんにちは。クーデリア王国のドワースの冒険者でケンジと言いますが、こちらの女性、サツキさんのご主人で、Dランク冒険者のえーーっと?「ショーキチです!」(とサツキさんが名前を言う)

 そう、そのショーキチさんが今何処に居るか、情報が欲しくて、やってきました。」

 と言うと、受付嬢のお姉さんが、名前を聞いて、ハッとした表情に変わる。


「あ、そうですか、ショーキチさんの奥さんでしたか。

 ここではあれですので、ちょっと二階の会議室までお願いします。」

 と会議室へと案内された。


 うわぁ……ちょ! これマジで嫌な予感しかしないんだけど……。

 ドンドンと心の中が暗い空気になっていく。



 3人が座った所で、受付嬢が言いにくそうに口を開く。


「ショーキチさんですが、3週間前の依頼で大怪我を負われまして、治療は何とかなり、命は取りあえず助かったのですが、その治療費が払えず、更に依頼失敗となりまして……」

 と言い淀む受付嬢。


「あー、つまり借金奴隷にでもなってしまった感じですか?」

 と俺が聞くと、


「はい。しかもその……、片足を失ってしまい、手首も綺麗に骨が引っ付かなかったので、まだこの街の奴隷商の所には居る筈です。」

 と。


「ワァーーー!」と声を上げて泣くサツキさん。


 まあ、そりゃそうだよなぁ。臨月で、お金も無く、必死でご主人の居る街まで5日掛けて出て来て、その挙げ句が、ご主人が借金奴隷墜ちってなぁ。

 かなりのハードモードだもんな。


「そうですか、でもそれを聞いて安心しましたよ。命さえあれば、何とでもなりますからね。はぁ~、ちょっとドキドキしちゃいました。

 で、その借金ってどれ位の金額です? ああ、まあ奴隷商の所に行けば、判るか。 何処の何て奴隷商でしょうか?」

 と俺がホッとした表情で聞くと、逆に受付嬢が驚いてはいたが、直ぐに地図を書いてくれた。


 なので、俺は

「サツキさん、ラッキーでしたね。ご主人無事ですよ。

 ちゃんと生きてたし、居場所も判ったから、今から取り戻しに行きますよ! ほらほら、泣くのはご主人と再会してから。」

 と俺が急かす。

 今一つ状況が飲み込めて居ないサツキさんを馬車に放り込み……いや妊婦だから丁寧に乗せて、奴隷商へと向かったのだった。


 奴隷商は、先程入った門の近くで、『ライジ商会』と言う店だった。



 サツキさんを連れ、店に入り、店員にショーキチさんの存在を確認すると、居るとの事。

 直ぐに購入の話をすると、別室に通された。


「初めまして、ライジ商会のライジと申します。

 元冒険者のショーキチをご購入されたいとの事ですが、間違いございませんか?」

 となかなかの渋い感じのオヤジが聞いて来た。


「ええ、まあヒョンな縁でね。その予定です。まずは本人を見せて頂けますか?」

 と俺が言うと、


「ええ、勿論構いませんが、えっと、そのショーキチは足を失ってしまってまして、手も片手が不自由な状態で、とても働ける状態ではないのですが、宜しいのでしょうか。」

 と確認して来た。


「ええ、まあそれは良いのですが、金額はお幾らですか?」

 と聞くと、


「状態の割には価格が結構しましてね、小金貨3枚なのです。」

 とライジさん。あら、安いじゃん。


「判りました。では本人と合わせて下さい。」

 とお願いすると、数分後に杖を突きつつ、片方をスタッフに支えられたショーキチさんがやって来た。


 ほー、結構良い男じゃん。


 サツキさんを発見した、ショーキチさんは、もの凄く悲しそうな顔をして、


「アッ……サツキ……すまねぇ……」

 と顔を伏せてしまった。


 サツキさんは、ソファーから身重な身体を必死で持ち上げつつ、


「あ、あなた!」と小さく叫んで涙を流していた。


 スタッフが用意した木の椅子に腰を掛けたショーキチさんを、取りあえずチェック。


『詳細解析Ver.2.01』

 ***********************************************************************

 名前:ショーキチ

 年齢:21歳

 誕生日:7月10日

 父:ショータ

 母:タエ

 種族:人族

 性別:雄

 好意度:0%

 忠誠度:0%

 敵意:0%

 婚歴:妻あり

 身長:180.2cm

 体重:67.3kg


 称号:ケンタの英雄


 職業:借金奴隷 元Dランク冒険者

 レベル:26


【基本】

 HP:283

 MP:217

 筋力:305

 頭脳:282

 器用:24(※元348)

 敏捷:3(※元258)

 幸運:138


【武術】

 剣術:Lv4

 短剣術:Lv2

 弓術:Lv3

 体術:Lv2


【魔法】

 火:Lv1

 水:Lv1

 土:Lv0

 無:Lv0


【スキル】

 農耕作業

 魔力感知

 魔力操作

 気配察知

 解体


【加護】


【状態】

 精神:絶望

 肉体:部位欠損(左足) 右手首骨異常

 健康:部位欠損による体力減少


【経歴】

 グラン村の出身。

 両親を魔物に殺されるも、サツキの両親に助けられ、共に幼少期を過ごしたが、サツキの両親が流行病で亡くなった後は、2人で助け合って生きて来た。

 2年前にサツキと結婚し、サツキの妊娠の為、より稼ぎの多いトールデンへ単身で出稼ぎに出る。

 元々武術をサツキの父親に習っていたので、メキメキとランクを上げ、Dランクに昇格したが、依頼中に近所の村の子供ケンタを助ける為に負傷した。

 ポーションと治療院での治療で何とか一命を取り留めたものの、左足は怪我が元で腐り堕ち、切断。

 また藪治療院での初期の治療が悪く、利き腕の右手首の骨が曲がったまま引っ付いてしまった。

 治療院の代金と、依頼失敗の賠償金が払えず、借金奴隷となった。


【展望】

 非常に情に厚く、心優しく、子煩悩。頭の回転も早く、手先も器用である。

 また勤勉で責任感が強いので、貧乏くじを引き易い、損な性格である。

 気が付くと奴隷に堕ちてしまい、村に残した身重の妻サツキとお腹の子の安否を心配する毎日であったが、奴隷の身と利き腕が動かない為、手紙等の連絡手段すら無く、毎日夜に枕を濡らしていた。

 腕と足が治れば、非常に優秀な人材で、信頼も置ける人物。この値段でこの人はお買い得です!

 さあ、乗りかかった船! ドーーンと行っちゃいましょう!


 [>>続きはこちら>>]


 ***********************************************************************


 相変わらずだが、本当にこの詳細解析ってスキルは、個人情報ダダ漏れだよな。

 特にVer.2.01になってからは、マジで酷いよね。


 さて、まあ人物的にも能力的にも非常に有望じゃないか。お金を出すのに1mmも問題ないね。

 しかし、なんだよ、ケンタ君を助ける為に負った怪我かよ。

 カーーッ! 男だね! 助けないとバチが当たるぜ!



「と言う事で、これが、代金です。」

 と小金貨3枚をライジさんに手渡した。


「えっと、ありがとうございます。今直ぐ手配します。」

 と言って、奴隷紋に血を垂らして、全てを完了した。


「あ、ショーキチさん、はじめまして。俺ケンジって言いまして、一応Aランクの冒険者です。

 まあ、深い話は、場所を移してからにしましょう。

 馬車があるので、そちらに移動します。」

 と言って、先に馬車へと移動し、2人を馬車に乗せて、消音の結界を張った後、話を始める前に治療をする事にした。


「まず、今から治療を行いますが、この事は2人とも絶対に他の人には漏らさないで下さい。

 お願いします。また俺の個人的な情報や能力なんかも秘密です。

 まあ、命の危険とかがあれば、勿論命を優先で良いですが、大っぴらに公表する気はないので、そこは理解して下さいね。」

 と前置きしてから、足を生やし、手首の骨を正常にして、神経等の損傷等も治すイメージを練り上げ、『パーフェクト・ヒール』を発動した。

 すると、ショーキチさんの身体が激しく光り、逆再生の様に、足が生え、曲がった手首も真っ直ぐになり、顔の傷すら消えて行く。

 数秒後には、真っ新な身体に戻ったショーキチさんが居た。

 俺は、念のために特級スタミナポーションを1本取り出して、驚いて声すら出せないショーキチさんに飲ませた。


「あ……こ、こんな事が!!!!」

 と口に手をやり、サツキさんがボロボロと泣き始める。


「さ、サツキ!!! ごめんな! 俺、俺……」

 と言葉を詰まらせるショーキチさん。


 えっと、俺邪魔だよな。 いや、余り泣くとサツキさんのお腹の中の子に酸素回らなくなると拙いから、取りあえず空気を読まずに止めるか?


 とオロオロしてしまうものの、


「えっと、ご主人様、ありがとうございます!!!」

 といち早く俺の存在を思い出してくれたショーキチさんが、涙を流しながら土下座して来た。


「ああ、ちょっとタンマ。 俺そう言うご主人様とか奴隷がーーとか言うのは余り好きじゃないと言うか、苦手なので、普通にケンジで頼むよ。

 で、土下座も要らないから。 気持ちは伝わったし。 まずは一旦落ち着こうか。 取りあえず、2人とも一緒に宿に行こう。

『嵐山亭』が良いって聞いたんだけど、そこで良い?」

 と俺が言うと、2人共にポカンとして、


「え?俺らもそんな凄い所に行って宜しいのでしょうか?」

 と呟いている。


「ああ、OKだよ。で、ちょっと場所が判らないから、案内してくれると助かる。」

 と言うと、俺と一緒に御者席に移動し、移動を始めたのだった。


 御者席で移動しつつ、ショーキチさんと話をしたが、やはり良い人だった。

「実際、子供を庇った際、本気でヤバいとは判ってたんですが、助けないと言う選択肢はなかったんですよ。

 サツキと腹の中の子にはすまないと思ったんですがね……助けずに生還しても、生まれて来る子を、曇った気持ちでは抱けないと思ったんです。」

 と。


「そうか。でも本当に良かったよ。

 いやぁ~受付嬢が凄く言い難そうにするもんだからさ、俺てっきり亡くなったのかと思って、もうマジでハラハラしたし。

 生きてさえ居ればさ、こうやって何とでもなると思ったから、本当にホッとしたんだよね。サツキさんには悪いと思ったけど。」

 と俺が満面の笑みで言うと、


「ああ、それ普通だと、こんな事出来ないですから、悲しむシーンなんですよ?」

 とショーキチさんが苦笑いしていた。



 辿り着いた嵐山亭は、凄く良かった。

 こじゃれた温泉旅館を思わせる雰囲気で、実に良い。


「おーーー! これは良いね。」


 早速、取りあえず2泊で2部屋取って貰い、彼らには別室で久々のご夫婦の会話をジックリ楽しんで貰う事にした。

 2人の部屋は、俺と同じで良い部屋にして貰った。


 更に夕食は、各部屋に持って来てくれるらしいので、豪勢にお願いしておいた。フフフ。


 この宿にも、風呂があると言う事だったので、スタッフのお姉さんに聞いてみると、檜造りの大浴場があるんだとか。


「うっひょーー! 檜風呂最高じゃん!」

 と俺は大喜びすると、2人は若干引き気味だった。


 そうそう、檜風呂で思い出したので、ショーキチさんを呼び止め、


「ああ、そうだ! ショーキチさん、一回部屋に行って荷物置いたら、俺の部屋に来てくれる? ちょっと軽く話あるから。」

 とお願いしておいた。


 だって、ほら彼ら文無し状態だって言うから、着替えとか揃えて貰わないとね。

 それを宿の人の居る前でやるのもアレだし。


 数分後に部屋のドアをノックして、ショーキチさんがやってきた。

 あれ? サツキさんもご一緒ですか??


「あれ? サツキさんまで? ユックリしとけば良かったのに。

 まあ、良いや、話というのはさ、せっかくお風呂入るのに、着替えが無いとキツいでしょ。

 と言う事で先に支度金を渡して置こうと思ってさ。」

 と言って、俺が大銀貨5枚を渡すと、驚いて

「いえ、これは受け取れません。」

 と固辞するショーキチさん。


「え? 何で? 一応まあ雇用主でもある訳で、使用人のそう言う環境を揃えるのも俺の勤めだよ。

 それに、奥さんだって、ギリギリの状態でここまで来てるから、全く何も持ってないよ?

 これから子供だって産まれるんだから、ちゃんと揃えないと、ダメだって。

 雇用条件だって、俺の所で雇っている人には奴隷だろうと、一般だろうと、ちゃんと給料を支払ってるんだから、同じにしないとダメ。

 これは決定だから。受け入れて。

 まずは、先に必要な着替え類をショーキチさんと奥さんの分と揃えておいて。

 足り無かったらまた渡すから。これ業務命令ね。」

 と強引に諦めて貰った。

 あと、一応買い物なんかに使える様にと、リュック型のマジックバッグを渡しておいた。

 明日もここにこのまま泊まり、夕方前ぐらいに今後の話も少しするけど、明日は好きに動いて良いと伝えたのだった。


 そして、俺はウキウキと鼻歌交じりで大浴場へスキップして行くのだった。

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