第81話 心に染み渡る味
興奮するゲンさんに連れられて、村へとやって来た健二一行は、ゲンさんから『筏の渡し』を知らされ、歓喜に沸いた村人達に大歓迎を受ける。
「まさか、こんなに歓迎されるとは、思いもしなかった……」
とあまりの熱狂振りに若干引き気味であった健二だが、それも料理が出て来るまでの話であった。
いやぁ~、凄いね!! 見るからに美味そうな家庭料理の山。
もうね、俺の大好きな物ばかり……肉じゃがや、筑前煮、きのこ汁、冷や奴、納豆、お漬物、それに炊きたての白米である。
不味い訳が無い。 美味しくて美味しくて、箸が止まらない。
その飢えた様な食いっぷりに、今度は村人達が驚いていた程であったが、そんな事なんかどうでも良いぐらいにガツガツと食べる健二。
渇いてひび割れた大地に雨水が浸透して行くかの様な感覚で、心に染み渡って行く。
そして最後に、「どうしても」とお願いし、おにぎりを握って貰った……。
一口食べて……
「おい、あんちゃん、でーじょーぶか? 泣いてるぞ?」
とゲンさんも、その奥さんも驚いていた。
「……あ、すいません。ちょっと感極まってしまって。 あ、ありがとうございます……最高のご馳走です。
これが食べたかったんです。」
と言って、久々に自分の為に握られたおにぎりを味わいながら噛み締めたのだった。
まあその後、案の定だが、村を挙げての大宴会に突入し、日本酒は出るわ、ゲンさんの裸踊りを見せつけられるわ……。
夜遅くまで大騒ぎだった。
◇◇◇◇
翌朝、朝食をご馳走になり、この村で作られたお米や日本酒や味噌等をかなり購入させて貰った。
最初はタダで持ってけ! と言われたのだが、それは固辞し、その代わりかなり安く売ってくれたのだった。
そして、旅立つ前にはゲンさんの奥さんが気を利かせ、おにぎりのお弁当を手渡してくれた。
「ありがとうございます! 本当に最高の料理でした。 また機会があれば、寄らせて下さい。」
とお礼をしつつ、村を出発したのだった。
ちょっと、おにぎりで、感傷的になってしまったが、本当に美味しいおにぎりだった。
「この弁当のおにぎりは、勿体無いから、巾着袋で大事に取っておこうっと。」
村で聞いた近くの都市だが、トールデンという都市が村から馬車で約1日半ぐらいの所にあるらしい。
そのトールデンを目指し、マダラとB0は軽快に街道を走って行く。
途中峠を2つ程越える辺りで、ゴブリンやオークも出て来たが、ピョン吉とジジとコロが、サクッと始末し、俺が収納した。
そして、3つ目の峠を越える辺りで、何とビックリ。
峠の茶屋を発見した。
「マダラ!! ストップ、ストップ! 峠の茶屋だよ! 一休みしよう!」
と止まって貰って、全員で草団子とみたらし団子、それに淹れ立ての緑茶を頂く。
マダラとB0まで団子を食べていたので、店のお姉さんが驚いていた。
ハハハ、だよなぁ~俺でも驚くよ。
お姉さんに
「お土産用に20本程買って帰りたいのですが、売って頂けますか?」
と聞くと、
「えっと、これあんまり日持ちしないのよね。」
「ああ、夏ですもんね。判ります。でもこの先で合流するので、今日の夕方までには食べますよ。
それに俺、魔法で氷も出せるので、少し堅くなるかもですが、冷やして行くから大丈夫ですよ?」
というと納得して、各種類20本ずつ売ってくれたのだった。
勿論、速攻で巾着袋で即収納したから、腐る事は無いよ。
再び馬車で走り始め、峠を下り切ると、今度は起伏が無い平野部を直走る。
聞いた話だと馬車で1日半ぐらいという話だったのだが、ショートカットコースの峠が問題だっただけらしい。
事実、午後1時過ぎには、遙か遠くではあるが、トールデンの城壁が見えて来た。
そして、街道の傍には、水を張られた水田に青々と育った稲が風に揺れている。
「おおおおおお! 水田良いねぇ~ こんだけあれば、爆買いしても良いかな?」
と頬が緩む。
徐々に街道を行く徒歩人や馬車の人が増えて来たので、速度を落とす様にマダラに伝え、馬車内に擬装用の荷物を出して、御者席へと移動した。
日差しは暑いが、風が心地良い。
ふと街道を歩く人を見ると、かなり前方に、黒髪の女性?が背中に大きなリュックを背負って歩いているのだが、かなりヨロヨロフラフラしている。
「なんか、危ない感じだな。今日は暑いしなぁ。」
横を追い抜く際に見ると、妊婦であった。
しかもお腹の大きさから、臨月に近い感じである。
その顔色は青白く、かなり苦しそうに見えた。
結構な荷物を担いだ妊婦が、汗を拭きながら、ユックリ歩いて居るのが見えた。
「わぁ、かなり臨月に近そうだけど、あれはキツいだろ。マダラ、ちょっと止まってくれる?」
<了解ーー!>
馬車は妊婦の女性の前方で路肩に止まった。
健二は馬車の御者席から飛び降りて、女性に話し掛けた。
「こんにちは。見てると、かなり重そうな荷物で大変そうだったから声を掛けました。
トールデンに行くのですが、良かったら乗って行きませんか? それに顔色が凄く悪いですよ。少し日陰で休まないと。」
というと、。
「え? わ、私ですか? え? ああ、ええ、トールデンまで行くところなんですが、流石にこの暑さで……、さっきから頭が凄く痛くて……なんかお腹も張ってしまって……」
と少し女性が苦しそうに小声で途切れ途切れに答える。
「トールデンまで、まだ1kmぐらいはありそうだから、そのお腹と荷物じゃキツいでしょうし、日差しも暑いですからね。
馬車の中は空調が効いているから、涼しいですよ。ちゃんと水分と塩分は取ってますか? もしかしたら、熱中症かも。」
という事で、半ば強引にリュックを受け取り、馬車の中に寝かせた。
「すいません、俺の従魔が一緒ですが、そこは我慢して下さいね。」
と言いながら、泉の水で適度な塩水を作り、ユックリと飲ませる。
そして、氷嚢を用意し、脇の下と首筋を冷やさせて、念のため、ヒールをかけた。
すると、女性の身体が輝いた後、見る見る顔色も良くなり、表情も和らいだ。
ふぅ~、これで大丈夫かな?
「あ、私……。ありがとうございました。かなり拙い状態だったみたいです。本当に助かりました。」
と言いながら、上体を起こそうとしたので、慌てて制し、
「あ、もう少しだけ休んで下さい。 良かったですよ。 大事に至らなくて。
そろそろ、産み月なんじゃないですか? 無茶しますね。」
というと、女性がお礼を言いながら、事情を話し始めた。
どうやら、ご主人がトールデンに出稼ぎに行っていて、お産の事もあるし、1人で5日掛かりで歩いて来たらしい。
いやいや、臨月の妊婦が、5日もあの30kg近い重さのリュックまで背負って、この日差しの中を歩くって、逆に凄いよね。
「そりゃあ、流石にかなり無茶ですよ。」
と俺が呆れ気味に言うと、
「ええ。でもそうしないと、出産も出来ない状況だったので……」
と呟いていた。
「ところで、昼ご飯はちゃんと取りましたか? もう昼過ぎですけど。
良かったら、少し何か食べませんか? そうだなぁ、果物とかどうですか?」
と桃を出して渡した。
「まぁ、立派な桃。それに甘い香りが堪らないですね。 お言葉に甘えて頂きますね。」
と言いながら、齧り付いた。
「あまっ! 美味しいです! とっても!」
と目を輝かせペロリと1個食べ終わった。
「サンドイッチとかもありますが、如何ですか?」
と皿に置いたサンドイッチを出してやると、
「わぁ、パンですか! 初めて見ます!」
と言いながらパクパクと完食した。
どうやら、お腹も減っていたご様子。
「少しは、落ち着きましたか? そろそろ出発しようかと思いますが、大丈夫ですか?」
と聞くと、
「はい、本当に乗せて頂いて宜しいでしょうか? あのお礼とかしたいですが、申し訳無いのですが、私、全くお金を持っていなくて……。」
と女性が申し訳無さそうに顔を伏せている。
あらら、だから歩きだったのか。そりゃ文無しなら出産も不安だよね。
「ああ、それは大丈夫ですよ。 ところで、トールデンでご主人の居場所は判っているのでしょうか?」
と聞くと、顔色が曇った。
なんでも、ご主人は冒険者をやっているらしいのだが、ここ1ヵ月程、連絡が途絶えてしまっていて、更に蓄えのお金も尽きてしまい、無理して出て来たらしい。
わぁっちゃー、それヤバいじゃん。
うーーーん、どうしようか。 何か嫌な予感しかしないなぁ。
「そうですか。いや、お礼なんか、言葉で頂いたから十分ですが、じゃあ、一度トールデンの冒険者ギルドに行って問い合わせるしかないですね。
あ、俺、クーデリア王国のドワースの冒険者でケンジと言いまして、一応Aランクの冒険者です。
ギルドには、俺も着いて行って、一緒に聞いてみましょうかね。」
と言って、敢えて心配顔を見せない様にして、馬車を出発させたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます